090 第二戦 対フェイタム
審判に手渡された対戦表により、嫌味たらしい男の素性が分かった。
相手はポルックスという団体の選手で名をフェイタムというらしい。
ポルックスといえば、ウェイが懇意にしていた刀剣使いの道場カロム・モルを買収した施設団だ。
ヴィクターがそう言っていたことを兄妹でこっそり確認し合った。
試合場に立つや否や、フェイタムはまたも冷やかしを浴びせてきた。
「ようっ! さっきは惜しかったですね! あと一歩! ラム・ガルムにしては素晴らしいほどの善戦でしたね!」
その表情には薄い笑みが纏っている。
ライアスはその冷やかしに無表情で応じた。
「俺はそんなふうに思ってない」
フェイタムは目を見開き、嫌味たらしく首を傾げた。
「あれ~? つれないですねえ? 褒めているんですよ、僕は?」
「……どうでもいいことだ」
淡々と返しながら、ライアスはむらむらとした憤りを覚えていた。開始の合図がかかる前に抜剣し、相手に向けて構える。
「……ふん。目が醒めたみたいだけど、遅すぎだよ」
フェイタムは冷笑交じりに言った。ライアスが真顔のまま応じる。
「そうだな。お前相手に間に合ったのはよかったかもな」
それをフェイタムが「はっ」と笑い飛ばす。
「本気で勝てるとでも思ってんの? お前なんて〇勝四敗くらいで、大会運営に土下座してオナサケで資格取るのがお似合いだ!」
もはや悪態を隠そうともしない。
「選手、黙りなさい!」
審判が忠告した。舌戦を展開する二人に呆れた様子だ。
フェイタムはふんと鼻息を吐き、剣を構えた。ライアスは黙ったまま剣を構え直し、相手に対峙する。
両者の確認を終え、審判が開始の合図を発する──。
「始め!」
開始早々、ライアスは右腕を振りかぶった。フェイタムはといえば、始まってもしたり顔でまだ余裕の表情だ。
「ふふん、かかってこれるなら、先輩から受けたこの……っ⁉」
無視して、ライアスは中距離から剣を投擲した。ガギン、と重い金属音が鳴り響く。どうにか盾で防いだものの、フェイタムは仰天した顔で目を見開いた。
「くっ! 不意打ちとは汚ねえじゃねえか!」
そんな罵りをライアスはもちろん相手にしない。
「何が不意打ちだって? おらっ! 超電磁!」
「わ! ああ!」
フェイタムが弾いたと思っていたライアスの剣。
その盾には投擲した剣がそのまま張り付いている。雷のエレメントにより剣に磁力が付加されていたのだ。
ライアスは盾とそれを持つフェイタムもろとも、強力な磁力で剣を引き寄せる。なぜ引きつけられたのかさえ分からぬまま、フェイタムはよろけながらすっかり狼狽える。
「それを背中に当てて……そうらっ!」
ライアスは身を翻し、引き寄せられたフェイタムに肩、背中と身体を当てる。引きずられ体勢を崩したフェイタムが背負われ、その全身がふわりと浮き上がった。そのまま地面に叩きつけられ、ぐえっと悲鳴が上げる。
(そこ、そこ、いけっ!)
