092 装甲の穴を突け
昼休憩も過ぎ、午後の部がまもなくはじまる。
次の試合が開始されるまで、兄妹は揃って呼吸法と気功術を反復していた。ラム・ガルムで教わった療法の一種で、リラックス効果がある。
忙しない午前の戦いから、兄妹は落ち着きを取り戻していた。
調査目的を一つ果たせたせいか、嫌な相手との試合を乗り越えたせいか、次は誰が相手でも問題ないような気がする。
兄妹は待機スペースの仕切り板を開き、会場の様子を伺う。午前中と比べて選手の数がどうも少ない。フェイタムの様子を窺ったこともあり兄妹は戻るタイミングも遅かったが、会場は少し閑散としている。
兄妹は顔を見合わせる。冷静に考えれば当然のことだった。
「そっか。俺があいつにやったことを他の奴もやってたらそりゃどんどん選手は減っていくよな」
フェイタム戦では関節痛を与えても試合をすぐには止められなかった。審判すらメンターに判断を求めるのだ。そうしたルールなら、負傷により脱落していく選手は他にもいるだろう。
「……それで、いいの?」
フライアが不安になりながら言う。ライアスは肩をすくめた。
「仕方ないんじゃないか? 審判もあれだけ関節をイカれた方向に捻じ曲げても黙って戦況を見てたんだぜ? 顔じゃダメって表情しながらさぁ」
「……わかんないね、もう」
試験が始まる前、ウェイはフライアに、兄の命を預かったも同然だと言っていた。少し大げさだとも思ったが、メンターが止めようとしなければ試合が止められない仕組みだったことを目の当たりにしてその意味がわかった。
フライアはしゅん、と床を見つめる。ところが何かに気付いたようにパッと顔を上げると、考え込むように指を顎へと当てた。
ライアスは話し続けていたが、ふと妹に反応がないことに気が付いた。会場を見たり足元を見たりと、フライアには珍しく考え耽っているようだった。
「どうした?」
ライアスが尋ねると、フライアはハッとして兄の顔を見つめた。
「ん? ……うん。そういえば、みんな兜つけてないねって」
「え?」
ライアスはきょとん、とフライアの顔を見つめる。妹は得意げな表情を浮かべていた。ライアスは黙って説明の続きを待つことにした。
こういうときは大抵うぬぼれているだけで大した話ではないのだが……。
「顔には攻撃が来ないって、わかってるから、よね?」
フライアは人差し指を立てて言った。ライアスは首をひねる。
「そう、かな。もっとも俺は視界が遮られるのが嫌だから着けてないだけだけど。えっと……でも、それはなんだ? ヴェーリングアーマーのことか?」
フライアは頷いた。
「みんな、攻撃はアーマーに当てなきゃいけない。ルールがそうしてるの。だからウェイさん、勝てないの」
……言葉足らずだが、フライアなりに言い切ったようだ。その表情が自信に満ちている。
ライアスは顎に手をやり、言葉の意図を明確にする。
「つまり……狙って顔を叩くのがダメで、必然的にヴェーリングアーマーを叩くようなルールが設定されて、ちょっとやそっとじゃ平気で回復できる、と。必然的にそのアーマーを着けたほうが有利になるわけだ」
言いながらうーむ、と腕組みをする。ふと、支給されているブロンズソードに目を向けた。
「しかも公式の武器は公式からの支給品で切れ味も鋭くない。ますますもってアーマーの有り無しが大きくなると。で……そんな中で俺があいつの関節を外してやったのはその穴を突いた勝ち方だったわけか」
フライアがまた頷く。
「うん。あと雷も」
その言葉にライアスは「えっ?」と顔を上げる。
「あの人、ずっと無防備。頭に当たること、考えてなかったの」
妹の推察にライアスはほう、と唸る。今回ばかりは大事な話、なのかもしれない。ライアスは改めてその推察を整理する。
雷属性のエレメントは敵の装甲を無視してダメージを与えたり、物や人を磁力で吸引できることが特長だ。その一方、対象を狙って攻撃するのが難しいという欠点がある。どこに当てられるか術者が選べないのだ。
だが、結果としてライアスの雷魔法はフェイタムの頭部にも何度か直撃した。そして審判はそれを反則とみなさなかった。
「つまり意図せずに頭とか顔にかかるダメージは有効なのか。それであいつらもそのルールに乗っかってるからガードとか受け身の仕方もあんまり得意じゃない、と!」
ライアスがぽん、と拳を叩く。フライアが大きく頷いてみせた。
ライアスは「それをちゃんと言えよ」と軽口を叩きながら妹の額を小突く。フライアは照れるように微笑んだ。今後の戦いの突破口にもなるし、調査の進展とも言える発見だ。
だが、疑問は残る。
「でも、それをあのヴィクターさんが見過ごしてるってことか? アーマーがあるかないかで決まるようなルールにしてて、それでウェイさんを応援してるってどういうことだ?」
ライアスがそう疑問を溢し、フライアも「うーん」と唸った。
ヴィクターも運営側に回ったという話だ。これを正すようにしていくことも役目ではないのだろうか。
「……やっぱり、どうにかしてヴィクターさんともう一回話したいな」
「うん」
そう確認し合ったところで会場にアナウンスが流れた。午後の試合がはじまるようだ。
ライアスはすっきりした様子で、意気揚々と立ち上がる。
「よーし、次いくか。今の話、この対戦の後にまた確認させてくれな」




