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紅生姜天そばが来た! そして迫り来る珍そばの足音……!!

 まさかの国王来訪や負傷した護衛騎士の介抱など、メニューにハイボールが追加されてからというもの、来客数の増加とは違うところで、文哉の名代辻そばは随分と忙しかった。

 ハイボールなどという庶民の酒、国王が怒りやしないかと内心ヒヤヒヤしていたのだが、彼は嬉しそうにニコニコしながら次々杯を空けていたので、文哉の心配は杞憂に終わった。

 そのうち、ビールまで頼み始めてハイボールとビールでちゃんぽんし出し、終いには正体をなくすほどベロベロに酔っ払い、半裸状態で床に寝始めたので、護衛の人たちや御付きの老騎士が苦い顔をしていたのは記憶に新しい。

 ちなみにではあるが、ハイゼンもぐでんぐでんに酔っ払い、手洗いでげーげー吐いて潰れていた。

 どうやら、姿形が似通った双子であっても、酒の強さは兄の方が上のようだ。

 翌日はどちらも二日酔いで苦しんだだろうことは想像に難くない。


 それと、忘れてはならないのが、あの、国王を護衛していたスーツ姿の騎士のことだ。

 まさかこの異世界にもスーツが存在したとは驚いたが、それよりもっと驚いたのが、後日、彼がいきなり負傷した状態で夜の名代辻そばに現れたことだ。

 もう閉店した後だったので店内が必要以上に騒がしくなることはなかったが、あの夜もまた非常に忙しかった。

 何しろ、いつもやっている調理や接客ではなく、負傷した人間の治療をしなければならなかったのだ。たまたまアンナのギフトが傷を癒す『回復魔法』だったから良かったようなものの、彼女がいなければどうなっていただろうか。考えると怖くなってくる。

 彼は翌朝には姿を消していたが、セントによると、彼はとある任務の最中で、その任務に戻ったのだという。

 負傷しているということは、きっと危険な任務なのだろう。

 ここはやはり異世界、日本とは違うということを改めて思い知らされた夜であった。


 無論、通常の業務も忙しくはあったのだ。何せハイボールという新たな酒、それもこの世界には存在しない蒸留酒が追加されたのだから。

 ウイスキーの深い味わいはそのままに、ハイボールという気軽な形で提供される酒は異世界の人たちにも好評で、名代辻そばを訪れる酔客たちはビール派、ハイボール派、両方派という3派閥に分かれ、日々、杯を重ねている。


 酒を求める夜の来客が増えたこともあり、文哉のギフト『名代辻そば異世界店』は早くもレベルが上がった。

 その詳細は以下の通り。






***********************************


ギフト:名代辻そば異世界店レベル12の詳細


名代辻そばの店舗を召喚するギフト。店舗の造形は夏川文哉が勤めていた店舗に準拠する。

店内は聖域化され、夏川文哉に対し敵意や悪意を抱く者は入ることが出来ない。

食材や備品は店内に常に補充され、尽きることはない。

最初は基本メニューであるかけそばともりそばの食材しかない。

来客が増えるごとにギフトのレベルが上がり、提供可能なメニューが増えていく。

神の厚意によって2階が追加されており、居住スペースとなっている。

心の中でギフト名を唱えることで店舗が召喚される。

召喚した店舗を撤去する場合もギフト名を唱える。


今回のレベルアップで追加されたメニュー:紅生姜天そば


次のレベルアップ:来客12000人(現在来客605人達成)

次のレベルアップで追加されるメニュー:トーストそば、カレーパンそば、カレーパン丼


************************************






 今回のレベルアップで追加されたのは、温かいそばのカテゴリーから、紅生姜天そばだ。

 この紅生姜天そば、言ってしまえば通常の天ぷらそばのマイナーチェンジなのだが、その味わいまでもがマイナーチェンジに収まるかというと、決してそんなことはない。通常の天ぷらそばとは、ひと味もふた味も違う。

