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転生者ジャルダーノ・ヴィンチェンホフとキツいウイスキー③

 神の力によって異世界アーレスに転生したジャルダーノ。

 転生した場所は、ウェンハイム皇国という国家の首都に近い場所だった。

 異世界とは、アーレスとはどのような世界なのか。この国はどのような場所なのか。そこに暮らす人々は、その生活はどのようなものなのか。

 この世界でどう生きるべきかということはまだ分からないが、それを知る為にもジャルダーノはウェンハイム皇国のことを探り始めたのだが、結論として、この国は腐敗していた。


 貴族という階級がまともに機能することなく、ただただ自分たちが利を吸い上げる為だけに人々を支配し、奴隷という唾棄すべき制度がまかり通る国家の在り様。しかも貴族が遊びで奴隷を虐げ、殺すような場面が昼間の往来でも珍しくない。

 虐げられる市井の人々にも奴隷にも、貴族たちを打倒しようという気概はなく、それどころか支配されることに対して諦観を抱き、この国の在り方は元来こういうものだと半ば受け入れてしまっているような始末。

 裏の世界にいたジャルダーノをして、あまりにも酷いと、そう言わざるを得ないほどの腐敗した国家だ。地球上にも事実上無政府状態の国家や暴力が支配する地域はあったが、流石にここまで酷くはなかった。

 この国の為に、少なくともこの国の貴族の為に働くことは出来ない。


 ジャルダーノは早々にウェンハイム皇国を去ることにした。

 行く先の候補は2つ。南のカテドラル王国か、南東のアードヘット帝国。どちらもウェンハイム皇国に国境を接する国であり、そしてジャルダーノと同じ人種、ヒューマンが住民の大半を占めており、皇国の侵攻に抗えるだけの防衛力を持ち、かつ、皇国に比べればまともな国家運営をしている。

 他にもウェンハイム皇国と隣接する国もあるにはあるのだが、皇国を恐れて臣従していたり、皇国の侵攻を跳ね返せるだけの防衛力がなかったりといった具合だ。

 上記2ヶ国のうち、ジャルダーノはカテドラル王国へ行くことにした。その理由は単純で、カテドラル王国の方が距離的に近く、直近の戦争でウェンハイム皇国を退けた実績があるからだ。当時の戦場を知る者は老将となり、実戦を想定して若者たちを鍛えている。

 アードヘット帝国は世界一の大国とも言われており、現に国力も凄まじいのだが、最後に大きな戦争を経験したのは50年以上前。世代交代は当然進んでおり、軍上層部に実際に戦場を踏んだ者がほぼいないということが不安要素となった次第。


 カテドラル王国に足を踏み入れたジャルダーノは、その国家としての在り様がウェンハイム皇国とは全く違うことに驚いた。

 確かに王侯貴族が領地を運営し、平民がその下に従事し、税を納めるというシステムはウェンハイム皇国と同じなのだが、この国では明確に平民を隷属させるということがなく、奴隷制度も御法度となっている。人々にある程度の自由が認められているのだ。しかも、税にしても、多くの場合は生活を逼迫させるほど重いものではなかった。

 が、領地の運営は領主である貴族の裁量によるものが大きく、必ずしも住み良い環境ではないというのもまた事実。悪徳貴族というのも当然おり、領地では重税を課しているのに王都への報告ではそれを誤魔化し、何食わぬ顔で差額を懐に収める者も少なからず存在していた。

 それに、王都にしてもまた闇が濃い。広大な王都は一見確かに美しく整っているが、一部ではスラムが広がっており、法衣貴族たちも利己的で平民を軽んじる者が少なくない。しかもだ、そういう貴族たちの中にはスラムの犯罪組織と繋がっている者たちまでもがいるのだ。


