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転生者ジャルダーノ・ヴィンチェンホフとキツいウイスキー②

 ジャルダーノは僅か10歳の時に、5つ下の幼い妹、ナタリアを連れて家を出た。母を病で亡くし、酒に逃げた父が家に金を入れず子供たちに暴力を振るうようになり、このままでは妹も自分も遠からず殴り殺されることになると思ったからだ。このまま黙って殺されるよりは、路上生活の方がまだマシだろう、と。


 ノヴォシビルスクというのはロシアの中でも第3位の規模を誇る大きな街だが、隅々まで治安維持が行き届いている訳ではない。ジャルダーノが暮らす場所はノヴォシビルスクでも端の方で、ここでは警察が犯罪組織と癒着してまともに機能しておらず、そんな地域だから当然の如く児童保護施設なども機能していなかった。もし、ジャルダーノたちが地域の児童保護施設など頼れば、人身売買組織に売られていたことだろう。

 若年のホームレスたちが集う廃棄された下水道などは麻薬や売春といった犯罪の温床なので、ジャルダーノたちは誰もいない、薄暗い路上で暮らしながら盗みで生計を立てていた。

 盗みで生計を立てる者たちはジャルダーノたち以外にも大勢いたが、彼らは地元の犯罪組織を後ろ盾にし、盗みの成果を上納している。が、ジャルダーノたちは犯罪組織などとは繋がりを持たず、ただ自分たちが生きる為だけに盗みをしていた。


 犯罪組織にしてみれば、ジャルダーノたちは自分たちの害にしかならないショバ荒らしと見えたことだろう。

 当然、ジャルダーノたちの盗みは犯罪組織の目に留まることになる。

 ある日、ジャルダーノは盗みに出かけようとした先で5人の武装した男たちに囲まれてしまった。地元の犯罪組織の男たちだ。たかだか10歳の子供が盗みをしたからと、殺気立った男たちが武器を手に5人で囲む。傍から見れば異様な光景だが、犯罪組織は面子が命。誰であろうとナメられる訳にはいかない。

 絶対に殺される。それは誰の目にも明らかだったが、ここで目を疑うような出来事が起こる。たった10歳のジャルダーノが、男たちを返り討ちにしたのだ。

 武器を手にして油断する男たち。その1人に奇襲を仕掛けていきなり金的を打ち、男が持っていた拳銃を奪うと、動揺する男たちを瞬く間に撃ち殺した。

 ジャルダーノ本人ですらも予想だにしていなかった、思いがけない形での才能の発露。闇の中でしか輝かない殺しの才気。


 監視カメラの映像を目にして、その才気に強烈に惹かれた者がいる。広大なロシア一帯を支配する犯罪組織、ルスカ・チョルヌイのボス、アルノフ・マスカノヴィッチだ。

 世界中の犯罪組織を束ねる最大のアライアンス、十二使徒。その十二使徒の1人、アルノフ・マスカノヴィッチ。自身もかつては超一流の殺し屋だった男である。


 妹を庇護することと引き換えにマスカノヴィッチにスカウトされ、ルスカ・チョルヌイの殺し屋となったジャルダーノ。

 男たちを殺した時は自身の身を守る為、ひいては妹を1人にしない為だった。好き好んで殺しなどしたくはないし、殺しに対する忌避感もあるが、妹が危険に晒されることなく平穏無事に暮らせるのならと、裏の世界に足を踏み入れたジャルダーノ。

 一般人の妹に累が及ばぬようにと彼女とは接触を断ち、マスカノヴィッチの指導の下、殺し屋としての技術を習得。僅か5年で一流の殺し屋となったジャルダーノは、その5年後には裏社会で最高の殺し屋の証である、闇の男(ブギーマン)の名を冠するようになった。


 己をも殺し、日々、粛々と任務に従事するジャルダーノだったが、唯一楽しみがある。それは、月に1度だけ送られてくる、妹の近況報告書だ。

 彼女の為に接触を断ったジャルダーノだったが、マスカノヴィッチとの取り決めで妹の近況報告をしてもらっていた。それは写真であったり、映像であったり、或いは文章のみの不定形なものだったが、ともかくそれだけを心の支えに殺し屋を続けていたのだ。

