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侯爵令嬢ミラベル・シナティと合わないようで合うカレーパン丼②

 王都に居を構える法衣貴族、シナティ侯爵家。

 シナティ侯爵家は武官家の家柄で、当主は代々騎士としての職を拝している。

 故に家の男衆は全員もれなくゴリゴリの武闘派。まあ、歴代のシナティ侯爵家男子の中には頭脳派の人間もいないではなかったが、そういう者でもやはり騎士団に入り、軍師のような武官系の頭脳労働に就いていた。


 従って、家で行っている事業、商会の運営というのは、貴族家としては非常に珍しいが、女衆主導の仕事となっている。

 無論、子女が家に残ってずっと事業に従事する、ということはない。貴族という存在は男性であろうが女性であろうが、遅かれ早かれ、いずれは結婚をする。先頭に立って商売を取り仕切る当主の妻、侯爵夫人は残るものの、前述の通り子女はその限りではない。


 ミラベルには2人の姉がいるのだが、彼女らも何年か商会の仕事をした後、20代になる前にそれぞれ他家へ嫁いでいった。2人とも政略結婚だ。

 貴族の世界、特に女性においては、10代での結婚が普通であるとされている。20代ではすでに行き遅れ、それが常識だと。

 しかしながら、ミラベルは今年で18になるにもかかわらず結婚していなかった。というか、結婚どころか婚約すらもしていない。全くの手付かずである。

 もうすぐ18で婚約者すらなし。このままでは行き遅れコース一直線。そして行き遅れとなれば初婚を望むのはグッと難しくなる。定番のコースとしては歳を喰った貴族の後妻か、平民の資産家の妻、初婚だとしても問題のある貴族の妻、といったところか。

 幸せの定義というのは人それぞれだが、多くの場合は、初婚の妻が当たり前に享受する幸福からは数歩遠のくのが現実である。


 ミラベルは三女ということで、両親もあまり婚約を急がず、王都の学園を卒業する頃に、それでもまだ良い人がいなければ見合いでもさせようと、そう思っていたのだという。

 だが、ミラベルは学園を卒業後、両親が持って来る釣書きに全て否を突き付け、商会の仕事に入れ込んだ。


 別に男性が嫌な訳ではないし、結婚も貴族の義務と理解はしている。いつまでも実家に居ついて厄介叔父ならぬ厄介叔母になるつもりもない。

 しかしながら、どうにも恋愛に興味が持てなかった。というのも、自分の周り、つまり家族の男性たちは皆、筋骨隆々な武闘派ばかりなのだ。祖父も父も兄たちも、健全な肉体には健全な精神が宿る、という言葉を地で行く益荒男ぶり。

 それに対して、学園で出会う同世代の男子たちは揃いも揃って線の細い、如何にも貴公子といった感じの、どうにも頼りなさそうな子たちばかり。彼らとて鍛えればミラベルの家族と同じように筋骨隆々になっていくのかもしれないが、まるでカトラリー以上に重たいものを持ったこともないというふうな彼らが、家族のように立派な益荒男になるとは到底思えなかった。顔が良いというだけで家族を守れる強い男になれる筈がない、と。


 学園では学びと人脈を広げることに注力し、恋愛や結婚といったことは隅に置いておこう。

 ミラベルはそんなふうに思いながら学園に通い、休日は事業の手伝いに精を出していた。

 5年間の学園生活の中で、将来の伴侶が見つかることはあるまい。


 ある種の諦念の中で過ごすミラベルに転機が訪れたのは、最終学年の夏休みのことだ。


 シナティ侯爵家は代々続く由緒正しい家柄で、王都が遷都する前は当然アルベイルに居を構えていた。

 故に遷都の後も旧王都の貴族街に屋敷を残しており、そこには常に親族のうちの誰かを置き、シナティ侯爵家第2の拠点として扱われている。

 この時は、学園が夏休みだったこともあり、ミラベルが1ヶ月ほど旧王都の屋敷を管理することになっていた。


 ミラベルは13歳の頃から家の事業を手伝うようになったのだが、担当を任されたのは商会の仕入れにおける人員の割り振りだ。商会の誰と誰を何処の町へ仕入れに行かせ何人を護衛に付ける、などという差配が主な仕事である。

 人員の差配というのは、適当に出来る仕事ではない。とりあえず手の空いている者を見繕って送り込めばいいというものではなく、当地との関係性や当人の経験値、資質など、様々な要素を考慮しなければならないものだ。また、これに加えて仕入れの規模に応じた馬車の手配、護衛の手配もミラベルの仕事である。

 貴族とは違い、平民に対する護衛というのは、傭兵を雇うことが殆どだ。商会によっては専門の私兵を雇っているところもあるようだが、シナティ侯爵家では都度傭兵を雇っている。侯爵家の寄り子で、とある伯爵家が傭兵組織を経営しており、そこから傭兵を融通してもらっているのだ。


 事業への関わりを通じて、ミラベルは強く意識するようになったことがある。

 金というのは上手く回さなければならない、ケチれるところは極力ケチり、いざ必要な時、必要なところに十分注ぎ込めなければ円滑な組織運営は出来ない、と。

 金は天下の回りもの。無駄金は死に金でしかなく、どうせ使うのなら生きた金の使い方をしなければならない。


 そんな考えなものだから、ミラベルは王都から旧王都への移動に際し、わざわざ侯爵家の馬車を使い、ぞろぞろと騎士たちを引き連れるようなことをせず、商品の仕入れで旧王都を訪れる商隊の馬車に乗せてもらうことにした。

