エルダーリッチのデルガルドと望郷の味、トーストそば①
アーレスという世界を創造するにあたり、神が最初に創造した人間は、ハイエルフであった。
凡そ人とは思えぬほどの長寿に、健やかな肉体、圧倒的な魔法の才。
造られたばかりで未開の世界に文明を築いていく上で、ハイエルフほどうってつけの人種はいなかった。一説によると、ハイエルフというのは神が自らの血を分け与えて創造した、半神や亜神と呼ぶべき存在なのだという。
ただ、彼らハイエルフは長寿や魔法の才能と引き換えなのか、生殖能力が極めて低く、先細りして絶滅に向かうことを宿命付けられた種族でもあった。
きっと、ハイエルフというのは世界の開拓、その地盤を築く為に創造された人種だったのだろう。
後に神が新たに創造したヒューマンと交わることでエルフという人種が生まれ、ハイエルフの血統は薄まりながらもアーレスに残った訳だが、今やハイエルフは世界から絶滅、最後の1人は1000年前、1800歳まで生きて老衰で亡くなったのだという。
亡くなる際、そのハイエルフはこんな言葉を残している。
「………………我ら大地を切り開く魁の役目は終わった。これよりは残された人の子らが未来を切り開くのだ」
と。
この世から最後のハイエルフが亡くなり、その魂が天に還った時、人々は大いに涙を流した。
その後、残された人類、とりわけヒューマンなどは大いに繁栄し、大陸を統一するほどの大国を築き上げたりもしたのだが、アーレスに住まう者であれば誰でも知っている、500年前に起こった巨人の侵攻により統一国家は崩壊、再び大小様々な国に割れ、現在に至るといった次第だ。
アーレスという世界の基礎を築いたハイエルフは全員残らず死に絶えた。
その認識は正しいが、しかし、その魂までもが全て天に還った訳ではない。
話は変わるが、アーレスにはいくつか、まだ人類が完全に踏破していないダンジョンが存在している。
内部に生息する魔物があまりにも強いから。
内部構造が複雑過ぎて1度足を踏み入れると2度と出られず、最奥に到達することも叶わないから。
あまりにも危険なトラップが数え切れないほど設置されていてまともに踏み込むことも出来ないから。
内部に広がる空間がとてつもなく広大で、どれだけ進もうと終わりが見えないから。
ともかく、そういった悪条件によって攻略難度が跳ね上がり、発見以来踏破が確認されていない最難関ダンジョンのことを、ダンジョン探索者たちは畏怖を込めて魔境と呼んでいる。
世界にはいくつか魔境が存在するのだが、龍大陸のブリアレオス山脈、群島国家のとある孤島に存在する永遠の回廊、常夏の南方大陸にあるバーニングフォレストあたりが有名どころだろう。
それと、忘れてはならないのが、カテドラル王国やアードヘット帝国などが存在する西方大陸に存在する、不死王の魔城だ。
大陸南部、デンガード連合を構成する一国、ボンジヤール王国。
ボンジヤール王国はデンガード連合で最大の国土を有しているのだが、その大半が大陸最大の湿地帯、アコイア大湿原となっている。人間の居住に適さない地域なので基本的にほとんどの国民が湿原ではない狭い土地で暮しているのだが、一部のエルフたちは湿原に堆積する濃い魔力を求め、高床式の住居を造り、小さな集落を形成しているのだという。
不死王の魔城は、そんなアコイア大湿原の中央、とある洞窟の地下空間に存在している。
高レベルのアンデッドが徘徊する朽ちた巨城。
その最奥、王の広間に君臨する最強のアンデッド、エルダーリッチ。
エルフも含め、普通の人間は1属性の魔法しか使えないとされている。2属性の魔法が使えるギフトを授けられた者は、神の寵愛を受けているとまで言われるほどだ。
だが、魔物であるエルダーリッチはその範疇にない。何と、5属性もの魔法を使いこなし、しかも生涯ギフトを使い込んで鍛えた者が到達する境地、最上級魔法を当たり前のように連発し、あまつさえ異なる属性の魔法同士を同時に使用するのだという。
ひと口に魔物と言っても、その存在は千差万別、人間のミイラのようなエルダーリッチも、怪獣が如き巨大なドラゴンも、不定形の動く粘液でしかないスライムも同じ魔物。