 闇の男(ブギーマン)と呼ばれるようになってから5年が経ったある日、ジャルダーノは受け取った近況報告書に違和感を抱く。その時に受け取ったものは写真だったのだが、日付は6月13日、場所はモスクワのトヴェルスカヤ通り。

 そのトヴェルスカヤ通りを友人と歩く妹の写真なのだが、背景にタキシンスクというバーが写っていたのだ。

 煌々と看板のネオンを輝かせ、店内も賑わっている様子のタキシンスク。だが、おかしいのだ。そんな筈がないのだ。

 実は写真の日付の前日、6月12日、ジャルダーノはこのトヴェルスカヤ通りで仕事をしている。タキシンスクの3軒隣のチャイニーズレストランで、新興のチャイニーズマフィアの幹部を暗殺したのだ。

 その時にジャルダーノは確かに見ている。タキシンスクがすでに潰れており店内はもぬけの殻、出入口は立ち入り禁止のテープで封鎖、窓には差し押さえの貼り紙があったのを。


 この違和感は放置出来ない。ジャルダーノは詳しく写真を調べてみたのだが、これはフェイクだった。しかも、この写真だけではない、凡そ5年前から写真も映像もフェイクで、妹の住所とされていた場所には別の人間が住み、妹自身は行方知れず。

 この時点でジャルダーノはルスカ・チョルヌイから姿を消し、妹の行方を探し始めたのだが、その結末は残酷なものであった。

 5年前の時点で妹はマスカノヴィッチの手によって売春をシノギとする別組織に売られ、そこで語るも無残な非人道的扱いを受け、1年と経たず亡くなっていたのだ。しかも遺体は埋葬されることもなく、証拠隠滅の為に遺骨の欠片も残さず処分されていた。

 つまり、マスカノヴィッチはジャルダーノを裏切っていたということだ。しかも、ジャルダーノをそのまま殺し屋として働かせ続ける為、嘘までついて。


 最初、ジャルダーノは怒りを抑えて十二使徒の裁定者にマスカノヴィッチの問題を申し出たのだが、あろうことか彼らはジャルダーノの訴えを握り潰した。他ならぬマスカノヴィッチ自身が十二使徒の一人だからだ。

 怒り狂ったジャルダーノはルスカ・チョルヌイに反旗を翻し、マスカノヴィッチごと組織を壊滅した。邪魔する者は皆、殺したのは言うまでもない。

 死の間際、何故、ナタリアを地獄に突き落とすような真似をしたのかと問われたマスカノヴィッチは、笑いながらこう答えた。


「お前は……闇の男(ブギーマン)の名を…………継いだんだ………………。闇の男(ブギーマン)は、完璧でなくちゃ、いけねえ……。お前……の、妹は…………お前に残った、最後の甘さだ………………。その甘さ、さえ、な……なくなれば……お前は、か、か、か、完璧な、世界一の、殺し屋、に………………ッ」


 彼が最後まで言う前に、ジャルダーノは突き付けた銃の引鉄を引き、マスカノヴィッチの人生を終わらせる。かつては師と仰いだその男を、自らの手で。


 マスカノヴィッチは十二使徒の1人である。彼を殺すということは、つまり十二使徒を敵に回すということ。それは裏の世界全てを敵に回すことも同義である。

 だが、ジャルダーノはそれでも構わなかった。自分が生きる唯一の意味だった妹は無残に殺され、その復讐も終えたジャルダーノには、大切なものはもう何も残っていない。あるのは殺し屋の仕事に明け暮れて血に染まった己の命ひとつだけ。

 今更命を惜しむでもないが、しかしタダでこの命をくれてやるつもりもない。ジャルダーノから裏切ったのではない、マスカノヴィッチから、十二使徒の方から自分のことを裏切ってきたのだから。