 たまねぎと大量の千切り紅生姜をかき揚げにした紅生姜天は、歯応えは通常の天ぷらと比べよりザクザクとしており、味わいは酸味と辛味が利いている。プレーンな天ぷらが優しい味わいだとすれば、紅生姜天はかなり刺激的だ。

 だが、この刺激的な酸っぱ辛さが病みつきになり、ひと口、またひと口と箸が止まらなくなる。

 また、そばつゆが染みてしなっとなったところを食べるのも良い。噛めば梅酢の酸っぱい汁が溢れ出て、それがそばつゆと混ざり合って絶妙な味わいになるのだ。

 天ぷらそばに慣れた常連客も、この紅生姜天そばの刺激には新鮮な驚きを覚えることだろう。

 紅生姜天そばには、文哉も期待を寄せている。


 ただ、問題は、だ。問題は次のレベルアップで追加される新メニューなのだ。

 最初、文哉はステータスを開いてこれを見た時、


「珍そばじゃねーか!!」


 と驚いた。


 珍そばとは、その名の通り珍妙な見た目をしたそばのことだ。

 以前にも触れたことがあるかもしれないが、名代辻そばでは各店舗の店長の裁量において、全店共通のグランドメニューにはない、店舗ごとのオリジナルメニューが採用されている。その店舗の店長が常識人であれば、オリジナルメニューもまた常識的なものとなるのだが、店長が個性的だった場合、見た目にインパクトのある珍そばが採用される場合があるのだ。

 トーストそば、カレーパンそば、カレーパン丼、この3種に文哉は見覚えがあった。というか、ありすぎた。


 突然ではあるが、文哉には堂本修司という悪友がいる。

 堂本修司。

 彼は大学時代の同期であり、文哉に先んじて、大学を卒業してすぐ名代辻そばを運営するタイダンフーズに入社していた。

 修司が勤めていたのは本社の商品開発室なのだが、文哉がアルバイトから正社員に昇格した短い時間、同じ本社勤務として、部署は違うが彼の仕事を手伝っていたことがあるのだ。

 文哉が辻そばを愛しているように、修司もまた辻そばを愛していた。だが、その愛の方向性が、文哉から見るとかなり斜め上だった。彼の場合は、名代辻そばの珍そばに愛情を注いでいたのだ。

 きっかけは彼が上京したタイミングで食べた珍そば、巨大コロッケそばにインパクトを受け、熱烈に魅了されたことらしい。修司は珍そばをグランドメニューに加えるという野望を抱いて入社したそうなのだが、再会した時点で上司の理解は得られていなかった。

 だが、それでも彼の心は折れてはいなかったのだ。

 上司を納得させるべく、文句すら出ない美味なる珍そばを開発しようと試行錯誤する毎日。そんな彼の情熱に打たれ、文哉も友として彼の珍そば開発を手伝った。

 そうして生まれたのが、何を隠そう上記のメニュー、トーストそば、カレーパンそば、カレーパン丼の3つである。


 トーストそばは、その名の通りかけそばにトースト1枚を縦切りにして突っ込んだもの。


 カレーパンそばは、やはりその名の通りかけそばに揚げ立てのカレーパンを載せたもの。


 カレーパン丼は、かつ丼のかつの代わりにカレーパンを出汁と卵で閉じたものをごはんの上に載せたものだ。


 これら3つ、見た目は滅茶苦茶だが、味は確かに美味い。開発の一翼を担った経緯もあり、それだけは自信を持って断言出来る。

 だが、それでも見た目の悪さは如何ともし難い。はたして、異世界の人たちは、この奇妙奇天烈なメニューを受け入れてくれるだろうか。

 それについては若干どころか、かなり大きな不安が残る。下手をすると見向きもされない可能性もあるし、文哉の正気を疑われる可能性すらあるだろう。


 次に追加される新メニュー、これは今までで最大の賭けになるぞと、文哉は密かに緊張していた。


来週は名代辻そば異世界店の更新はお休みさせていただきます。

その代わり、本作のスピンオフ、名代辻そば鶴川店の続編(短編)を投稿させていただきます。

鶴川の面々のドタバタ劇、ご笑覧いただければ幸いです。

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