 カテドラル王国はウェンハイム皇国と比べれば確かに正常な国家と言えたが、しかしその裏に闇がない訳でもなく、内側に膿が溜まっていない訳でもない。

 親もなく、スラムの路上で暮す孤児たち。彼らの目は、かつてのジャルダーノ兄妹と同じ、大人を信用出来ず、雨風に晒され、飢え、不条理で理不尽な世の中を恨む目だった。

 あの目を見て、ジャルダーノは何となく、自分がこの世界で成すべきことが分かったような気がした。

 かつての自分たちと同じ子供たちを、あの目をした者たちを1人でも多く減らす。裕福に、とまではいかないが、あの子たちがせめて平凡な日常が送れるように。その為に裏の世界で人の生き血を啜る者たちを裁く。他ならぬ自分が。同じく裏の世界で磨き上げた闇の業を以てして。


 その日の夜、ジャルダーノは誰にも気付かれることなく国王ヴィクトル・ネーダー・カテドラルの寝所に忍び込んだ。王城は勿論のこと、国王の寝所などは特に厳重に警備されていたのだが、ジャルダーノは監視の目を搔い潜り、或いは警備の者を気絶させ、寝所の中で国王と2人きりの状況を作り出した。

 ベッドの上で寝息を立てている国王。

 ジャルダーノは傍らに置いてあった木製の椅子を引き寄せ、ギチ、と軋む音を立てながらそれに座る。

 すると、それまでぐっすりと寝息を立てていた国王が静かに目を開いた。


「………………何者か?」


 ベッドから上体だけを起こし、闇の中でおぼろげに佇むジャルダーノに、恐る恐るといった感じで声をかけてくる国王。流石に一国の王、いきなりのことにも努めて冷静な様子だが、ジャルダーノほどのプロともなると、その内心の動揺も見て取れた。


「……名はジャルダーノ・ヴィンチェンホフ。あんたらアーレスの者がストレンジャーと呼ぶ存在だ」


 ジャルダーノが静かにそう告げると、国王は僅かに眉間にしわを寄せる。


「何だと? そもそも、どうやってここに入った? この部屋は厳重に…………」


 と、国王の言葉の途中で、それを説明するようにジャルダーノが口を開く。


「皆、眠ってもらった。痛めつけてはいないから、じき目を覚ますだろう。まあ、あんたの抱える隠密も悪い腕ではなかったがな。俺に言わせればまだまだ甘い。本物の影は完璧に闇に溶け込む。少しも気配を感じさせないものだ」


「余に何の用だ? 暗殺にでも来たか……?」


 その声色に、些か緊張の色が混じっている。

 だが、ジャルダーノは苦笑しながら緩慢な動作で首を横に振った。


「そのつもりならとっくにやっている。俺は今、誰の下にも付いていない」


「では、何をしに来た?」


「俺を雇え」


「何!?」


 ジャルダーノが言ったのとほぼ同時に、国王が驚愕に目を見開く。

 いち国王の寝所に無断で押し入る。普通に考えれば良からぬことをしに来たと思うだろう。だが、それとは真逆、むしろ自分を雇えと売り込みに来たというのだから、国王が驚くのも無理はない。


「前の世界で、俺は殺し屋をやっていた。それも一流のな。俺がこの国の闇に潜み、ダニ共を潰す手伝いをしてやる。だから俺を雇え」


「な……何故…………?」


 未だ驚愕冷めやらぬといった様子の国王に対し、ジャルダーノは説明するように話し始めた。


「この国はウェンハイム皇国に比べればずっとまともだが、それでも清廉潔白とは言い難い。膿が溜まっているのはあんた自身自覚しているのだろう?」


 カテドラル王国の王族は概ね優秀だし、己の出来得る範囲で良き治世を布こうとしている。だが、それに臣従する貴族の中には、甘い汁を啜ることだけが目的の者や、権力を誇示することに固執する者たちが少なくない。しかも、明らかに法を犯した悪辣な手段を用いている者たちが何人もいるのだ。

