転生者ジャルダーノ・ヴィンチェンホフとキツいウイスキー⑤
爆発の勢いで窓に激突したジャルダーノは、そのまま窓ガラスを突き破って2階から地上へと落下してしまった。
落下の最中、ジャルダーノは苦痛に顔を歪めながら、己のミスを反芻する。
トミー・マフデン子爵の『爆炎魔法』のギフト。まさか物体に爆炎を付与し、リモコン爆弾のように任意のタイミングで爆破出来るとは。完全に想定外だった。が、これが地球の常識では計れないファンタジーの異世界というもの。ギフトなどという超常の力が存在しているのだから、このようなことも警戒していなければならなかったのだ。ただ掌から直線的に爆炎を放つなどと、そんな常識的な考えは捨てなければ。
防弾スーツによっていくらかダメージは軽減出来たし、ダンジョンに潜ってレベルを上げたこと、そしてマフデン子爵がギフトを使い込んでおらず魔法の練度が未熟だったこと。3つの偶然が重なったことでどうにか即死は免れたが、至近距離の爆発によって胸部に多大なダメージを受けてしまった。恐らくは胸骨、肋骨共に骨折していることだろう。前世で死んだ時のように、折れた肋骨が肺に刺さらなかったのは不幸中の幸いである。
ドスリ!!
と音を立て、左肩から地面に落下するジャルダーノ。
「ぐ……ッ!」
受け身も取れず肩から落下したその衝撃で、左肩が外れる。またしてもしくじった。何という無様か。
しかも、状況が更なる悪化を見せる。
「な……何だこいつ!?」
「子爵様の部屋から落ちて来たぞ!?」
「さっきの爆発は何だ!? こいつの仕業か!?」
「こいつ、侵入者じゃないのか!!」
屋敷のまん前、マフデン子爵の護衛たちが待機している場所のど真ん中に落下してしまったらしい。恐らく、邸宅に引き返した子爵に命じられて、入り口付近で彼のことを待っていたのだろう。軽装とはいえ、武装した兵士たちに囲まれる形になってしまった。しかも、爆発と同時に落下してきたので、その犯人と目されるのが当然の流れだ。
爆発で書類が全て焼失してしまったことに加えて、こうも不運が重なるとは。不幸中の幸いなどという感想は撤回せねばなるまい。
「チッ、くそったれが……ウージーッ!!」
先手必勝、ジャルダーノは右掌にサブマシンガンを召喚し、片手で狙いも付けず弾丸をばら撒く。当たることは期待していない。あくまで牽制、道を開ける為の威嚇でしかない。
だが、仮に弾丸が当たったとしても、彼らはマフデン子爵に与して甘い汁を啜っている者たちだ。子爵がウェンハイム皇国から違法に購入した奴隷を彼らに与え、その奴隷がどのような仕打ちを受けているか。それを知れば、弾丸が当たったとて同情の余地はない。
突然の銃撃に驚いた兵士たちが、思わずといった形で道を開ける。ジャルダーノは牽制射撃を続けながら走り出し、閉じたままの正門をジャンプで飛び越した。ダンジョンでレベルを上げ、身体能力を強化しておかなければ、このような芸当は出来なかっただろう。
着地の衝撃を受け切れず、地面を1回転してから立ち上がり、そのまま通りを駆けるジャルダーノ。
だが、逃げ出したジャルダーノを、正門を護っていた警備兵が追いかけ、それに遅れて護衛の兵士たちが正門を開けて追いかけて来る。
必死に走りながら、ジャルダーノは胸中で「ステータスオープン」と唱え、自分の状態を確認した。
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名前:ジャルダーノ・ヴィンチェンホフ
年齢:35
性別:男
種族:人間
レベル:87
筋力:572
体力:886(現在75まで減少)
魔力:0
俊敏:711
器用:980
知力:539
次のレベルアップ:205168EXP(現在13175EXP)
ギフト:マーダーライセンス(ギフト名に触れると詳細が表示されるよby神)
状態異常:火傷(中度)、骨折(中度)、脱臼(左肩)
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ダメージが深刻だ。特に火傷と骨折。これは何処かで安静にしていれば治るというものではない。この異世界では地球のように高度な先進医療など望むべくもない。治療をするのなら傷を癒す霊薬を飲むか、治癒の魔法で治療するしかないだろう。
だが、霊薬は流石に持ち合わせがないし、ジャルダーノのギフトは治癒の魔法でもない。
現状、すぐに使える回復手段がなく、この負傷した身体を抱えたまま逃げ切るしかないのだ。
が、相手も素人ではないし、しかも大勢ときている。
