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来ちゃったよ、珍そば!!

 ポカポカとした気持ちの良い陽気が続いた春が過ぎ、季節は初夏。

 紅生姜天そばがメニューに追加されてから1ヶ月と少しだろうか、文哉のギフト『名代辻そば異世界店』はまたレベルが上がり、新たなメニューが増えた。

 名代辻そばのメニューの中でも一際異彩を放つ、真っ赤な紅生姜の天ぷらが載った、紅生姜天そば。ド派手な外見に度肝を抜かれて、お客が頼んでくれないかもしれないと当初は少しだけ不安だったのだが、蓋を開けてみれば提供初日から大人気。見た目の斬新さに興味を引かれて頼んだ人たちが美味いと声を上げ、それで更に興味を引かれた人たちが我も我もと紅生姜天そばを頼む好循環が生まれていた。

 それに加えて、早速追加された新メニュー。

 本来であれば心強い筈なのだが、しかし文哉本人はこのメニューに対し、大いに頭を悩ませていた。


「どうしよっかなあ、これ……」


 閉店後、晩酌も終わり風呂にも入り、布団の上。後は明日に備えて眠るだけなのだが、しかし、文哉は眠れない夜を過ごしていた。その原因は、先にも触れた新メニューのことである。


 寝転びながらスマホをいじるような感覚で、己のステータスを凝視する文哉。

 ともかく、問題のステータス、その詳細は以下の通り。






***********************************


ギフト:名代辻そば異世界店レベル13の詳細


名代辻そばの店舗を召喚するギフト。

店舗の造形は夏川文哉が勤めていた店舗に準拠する。

店内は聖域化され、夏川文哉に対し敵意や悪意を抱く者は入ることが出来ない。

食材や備品は店内に常に補充され、尽きることはない。

最初は基本メニューであるかけそばともりそばの食材しかない。

来客が増えるごとにギフトのレベルが上がり、提供可能なメニューが増えていく。

神の厚意によって2階が追加されており、居住スペースとなっている。

心の中でギフト名を唱えることで店舗が召喚される。

召喚した店舗を撤去する場合もギフト名を唱える。


今回のレベルアップで追加されたメニュー:トーストそば、カレーパンそば、カレーパン丼


次のレベルアップ:来客14000人(現在来客12人達成)

次のレベルアップで追加されるメニュー:煮干しラーメン


************************************






 そう、遂に、遂に来た、いや、来てしまったのだ、珍そばが。開発者の狂気的な愛を詰め込んだメニューが。異世界どころか、地球上ですら珍奇な料理たちが。

 見た目はこの上なく珍奇ではあるが、味はちゃんと美味しい。それこそが珍そば。


 トーストそばはその名の通り、かけそばにトーストを載せたものだ。

 一見するとかけそばに適当な思い付きでトーストを載せただけのものなのだが、その実、これは実に考えられた組み合わせとなっている。余計な味付けがされていない、ただ焼いただけの食パンは汁気をよく吸う。かけそばのつゆをたっぷり吸ったトースト、これがまた予想に反して絶品なのだ。不思議なことに、汁気を吸ったパンというものは、何だかちょっと、チーズのような味わいを見せてくれる。その現象が、和風の味付けとなっているそばつゆでも起こるのだ。

 

 カレーパンそばは、やはりその名の通りかけそばにカレーパンを載せたものである。

 これは載せてあるパンがカラリと揚げてあるだけに、トーストのようにすぐ汁気を吸ったりはしない。だが、天ぷらそばやコロッケそばが証明しているように、揚げ物はそばに合うのだ。それも抜群に。そして懐深い名代辻そばのかけそばは、カレーパンですらも優しく包み込み、調和してしまうのである。パンのガリガリとした食感を楽しみ、中身のカレーとそばつゆのマリアージュを楽しむ。カレーパンそばとはそんな料理だ。


 カレーパン丼はかつの代わりにカレーパンを卵で閉じた丼である。

 パンを卵と和風の出汁で閉じる。正直、これはかなり奇天烈な行いなのだが、貧乏飯としてパンの耳をカツに見立ててパン耳かつ丼を作る人が昔から一定数おり、しかも、それが美味いのだという。

 普通のパン耳でも美味いのだから、揚げてあるカレーパンを卵で閉じれば、よりかつ丼の味わいに近付く。パンと和風の出汁が合うことはトーストそばが証明しているし、中のカレーが米と合うことは言うまでもない。


 珍そばの例に洩れず、どれも味は美味いのだ。

 だが、はたしてこれが、異世界の人たちに受け入れられるかどうか。

 地球人でも、というか日本人ですらも、珍そばを肯定的に受け入れている人は少なかった。大多数はインパクト重視のネタ的な料理と見做しており、これを尋常の料理と認めてくれる人の方が珍しかったくらいだ。

 名代辻そばの地元、日本の人たちですら受け入れてくれる人の方が少なかったのだから、それが異世界の人たち相手となれば、受け入れてくれる人たちはもっと少なくなるのではなかろうか。もしかすると、全く受け入れられない恐れすらある。今まで真面目にやってきた名代辻そばがいきなりおかしなことをするようになったと、そんな悪評が立つかもしれない。

 文哉はそれが不安なのだ。これをきっかけに、せっかく異世界でも認知されてきた名代辻そばからお客が離れてしまうことが。

 

 これらの料理、開発したのは無論、素人ではない。名代辻そばを営むタイダンフーズの社員である。というか、前世における文哉の悪友、堂本修司である。そしてその開発には文哉も一枚噛んでいたりする。

 以前にも触れたかもしれないが、文哉は本社勤務時代、商品開発室に所属していた堂本修司を手伝い、珍そば開発に力を貸していた時期があるのだ。

 今回追加された3種類のメニューの中でも、カレーパン丼はまさに文哉がアイディアを提供して開発されたもの。確か、何処かの店舗の限定メニューとしてひっそりと販売され、あまり人気も出ずひっそりと販売期間を終えたと記憶しているのだが、もしかすると、この異世界でも同じ運命を辿るかもしれない。

 それを考えると、かなり不安なのだ。

 無論、なるようにしかならないし、メニューに追加された以上は注文されれば提供するのだが、異世界の人たちはこれをどう見るだろうか。


 いつもは新メニューが追加されれば嬉しくて、販売初日が待ち遠しいくらいなのだが、今回だけは複雑な心境だ。

 この次のレベルアップでは、そばではない麺の新メニュー、カレーライスに並ぶ日本人の国民食、ラーメンが追加されるというのに、文哉の心はどうにも浮かない。


「修司よう、頼むぜ、ほんと……」


 そう呟いてから、文哉はステータスを閉じ、そして目も閉じて掛け布団を目深に被った。

 珍そば3種の販売は明日からだ。

 もしかすると、明日は何か、これまで文哉が遭遇したこともないような波乱があるかもしれない。

 そんな胸騒ぎをどうにか鎮めようと、文哉は布団の中で長い長いため息をついた。


本日はコミカライズ版名代辻そば異世界店の更新日です。

コミックウォーカー様、並びにニコニコ静画様でお読みいただけますので、皆様是非ともご一読を!

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