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エルダーリッチのデルガルドと望郷の味、トーストそば②

 デルガルドが生を受けたのは、今から約2000年前のことである。

 文明の礎、地に満ちよと神から放たれた、人の魁たるハイエルフとしてアーレスの地に誕生したデルガルド。

 ハイエルフという人種は特に魔法に長けており、2属性の魔法を使う者も珍しくなかったのだが、デルガルドはそれより更に多い、3属性の魔法の使い手だった。


 魔法が得意なハイエルフの中において、天才と称された男、デルガルド。

 デルガルドはダンジョンを攻略して、地上にはない貴重なダンジョン産の物資を調達する役目を請け負っていた。

 当時はまだ、今のようにダンジョン探索者という専門の職業はなく、ダンジョン探索者ギルドという互助組織も存在していなかった時代である。

 ダンジョンを探索する者同士での情報共有がほぼ成されず、それに伴いダンジョン探索の危険度も今とは段違いだった。

 故に、戦いに長けた者、とりわけ状況変化があった時、臨機応変に対応出来る者が主にダンジョン探索の任に着くことになっていたのだが、そういう意味で、3属性の魔法を使うデルガルドは適任だったという訳だ。

 また、デルガルド自身も持ち前の好奇心によってダンジョン探索を好み、皆の力になれることを誇りとしていたので、誰に頼まれずともダンジョン探索を行っていたという次第。


 この世で最も長寿な人種であるハイエルフは、個人が蓄積可能な知識、技術、経験が他の人種に比べ凄まじい量になる。従って魔物を倒すことで上昇するレベルも短命な人種とは比べ物にならず、100レベルに到達している者も珍しくはなかった。

 だが、100から先のレベルに行ける者は、ハイエルフの中でも稀である。何せ、レベル100からは次のレベルアップに必要な経験値が、それまでの5倍に跳ね上がる。長寿のハイエルフであっても、長い時間を費やし、ダンジョンで強い魔物を倒し続けなければそうそう100レベル以上には行けないのだ。


 が、デルガルドはそれでもダンジョン探索に明け暮れ、魔物を倒し続け、レベルを上げ続けた。

 デルガルドのそれは、レベルへの執念でも何でもなく、ただただ好奇心が故のことである。

 ダンジョンの物資を持ち帰るという役目を忘れた訳ではないが、各地の様々なダンジョンに赴き、見たこともないものを目にし、常に新たな体験を得ること。発展途上で娯楽などないに等しい世界、デルガルドにとってはそれが楽しくて仕方がなかったのだ。

 デルガルドが高レベルに至ったのは、あくまでも付随的なものでしかない。


 西方大陸中のダンジョンを駆け回り、物資を集めていたデルガルド。

 巨大なドラゴンが支配するダンジョン、千のゴブリン軍が襲い来るダンジョン、マグマの海に浮かぶダンジョン、水没して水の魔法が使えなければ進めないダンジョン。あらゆるダンジョンを巡っていたデルガルドではあるが、とあるひとつのダンジョンにだけは足を運ぶことがなかった。そのダンジョンこそが魔境として悪名高い、不死王の魔城である。

 不死王の魔城では上等な霊薬が豊富に手に入るのだが、最奥に君臨するエルダーリッチを倒せば、最上級の霊薬として名高いパナケイアが手に入るという噂であった。


 ある時、デルガルドの住む村の住人の1人が、回復魔法はおろか、上級の霊薬ですら癒すことの出来ない病を得てしまったのだが、彼はハイエルフではなく、この世界に莫大なる貢献をしてくれたストレンジャーであった。

 デルガルドがダンジョンを巡る旅の中で発見し、村で保護することにしたストレンジャー、ヒューマンの男性である。

 ローマ帝国なるところから転生してきたという彼は、この世界に貴重な調味料であるガルムと、ふっくらと膨らんだ柔らかいパンの製法を伝えてくれた大恩人。この知識、技術によってデルガルドの村、そして周辺諸国の食生活は劇的に向上したのだ。

 彼がもたらしたガルムと柔らかいパンのおかげで、塩だけで味付けされた料理に、カチカチの硬いパンを齧るだけの食卓が一気に彩りに溢れたのである。

 特に、貴重な白小麦で作ったパン、ホワイトローフなどは年に1度しか食べられぬような御馳走で、デルガルドはこれが大好きだった。いつも食べている黒小麦よりも柔らかく香り高く豊かな風味。これさえあれば、塩気が強いばかりでカチカチの干し肉も、味の薄いスープも、酸味のキツいピクルスも美味しく食えたものだ。


