093 第三戦 対メフェル
三戦目となる試合の対戦表が配られた。
兄妹の相手はメフェル、アーリーという名の二人で、出身はアウストラリスで登録されていた。
試合場で対面してみると先の二戦と比べて大分カジュアルな様相だ。
戦うのはメフェルという青年魔術師。メンターのアーリーは、彼の相棒と思しき女性魔術師だ。
ポルックスの選手と異なる爽やかな容姿で、簡素ながら年季を思わせるローブを身に纏っている。
「お? 冒険者か? 王都ってことは、見かけたりしてる奴かな?」
「わかんない」
出身がアウストラリス、さらには冒険者らしい風貌ということで、兄妹にはどことなく親近感を覚える。
ライアスがウォームアップをはじめると試合場の向かい側から声が聞こえてきた。
「頑張って! メフェル! 一勝三敗だからね! 相手はシェラタン出身だし、勝てばまだワンチャンあるよ!」
「わかってるよ、アーリー! 変な緊張させるなって!」
その会話内容に兄妹はまたか、と揃ってため息を吐く。
「そんなにだめなの? シェラタンって」
「田舎野郎でしかないんだろうな。まぁ、失うものは何もないってやつだ。そう言い続けるしかねえよ」
言いながら、ライアスは相手の青年魔術師に目を向けた。
「……でも、一勝三敗って言ったか? 随分対戦してるな」
フライアがきょとん、と目を丸くする。
「……ね。午前中だけで四戦も?」
ライアスがこなしたのは二試合だけ。その倍もこなすような時間があっただろうか、と兄妹は揃って小首を傾げる。同時に審判から試合場に入るよう指示があった。
ライアスは肩をぐるぐる回しながら試合場へと足を運び、青年魔術師メフェルと対峙する。初めての対ソーサラー戦だ。
「始め!」
開始の合図を受け、ライアスはすぐに詠唱をはじめる。まず手始めに雷魔法で様子を見ようと決めていた。
ところが詠唱をはじめてすぐ、ひゅうひゅうと風の音が鳴った。
「……む?」
何かとライアスが見れば、メフェルの周囲でつむじ風が巻き起こっている。それは四つの小さな竜巻へと成長し、メフェルの周りをゆっくりと旋回しはじめた。
メフェルが胸元に組んだ両手を大きく左右に広げる。
「ムゥ……ハッ‼ 竜巻!」
すると竜巻が打ち放たれ、ライアスへと迫った。
ライアスは咄嗟に身を翻す。二つの竜巻は避けたものの、途端に後続の二つが襲いかかる。風の刃に切り刻まれた皮膚に無数の傷が現れた。
「いっててててて……!」
一つひとつの威力は小さくとも風魔法は何十何百という刃を作り出す。そして小さな傷口が繋がれば大きな創傷となる。継続的なダメージは侮れない。
ようやく竜巻をやり過ごし、剣を構え直す。同時に相手のメンターが声を上げた。
「いいよ! いいよ! その調子!」
ライアスは首を横に振った。
(まずいまずい、ソーサラー相手ならその詠唱を止める圧をかけるんだったな……と?)
次は詠唱させまいと速攻を決めようとしたが、目の前の光景に愕然とする。メフェルの周りにはもう次の竜巻が浮いていた。
(は、早くね? こんなに早く魔法が撃てるもんか? あぶねっ!)
考察する間もなく竜巻が襲い来る。慌てて飛び退り、試合場のエリア内を走り回る。何度も風の刃を食らうわけにはいかない。
竜巻と追いかけっこをしているうち、メフェルは次の竜巻を起こしはじめた。ライアスはまともに相対するタイミングを得られない。
「ちくしょうっ!」
このまま防戦一方でいるわけにもいかない。ライアスは僅かな隙を狙い、剣を投擲する。
「おらっ! そこだ!」
だが詠唱により巻き起こる風にすくい上げられ、剣はあらぬ方向へと飛んでいってしまった。
相手のメンターが喜々として声を上げる。
「チャーンス! 相手は剣無くしてるわよ‼」
その間にも竜巻が次々と湧いていく。メフェルはそれらの竜巻を今度はすぐに放たず、自身の周囲に留めている。
当然、ライアスは迂闊に近付くことができず、先に放たれている竜巻の対応で雷魔法の詠唱もままならない。
(めんどくせえ奴だな。なんか癖でもあればつけ入る隙はありそうだが……っと!)
作戦を練っている間にも竜巻は襲い来る。スピードが遅いのが救いだが、ゆっくりと追尾され続けて相手を確認するのも難しい。
ライアスはすべての竜巻をやり過ごし、反撃の機会を窺う。しかし竜巻は休むことなく次々と湧いていった。
「いいよ! 『瞬間詠唱』で相手を翻弄してるよ! そのままそのまま!」
相手のメンター、アーリーはよく通る声をしていて、声援が会場全体に響き渡る。メフェルの善戦が周囲にも伝わっていそうだ。試合を見守るフライアは思わず身を縮こまらせた。
ライアスが煩わしそうにアーリーを見やる。
「それにしても後ろがうるせえな……。ってなんだ? 『瞬間詠唱』って」
メフェルはもう竜巻を留めることをせず、次々と放ってきた。幾つもの竜巻が試合場を行き交う。ライアスはフットワークを用いて動き回り、どうにか風の刃を回避していく。
(なんだってんだ? 『瞬間詠唱』って。こいつの特技なのか?)