 だが、彼らは狡賢い。法を犯していても、それが露見しないような上手い立ち回りを心得ている。彼らを罰したいまともな王侯貴族にとっては、これほど歯痒いことはないだろう。


「う、うむ……」


 痛いところを突かれた、とばかりに国王がぎこちなく頷く。


「俺は元々孤児……のようなものだった。王都のスラムを見たよ。あんなものが存在するのは、自浄作用が上手く働いていない証拠だ。そこで親もない路上暮らしのガキ共が道行く普通の人々に憎悪の目を向けている。俺はあの目をするガキを1人でも減らしたい。その為にはこの国で生き血を啜り続けるダニ共を潰さなければならない」


 薄暗いスラムの奥から、陽の当たる通りを歩く幸せそうな人たちに対し、ギラつく目を向ける孤児たち。あれはかつてのジャルダーノであり、ナタリアの姿だ。誰にも守ってもらえず救ってもらえず、盗みや暴力といったまともではない方法で生きるしかない存在。誰も助けてくれないから、生きる為にやっていることなのに、見つかれば犯罪者として捕まり、罰せられる。時には司法を経ず私刑によって命を落とすことすらもあるのだ。

 異世界だろうが地球だろうが、スラムの在り様などそうそう変わらないし、変えようとすると、必ずそれを阻止しようとする者たちが現れる。彼らにとっては現状が変わってしまうと都合が悪いからだ。この国の場合はそれが悪徳貴族であり、彼らと繋がっている犯罪組織である。

 裏で暗躍する悪党共を消して回るのは、ジャルダーノの最も得意とするところだ。何せ、元は殺し屋だったのだから。


「だから、貴公を雇えと言うのか? 殺し屋をやっていたような男が、人助けをすると? 一体どうして?」


「俺は好きで殺し屋をやっていたのではない。そう生きるより他に選択肢がなかっただけだ。人助けをするのは、この世界に転生する時、神にそう提案されたからだ」


 神に提案されたから、とは言うが、それはあくまでもきっかけに過ぎない。

 本当は、気に入らなかったのだ。大人たちが困窮した子供たちすら助けられない現状を。飢えた子供たちの姿が視界の隅にすら入っていない現状を。その惨状を知っていながら無視するような現状を。

 彼らの現状を変えようとする者が1人くらいはいてもいい筈だ。何某かの力を持つ者が。例えば自分のような。もう自分を縛るものはないのだから。


「そうか、神様に…………」


 他ならぬ神に言われたとあれば、アーレスの民は納得するしかない。

 国王は「分かった」と頷いた。


「貴公を雇おう。神が遣わした貴人たるストレンジャーの頼みだからな、断わるわけにはいかん」


 これで契約成立だ、とばかりにジャルダーノも頷く。


「これから先、俺のことは闇の男(ブギーマン)と、そう呼べ。俺のいた世界では、最高の暗殺者を指す名だ」


 そしてジャルダーノは、国王との間にいくつかの契約を結ぶ。

 2人の間は主従関係ではなく、あくまで雇用主と契約者であること。

 私利私欲の為には動かないこと。

 無駄な殺しはしないこと。

 余計な詮索はしないこと。

 仕事のやり方に口出ししないこと。

 自分がストレンジャーであるということは秘匿すること。

 みだりに本名を呼ばず、普段は闇の男(ブギーマン)と、そう呼ぶこと。


 こうしてジャルダーノが国王と契約を結び、ヴェンガーロッド特務騎士隊の一員となってから10年が経った。

 今や闇の男(ブギーマン)の名は裏の世界では伝説となり、その数々の偉業は畏怖と共に貴族や犯罪組織の者たちの口に上るようになった次第。


 闇の男(ブギーマン)、ジャルダーノ・ヴィンチェンホフ。

 その異名の通り、彼は今宵も闇の中に溶け込み、ターゲットに忍び寄る。


※西村西からのお願い※


ここまで読んでいただいてありがとうございます。

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