 ここまで大恩ある彼を助ける為には、パナケイアが必要であることは明白。

 誰も踏破した者のいない魔境ではあるが、デルガルドは彼を救う為、そして恩義に報いる為、躊躇なく、しかも単独で不死王の魔城に飛び込んだ。

 当時のデルガルドのレベルは137。ハイエルフの魔法使いとしては最も高レベルで、最も戦いに長けていた。

 この決死行に仲間たちを付き合わせる訳にはいかないと、誰にも言わず、黙って1人で不死王の魔城に行ったデルガルド。

 複雑怪奇な迷宮を進み、数多の魔物たちを退け、凶悪な罠を乗り越え、遂には不死王エルダーリッチが待つ王の広間に到着したデルガルドは、相手のステータスを看破する魔法で相手の情報を見る。

 レベル115。

 デルガルドよりもいくらか低い。相手は5属性の魔法を使う難敵だが、これならば倒せる。

 死力を尽くし、どうにかギリギリのところでエルダーリッチに打ち勝ったデルガルド。

 恐らくはそこにパナケイアがあるのだろう、玉座の後ろに安置された大きな宝箱に向かって歩き出したデルガルドの背後で、力尽きた筈のエルダーリッチが不意に笑い声を上げ、今際の際のようにこう呟いた。


「500年も……この時を……待った……これで、俺は、解放される…………つ、次は……お、まえ、の、番だ………………」


 一体何を言っているのか。というか、そもそも自我など持たない魔物が、何故、普通の人間のように喋り出したのか。

 デルガルドが訝しんでいると、いきなりエルダーリッチの亡骸、その口から黒い靄のようなものが噴出し、まるで意思があるかのようにデルガルドの身体に纏わりついた。

 口から鼻から耳から、ともかく全身の穴という穴からデルガルドの体内に侵入してくる黒い靄。

 途端に意識が遠くなり、そのまま気を失ってしまったデルガルド。

 そして次に気が付いた時、デルガルドはエルダーリッチとなって不死王の魔城、その玉座に腰掛けていたのだ。


 デルガルドの明瞭な頭脳は、すぐにこの事態を理解した。いや、してしまった。気が付かなかった方がいくらかマシだったかもしれないのに。

 デルガルド自身が倒したエルダーリッチが言っていたあの意味深な言葉。そして自身が置かれてしまったこの現状。 

 恐らくではあるが、あのエルダーリッチはデルガルドの前にこの役目を負わされていた者だったのだ。

 この不死王の魔城というダンジョンは、ボスであるエルダーリッチを倒した者を取り込み、更に強力な次のエルダーリッチへと変えるのだ。

 エルダーリッチを倒せなかった者はその場で逆に倒されてしまうか、逃げ帰るだけ。だが、エルダーリッチを倒した者はダンジョンに取り込まれ、次のエルダーリッチとなる。そうしてボスであるエルダーリッチは代を重ねるごとに強力になり、よりダンジョンの難易度が上がっていく。

 これはあくまでデルガルドの推測ではあるのだが、エルダーリッチが何の抵抗もせず、自らの意思で自分より弱い者に倒されたとしても、その者は役目から解放されたりはせず、アンデッドとしての特性で蘇り、引き続きエルダーリッチとしての役目を負わなければならないのではないだろうか。

 それは誰も踏破したことのない魔境と呼ばれる筈だと、デルガルドは愕然とする。何せ、苦労してエルダーリッチを倒したとしても、その場でダンジョンに取り込まれ、そこから出られなくなってしまうのだから。何をもってダンジョンを踏破したと言えるのか。それは、ボスを倒し、或いは最奥の宝を入手し、生きて戻ることが出来た時なのだから。

 いくら自我が残っているとしても、魔物は一歩でもダンジョンから出ればすぐに死んでしまう。これではダンジョン踏破者が現れる筈もない。


 まさか自身が魔物になってしまうとは。

 これではパナケイアを持ち帰るどころか、ダンジョンから出ることすら叶わない。

 絶望したデルガルドはすぐさま自死を選び、魔法で自身の頭を吹き飛ばしたのだが、すぐさま肉体が修復され、復活してしまった。この凶悪なダンジョンは取り込んだ者に自死すら許してくれないのだ。