メフェルの魔法はライアスが把握するそれより遥かに周期が短い。魔法には自身に宿るエレメントに力を発揮させる詠唱が必要だ。普通に考えればこうも次々発動なんてできるわけがない。
──『瞬間詠唱』というやつがそれを可能にしているのか?
絶え間なく風魔法を発動するメフェルを見やる。攻撃速度はもとより、周囲に巻き起こる風のせいで自身の詠唱もままならない。隙が見当たらないのだ。
そこまでを考え、ライアスはふと疑問を抱いた。
(こいつ、そんな能力があっても三敗してるんだよな……?)
メフェルを見れば、苛立った顔でこちらを睨んでいた。
「くっそぉ! 避けてばかりいないで攻めてきてみろよ!」
ライアスはふう、と息を吐く。敵の挑発の通り、いい加減攻撃に移らないと魔法を撃ち続けられるだけだ。
避け続けるうち、竜巻の進路は予測できるようになってきた。ライアスは試合場のエリアを目一杯に使い、端を回り込むように竜巻を躱していく。そして次の竜巻が発生する直前、メフェルの前へと飛び出した。
「そこだっ! 剣がなくたって、拳があるってもんだ!」
「はっ! だめっ!」
メフェルは竜巻の制御に気を取られ、ガードの準備ができていない。アーリーが立ち上がり悲鳴を上げる。
「あぶなーい‼」
フライアは兄の攻勢に気持ちを高ぶらせ、椅子に座ったまま前屈みに乗り出す。両手の拳をグッと握りしめた。
そしてメフェルの懐に入り込み、ライアスが拳を突き上げ──ようとした瞬間。その下半身がふわりと宙に浮く感覚があった。
「な? なっ?」
必死に詠唱するメフェルの顔がライアスの視界に映る。
「……くぅっ!」
その足元に次の竜巻が起こりはじめていた。まだ人を吹き飛ばす威力はないものの、足を取られたライアスは身体のバランスを崩している。
「ぬぅっ! させるか!」
しかしライアスは微かに届いた地面を蹴り、突き出した右拳を左手に合わせ、そのままメフェルの襟ぐりを掴む。
吹き飛ぶくらいなら相手にしがみついてやる──。
「があっ‼ はっ!」
首元を締めつけられたメフェルは詠唱ができない。起こりかけた竜巻は搔き消え、武器も魔法もない近接戦がはじまった。
「そうらっ! お前、ローブの中に例のモン着込んではいねえよなぁ! おらあっ!」
ファイターには願ったりの戦況だ。攻勢に出たライアスの拳がメフェルの脇腹にめり込む。
「ぐあっ、くうっ‼」
こうなれば魔術師は何もできない。一転してライアスの勝勢となった。
一方的な展開となり、フライアは試合を見守りながら審判やアーリーの様子を窺う。スカーフが投げ入れられたとき、兄を止めるのは自分の役目だ。
ところがアーリーが試合を止める気配はない。
「しっかり! 奥の手よ‼」
その言葉にフライアが眉をひそめる。
(奥の手……?)
アーリーの声に反応してか、メフェルは歯を食いしばり、ライアスの両腕に掴みかかった。
「くっ!」
ライアスが装着するセスタスの鉤爪がその手に食い込む。メフェルの手を覆う薄手のグローブに血が滲んだ。
しかしメフェルはその手を離さず、祈りを唱えるように唇を動かしている。異変に気付いたライアスが「むっ?」と目を持ち上げたその時。
「ファイアッ‼」
刹那、ライアスとメフェルの間に獄炎が噴き上がる。
「あーーっちちちちち! なんだ、これ⁉ 腕が熱ぃ!」
突然の衝撃にライアスが飛び退る。腕を見ると真っ黒に焼け焦げていた。炎魔法を直接腕に放たれたのだ。ライアスは痛みに呻き、片膝をつく。優勢だったのに、一瞬の隙に炎を浴びせられてしまった。
だが反撃に成功したメフェルも顔を歪ませ、荒々しい呼吸に肩を上下させている。打撃が効いているようだった。
「はあっ、はあっ……!」
苦しげなメフェルの様子を見て、ライアスは黒焦げの両腕を持ち上げる。
「ぐぐぐ……くっそ!」
そして熱傷の痛みに耐えながら、一か八か、再度メフェルに飛びかかった。
「メフェル‼」
アーリーが声を張り上げた。
「……っ‼ セルフバーニン……!」
メフェルが力を振り絞り、再び炎魔法を発動させる。しかし広がりかけた炎の膜を、疾走するライアスの身体が突き抜けた。ライアスは左腕を持ち上げ、セスタスの鉤爪ごとメフェルの腹へと叩き入れる。ドム、と重くて鈍い音が響いた。
時が止まったかのような一瞬の静寂。
メフェルは試合場のエリア端──アーリーの目の前まで吹き飛び、そのまま力なく倒れ込んだ。
「メフェル……‼」
アーリーが悲鳴にも似た声を上げる。
だが試合はまだ止められていない。ライアスは炎で熱くなった顔を持ち上げ、地面に倒れ伏したメフェルへと飛びかかる──。
その眼前に、白いスカーフがひらひらと舞い落ちる。
投げたのは、アーリーだった。