 しかも、家族が反対するかもしれないからと、わざわざ内緒でことを運び、隠れるようにして商隊の馬車に乗ったのだ。

 無論、危険な場所を通るのであればこんな無茶はしない。

 だが、王都から旧王都へは街道も整備されており、甲冑で武装し軍馬に乗った兵士たちが巡回しているので野盗が出るということも滅多にない。

 そんな場所でわざわざ豪華な馬車や騎士たちを引き連れていくなど金の無駄でしかないと、そう思ったのだ。

 ならば、旧王都へ行く商隊に同道させてもらった方が節約になる、と。商隊には傭兵の護衛も付くし、道中の危険も少ない。それに同行する商人たちは全員顔見知り。


 この時、商隊を率いていたのは、商会の番頭パノンである。いくら商会におけるナンバーツーでも、パノンの身分はただの平民。自分たちの主であるシナティ侯爵家の令嬢に頭まで下げて頼み込まれてしまえば、断ることなど出来よう筈もない。この事態が侯爵や夫人に露見すれば、パノンの首は比喩ではなく本当に飛ぶ、胴体と泣き別れになるだろうと分かってはいても、だ。

 パノンはどうにも、この侯爵家の末っ子に昔から甘い。パノンの娘はミラベルと同じ歳なのだが、ミラベルは身分の分け隔てなく対等の友人として娘と付き合ってくれる。そんなミラベルをパノンも娘の最も親しい友人として見ている部分があり、厳しく出ることが出来ないのだ。


 家族に対しては置手紙だけを残して、パノンたちの商隊と共に旧王都へ出発したミラベル。

 きっと、王都へ帰れば両親にも怒られるのだろうが、自分が叱責を受けるだけで旅費が浮くのなら安いものだ。

 旧王都への旅は順調に進み、あと1日でアルベイルに到着するという時になって事件は起こった。


 周辺に適当な村や町がなく、仕方なく道中で野営をすることになったのだが、その野営中、しかも真夜中に野盗の襲撃に遭ってしまったのだ。

 野盗の数は20人強。数としては小規模だ。対するこちらは傭兵が10人。商人たちは当然戦える訳もなく、ミラベルは騎士の娘なので一応剣の扱いは心得ているが、それも護身術程度なのでものの数には入れられない。

 傭兵たちの実力は、ダンジョン探索者で例えれば中級くらいだと聞いている。そして、山賊や盗賊といった野盗たちは基本的には武器を持って集団を作っただけの素人だとも。

 順当にいけば傭兵たちが勝てる筈だ。商人たちも、そしてミラベルもそう安堵していた。

 が、その楽観はあっさりと崩壊することになる。野盗たちのリーダーが実力者であり、さして苦戦することもなく傭兵たちを倒してしまったのだ。

 これは後に分かったことなのだが、この男、元は上級ダンジョン探索者であり、肉体を硬化させて鉄に変化させる強力なギフト『鉄身』の持ち主だった。

 剣も槍も矢も通らず、炎や風といった魔法も効かない。

 傭兵たちが次々倒され、商人たちも捕まえられる中、ミラベルは幌馬車の中で懐剣を両手で握り締めたまま身体を震わせていた。

 自分は誇り高き騎士の、武門の娘。いざとなれば刃を手に取り戦う所存。そんな決意は、この濃密な恐怖の中ですっかりと霧散していた。

 このままいけば自分も捕まってしまう。野盗に捕らわれた若い娘の末路など想像するまでもなく悲惨なもの。貴族の娘と知られれば身代金の為に命までは取られないかもしれないが、それでも生き地獄を味わうことにはなるだろう。恐らくは自死した方がマシだと思うほどの。

 だが、これは自分の軽挙妄動が招いた事態。本来であればちゃんと騎士たちを連れて来なければならないところを、誰の判断も仰がず独断で商隊に紛れ込んだ。そして、商会の商人たちはいつもこのような危険と隣り合わせの仕事をしている。今、自分たちを襲撃している野盗たち以外に、責められる者など誰もいない。

 ミラベルが隠れているこの馬車にまで野盗の手が伸びれば、その時は覚悟をするしかないだろう。辱めを受け、尊厳を踏みにじられる前に、この身に自ら刃を突き立てる覚悟を。


 そんな絶体絶命のピンチの中、彼は現れた。

 闇夜に紛れるような漆黒の軍馬に跨り、手に持ったカンテラで鈍色に輝く甲冑を着込み、そして巨大なメイスを手に駆けて来る兵士。

 彼はメイスをただ一振りするだけで野盗を確実に屠り、あの無敵かと思われた、身体を鉄に変化させる男すらも粉々に打ち砕いた。

 その光景を見ながら、ミラベルは思った、この人こそが私の理想だ、と。

 己の武勇を誇るでもなく、さも当然と言わんばかりに弱き者を守護する武人。そして危険を排除すればすぐさま捕らわれた者を解放し、怪我人の治療に当たるその姿。

 自分の家族以外にはいないと思われた、真の男の姿がそこにあった。

 そしてこうも思ったのだ。誰かと結婚しなければいけないというのなら、この人と結婚したい、と。


 侯爵令嬢ミラベル・シナティ、15歳の初恋であった。


※西村西からのお願い※


ここまで読んでいただいてありがとうございます。

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