 そう理解したデルガルドの絶望は深まるばかり。


 死ぬのでも何でもいい、ともかくこの状況から解放されたい。

 そのことばかりを願い、デルガルドはエルダーリッチとして1500年もこの不死王の魔城に君臨し続けた。

 もしかすると、このまま永遠に、アーレスという世界が終わるまで自分はここに囚われたままなのではないか。

 絶望も枯れ果て、心がほぼ無になりかけていたそんな時、唐突にその男は現れた。

 エルフの勇者と呼ばれる男。若者ではなく、400歳前後の中年。ただ、中年ではあっても、鍛え抜かれた肉体に弛んだ部分は一切ない。

 恐らく今現在、このアーレスで最も強いエルフの戦士、アコイアのフレンベルグ。

 弓術に関するギフトを持っていないながらも、極限まで磨かれた弓の腕によって弓聖の称号を得た歴戦の勇士。

 レベルはデルガルドを超える140。

 そしてギフトは、自身よりもレベルの低い魔物を従属させ、自らの使い魔とする『テイム』というもの。

 『テイム』によって使い魔となった魔物は、ダンジョンではなく主人となった者から魔力を供給されるようになるので、ダンジョンの外に出ても衰弱死せずに済むのだ。まあ、主人が死ねば使い魔も死ぬ一蓮托生の関係となるのだが、ダンジョンから出られないよりかは遥かに幸せだろう。


 魔法によって彼のステータス、そしてギフトを看破したデルガルドの無になりかけていた心に、途端に感情が蘇った。歓喜だ。

 ここに来たということは、ダンジョン攻略が目的と見て間違いない。

 まさかこんな奇跡が起こるとは。何たる運命の巡り合わせだろうか。

 殺されるにしろ、テイムされるにしろ、これでデルガルドは救われた。

 最初から臨戦態勢で現れたフレンベルグに対し、デルガルドは戦う意思はないと話しかける。

 自我を持たぬとされる魔物が話しかけてきたことに驚くフレンベルグに対し、デルガルドは滔々と自らのことを話し始めた。何せ、1500年ぶりにまともに人と話すのだ、言葉は堰を切ったように溢れ、止まることがない。

 自身の出自、ここへ来た理由、そして図らずも自らがエルダーリッチとして転生してしまった経緯。

 全てを話し終えたところで、デルガルドはフレンベルグに頭を下げて懇願した。


「どうか、私を『テイム』してここから出してもらえないだろうか。救えなかったストレンジャー、彼の墓前で謝罪がしたい。父母の、友の墓前で謝罪がしたい。その後でならば、我が身がどうなろうと構わない。今の我が身はアンデッド、自然の摂理を無視して動く死体なのだから。本来であれば土に還るのが自然なのだ。だからどうか、どうか……」


 このカラカラに乾いた身体の何処にそんなものがあったのか、涙を流し、嗚咽を洩らしながら頼み込むデルガルド。

 その姿に思うところがあったのだろう、終始油断せず警戒を解かなかったフレンベルグが、番えていた矢を筒に戻し、そっとデルガルドの肩に手を置いた。


「我らが祖たるハイエルフの賢者よ、顔を上げてくれ。貴方の願いを聞き入れよう。1500年の長きに亘り、よくぞこのような孤独に耐えた。よくぞ身を焦がす焦燥に耐えた。よくぞ心を蝕む後悔に耐えた。今はもう天に昇っただろう貴方の父母も友も、件のストレンジャーも、誰1人として貴方のことを悪くは思っていまい。むしろ誇りに思っている筈だ。貴方は恩義の為にこのような魔境に1人で挑んだのだ。胸を張るといい」


「フレンベルグ殿………………」


「私に『テイム』のギフトが与えられたのは今日、今回の為だったのだと、今、理解した。存分に墓前で弔うといい。貴方の故郷まで私も同道しよう。そして我が生が尽きるまで貴方も生きるといい。1500年も辛い役目に耐えたのだ、あと数百年くらい余生があったとして、罰など当たるまい」


 1500年ぶりに聞く、まともに意思疎通を図れた人の言葉。その言葉の何と温かきことか。

 この身に残された最後の水分を出し尽くすかのように、デルガルドは誰憚らず咽び泣いた。

次回、年越しそば(年内最後の更新)となります。どうかお付き合いください。


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