 裏の世界で首に懸賞金をかけられ、世界中の殺し屋から狙われることになったジャルダーノだったが、その全てを退け遂には十二使徒のトップ、司祭を倒すに至った。

 ただ、相手はジャルダーノの2代前の闇の男(ブギーマン)。当然無事で済む筈もなく、相打ちという形でジャルダーノも息を引き取った。


 が、そこで全てが終わらないのが人生の妙。

 何と、ジャルダーノは神の力によって異世界に転生することとなったのだ。

 あれだけいないと思っていた神が、ジャルダーノのような殺し屋を蘇らせるというのは、何の皮肉だろうか。

 だが、聞くところによると、ジャルダーノの魂を天界に呼んだ神は地球の神ではなく、別世界の神なのだという。そしてジャルダーノも地球ではなく、その神が管理する別世界で蘇るのだそうだ。

 ちなみに、先に亡くなった妹の魂はすでに輪廻の輪というものに返っており、次の転生を待っているとのこと。前世では悪行を成すこともなく、それなのに辛く苦しい最期を迎えることになったので、次の転生先もまた人間、それも前世よりは良い環境で生まれるだろう、とのことである。ジャルダーノとしては、妹の魂の安息、そして次の人生の幸運を願うのみだ。

 正直、もう妹もおらず、やるべき使命もなく、全く馴染みもない別世界で生きるというのはジャルダーノにとって疑問なのだが、神にはこう諭された。


「生前、君は安住の地もなく闘争に明け暮れた。今度こそは安住の地を求めてもいいんじゃないか?」


 と。

 確かに、ジャルダーノの人生に安住や安息といった概念はなかった。幼くして平穏を失い、血生臭い闘争の渦中で生き抜いてきた人生。その人生が終わる時ですら闘争の中。神の言うように、ジャルダーノは心安らぐ時を知らない。

 安住の地を得て、穏やかに暮らす。だが、どうすればそんなことが出来るのだろう。ジャルダーノは殺し屋としての生き方しか知らない。他の人間のように、真っ当な仕事を得て粛々と生きることなど出来るとは思えなかった。


 だが、そんなジャルダーノの不安もやはり神は見通しているらしく、


「なら、己が身に付けた技術を活かせる仕事をしたらどうだい? 勿論、殺し屋をしろというのではない。国に仕える隠密であったり、武術を教える師範であったり、他にも色々とあるとは思うのだけどね。そういうことに興味はないのかい」


 と、そう提案されたのだ。


 そんなことは考えもしなかった。この、裏の世界で身に付け、磨き上げた数々の技術が良い意味で人の役に立つなどとは露ほどにも思わなかった。

 裏の世界で生き、どっぷりと闇に浸かってきた自分に、もう取れないほどに血で汚れた自分にそんな生き方が出来るのだろうか。良きことの為に働くという、そんな生き方が。

 疑問はあるし、不安もある。だが、どんな世界で生きるにしろ挑戦は必要だ。挑戦して、勝ち取ったもので己の人生が構築されるのだから。

 誰もジャルダーノのことを知らない新しい世界で、新しい人生を生きる。新しい挑戦を始めるのにはおあつらえ向きだ。


 考えた末、ジャルダーノは神の提案を飲み、アーレスなる異世界で生きることを決めた。

 どんな仕事をして生きるかはまだ決めていないが、ひとつだけ決めていることがある。

 それは、次に誰かの下で働くことになったその時は、悪人ではなく善人に、少なくとも常識人を雇い主に選ぼう、ということだ。前世の時は世界有数の悪党をボスにしてしまったばかりに裏の世界で生きることになり、妹の人生まで無残に散らすことになってしまった。悪人を自分の雇い主にする、それだけは避けなければならない。これは前世からの大きな学びだ。まあ、命を失って得た学びというところが皮肉といえば皮肉なのだが。


 神の力によって転生する瞬間、ジャルダーノは次の人生ではせめて人の役に立つ生き方をしようと、そう決意を固めた。

※西村西からのお願い※


ここまで読んでいただいてありがとうございます。

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