この片腕しか使えない負傷した状態で走りながら追手を正確に撃って排除するのは、いくらジャルダーノでも無理だ。
かといって、このまま漫然と走り続けてもいつかは追い付かれる、ジリ貧だ。
口内に血の味を感じながら胸中で「くそが……」と毒づくジャルダーノだったが、ここで思わぬ援護が入った。
ジャルダーノにかかった追手たち、その先頭を走っていた男の太腿に、突然、矢が突き刺さる。
走りながら見上げれば、マフデン子爵邸の向かいの屋敷、その屋根で見張っていたヴェンガーロッドの同僚の1人が、弓に新たな矢を番えているところだった。
そしてその隣の屋敷の屋根にいるもう1人の同僚が『炎魔法』のギフトを使い、路上に炎を立ち昇らせてジャルダーノと追手たちを分断する。
「悪いな……」
この距離から聞こえる筈もないが、彼らには感謝しなければならない。前世の時には得る事が出来なかった、仲間という存在。地球にいた時は自分のことを助けてくれる存在など誰もいなかった。だが、今は違う。こうして、自分のピンチに手を貸してくれる者たちがいるのだ。
彼らへの礼は無事逃げ延びてから改めてするとして、今はこのチャンスを有効活用することが先決。
「M18……」
発煙手榴弾を召喚し、歯でピンを抜いてから炎の前であたふたしている追手たちに向けて手榴弾を放り投げるジャルダーノ。
追手たちのほぼ中央に落ちた手榴弾から猛然と白煙が噴き出し、あっという間に辺りが煙に包まれ、視界が遮られる。
「うわあああぁッ!?」
「くそ、何だ、この煙!!」
「誰か、何とかしろ!」
「風魔法で吹き飛ばせないのか!?」
煙の中から追手たちの怒号が轟く。どうやら上手い具合に混乱してくれているらしい。
この隙に必死に走って距離を取り、どうにか追手を撒くことに成功したジャルダーノ。
貴族街を抜け、平民用の住宅街を抜け、旧王城前の通りまで出る。
一旦は追手を撒いたとはいえ、ここはまだ旧王都の中。油断は出来ない。しかしながらこのまま旧王都を出て安全な場所まで身を隠すほどの体力も残っていない。何処かに身を隠し、満足に動けるようになるまで傷を癒さなければ。
追手を寄せ付けぬ場所に、傷を癒すもの。その両方が揃っている場所は、ジャルダーノの知る限り、この旧王都にひとつしかない。
「名代辻そば、あそこしかない、か……」
自分と同じ地球からの転生者、フミヤ・ナツカワが営むソバレストラン、名代辻そば。
ギフトの効果によって悪しき者たちを寄せ付けないあの場所でしか、身を隠すことは出来ない。ジャルダーノのような元殺し屋でも、彼に敵対する意識さえないのなら入店出来ることは先日実証済みだ。傷を癒すことについてもアテはある。確か、最近になって入ったアンナという従業員だったか。あの場所はアルベイル大公子飼いの隠密も密かに監視している筈だが、ジャルダーノの顔を知っている彼らなら、事情を察してくれるだろう。そう願いたい。
必死に走りながら、腕時計で時間を確認する。
午後10時を少し過ぎたくらいか。
名代辻そばはもう閉店している時間だが、あの店は閉店後にも1時間か2時間くらいは清掃の為に店員が残っている筈。体力的にギリギリだろうが、どうにか店から人が失せる前に間に合う筈だ。
夜も深まり、もう通りからも人気が大分失せているのだが、それでもちらほらとほっつき歩いている酔っ払いたちが、ギョッとした様子ですれ違ったジャルダーノのことを凝視している。明らかな大怪我人が必死の形相で、何かから逃げるように激走しているのだから、それは注目を集めることだろう。一体何事なのだと、そう思われているに違いない。
だが、今は恥も外聞も気にしている時ではない。何故なら、命の危機が迫っているのだから。
ジャルダーノは夜の古都を駆ける。
今宵、己を救ってくれる唯一の場所、名代辻そばを目指しながら。
私のXの方でも報告させていただいたのですが、本作『名代辻そば異世界店』の書籍版1巻の発売日が決まりました。今年の10月25日です。担当イラストレーターはTAPI岡様。レーベルはMFブックス様となっております。
書籍版はなろう版からパワーアップした内容となっておりますので、すでにこちらでお読みいただいた方にも楽しんでいただける作品となっております。
それと本作『名代辻そば異世界店』のスピンオフにあたる短編『名代辻そば鶴川店』という作品を投稿しております。
夏川文哉の学生時代からの友人、堂本修司が主人公です。
堂本修司もまた、夏川文哉とは違った形で名代辻そばを愛する男。作中ではその愛を炸裂させています。
よろしければご一読ください。