魔物という存在は基本的には通常の生物ではなく、ダンジョンが生産する疑似的な生物だとされている。
魔物に通常の生物のような自我はなく、侵入者を襲う、宝を護る、といった、ダンジョンから与えられた使命にのみ忠実に従い、それ以外の行動を取ることはない。
また、魔物には心臓がなく、本来心臓がある場所には、宝石のような見た目の綺麗な石、魔石が埋まっている。この魔石は、魔物にとってダンジョンから供給される魔力を受け取る器官となっており、魔力の供給が途切れぬ限り、一切飲食をせずとも生きていけるのだそうだ。
ちなみに、魔物はダンジョンから出ると魔力の供給が途切れ、僅か数分で衰弱死するのだという。つまり、魔物はダンジョンの中でしか生きていけないということだ。まあ、裏道的な例外はあるが、魔物は基本的に生みの親であるダンジョンが与えた命令に忠実なので、自らダンジョンの外に出ようとすることはない。
本来はその筈なのだ。
が、ここに1人、そうではない者がいる。
不死王の魔城の主、エルダーリッチのデルガルド。
魔物には本来、人間のような個別の名前などないのだが、彼の場合は少々事情が違っていた。
「………………私はいつまでここにいればいいのだ?」
誰もいない、彼の為だけの大きな広間で1人、禍々しい髑髏の玉座に腰掛け、頬杖を突きながら誰にともなくそう呟くデルガルド。
呟きつつ、この言葉を口にするのは今回で何度目だろうかとデルガルドは考える。
大体、500年ほど前からだろうか。
1500年前、デルガルドがエルダーリッチとしてこの魔城の主となった当時は、とにかく死ぬことばかり考えていた。こんな場所で魔物として生きることなど本意ではない、死んだ方が遥かにマシだと。
だが、不死王の魔城は魔境に指定されている最難関ダンジョン。自らを殺してくれるようなダンジョン探索者が最奥に到ることなど滅多になく、何十年か何百年に一度現れても、大抵はデルガルドより遥かに弱く、しかもそこに至る道程でボロボロになっており勝負にならない始末。デルガルドは魔物ではあるが人殺しをしたいとは思っていない。だからそういうダンジョン探索者は適当に痛めつけてから追い返している。
人の手にかかることはまずあるまいと、何度か自死を試みたものの、不死王という特性からか、また元通りに蘇ってしまう有様だった。
1度死に、2度死に、3度死んだところで、デルガルドは自死することを諦め、屍のようにじっと玉座に腰掛ける生活を送るようになった次第。
動く屍であるアンデッドが、自らを屍のように、と形容するこの皮肉。
水分を感じさせぬ乾いた口元に、これまた乾いた、自虐めいた笑みが浮かぶ。
デルガルド自身、分かってはいるのだ。自分をここから解放する方法は2つしかない、と。
最も単純な方法は、自分より強い者に殺してもらうことだ。
が、デルガルドを倒せる者など、世界広しと言えど、そうはいないだろう。何しろ、デルガルドのレベルは137。これを超える人間となると、歴史に名を残すような英雄くらいしかいないだろう。どう考えても現実的ではない。
だが、もうひとつの方法もやはり現実的ではないのだ。
何せ、前提条件が上記と同じ、自分より強い者でないと達成出来ないのだから。しかも、強いだけではない、ある特殊なギフトの力が必要になる。
137を超える高レベルと、特殊なギフト。
これを兼ね備える者はアーレス広しと言えど、存在してはいないだろう。もし、仮にそんな者がいれば奇跡だ。それこそ神の奇跡でしかない。
いっそ狂ってしまえれば楽なのだろうが、デルガルドの明瞭な頭脳は自我の放棄も許してくれない。
希望の見えない、ただただ無為なだけの暗い日々。
だが、ある時突然、デルガルドはその無為な日々から救われることになる。
エルフの勇者、当代の弓聖と呼ばれるアコイアのフレンベルグによって。
より具体的に言えば、彼が神より授かったギフト『テイム』の力によって。
※西村西からのお願い※
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