思わずフライアが拳に力を込める。
それに呼応するようにライアスがラッシュ攻撃を仕掛ける。剣を手に取り、尻もちをついたままのフェイタムに襲い掛かった。
「わ! わあっ‼」
どうにか盾で防ぎ続けるフェイタムだが、強打が今にも直撃しそうだ。
するとフェイタム側のメンターが何やら審判にアピールをした。
「顔面! 顔面っ‼」
それを受け、審判が「待て!」と試合を制止する。
しかしライアスは我関せずの勢いでフェイタムに滅多打ちを食らわせる。フェイタムは盾を抱えたまま床に倒れ伏し、上半身を仰け反らせている。
「え? ……待って! 止まって!」
堪らずフライアが声を張り上げ、ようやくライアスは動きを止めた。
「ん? ん、なんだ?」
きょとんとするライアスに、試合場の中央に戻るようにと審判が促し、さらに忠告をした。
「今のは不問とするが、意図して首より上を集中的に狙うのは公式戦では反則となる。この後も意図して行ったとみなした時はその時点で反則負けとする。これは警告だ」
どうやらダウン中のフェイタムへの攻撃が反則と取られたらしい。審判は頭部を目掛けた攻撃がなされたことを指摘していた。
一方兄妹はそれを把握できずにいた。密着した戦いだったためフライアは上手く視認ができず、ライアスは攻撃に夢中だったため記憶がおぼろげだ。
(なんだよ……。簡単に転げた奴にラッシュかましただけじゃねえかよ)
本来なら絶好のチャンスだったのだ。上手く技を繋げて不意を突けた動きだったのにと、ライアスは歯噛みする。
結局最初の立ち位置からやり直された。
「ちっ、不意打ちかましたと思ったら反則じみた事やりやがって!」
ライアスは憮然とし続けるが、フェイタムは狼狽しつつも憎々しげに言葉を吐き捨てた。
試合場の中央に戻った二人が改めて剣を構える。審判が両者の状態を確認し、再び開始の合図をした。
「始め!」
フェイタムはギラリと睨みを利かせ、何やら詠唱をはじめる。
「こっちは負けられねえんだよ! 遊びじゃねえっ……‼」
そうした恨み言を挟み、詠唱を再開した刹那、その頭部を落雷が襲う。ライアスが無表情のまま雷魔法を済ませたのだ。
「がぁっ! だからっ!」
再び不意打ちを食ったフェイタムは涙目で訴えかける。
ライアスはもはや言葉を交わすつもりがない。そもそも無駄に口を挟む方が悪いのだ。牽制のつもりで放った雷魔法が直撃し、無防備な状態のフェイタムに再び剣を投げつける。今度は盾で防がれることなく胴体にヒットした。
(さあ、見せてもらおうじゃねえか。ヴェーリングアーマーとはどんなもんか……!)
ライアスはすぐさま剣を引き戻して手に取り、そのまま一気に間合いを詰める。未だ体勢が整わないフェイタムに肩をぶつけ、盾を搔い潜るように剣を突き入れた。
堪らずよろけるフェイタムに、間髪を入れず剣撃を叩き込む。電衝撃──雷のエレメントを付加した剣撃だ。
(いつも通りに戻ってる)
猛撃を加える兄の姿にフライアが呟く。先の試合とは比較にならない戦いぶりだ。
ライアスは理論より先に本能的な閃きから攻撃を繋げる。いわば型に嵌らない立ち回りであり、それが自然な闘い方だ。ラム・ガルムでは黙々とウェイの教えを受けていたが、野性味ある我流の剣術だからこそ、道場の型には馴染めずにいたかもしれない。
(……急に技をたくさん覚えて、混乱してた)
そうしてフライアが回顧できるほどライアスの戦いぶりには余裕があった。一方的な攻撃でフェイタムを追い詰めている。ライアスの消耗も激しいだろうが、フェイタムはそれ以上に苦しそうだ。怒涛の攻撃に防御が間に合わなくなってきている。
(あとは、ヴェーリングアーマーね)
フライアはチラリと視線を移し、フェイタムが身に纏う鎧を見る。もしあれがヴェーリングアーマーなら、その正体を知るチャンスだ。
ライアスは苛烈に戦うあまり調査のことが頭から抜け落ちている。そんな兄に変わり、フライアは戦況を見守りながらフェイタムの状態を確認する。防戦一方で呼吸は荒く、ライアスの攻撃によるダメージもありそうだ。
だが、先刻の警告がある。
フェイタムは猛撃を逃れようと距離を取り、ときには身を床に伏せている。
ライアスも倒れた相手には迂闊に手を出せない。試合が再開すればライアスはすぐさま容赦ない攻撃を加えるが、フェイタムはダメージを受ける度に身を伏せやり過ごしている。
露骨な時間稼ぎに見えてきて、フライアがジッと戦況を見守った。
(あれが、アーマーの効果?)
立ち上がったフェイタムが生気を取り戻しているのを、フライアは見逃さなかった。ふと、ウェイが語った体験を思い出す。
――随分と長く治療を受けていたが、その後になったら何事もなかったかのように復帰してきたよ。
フライアはハッと息を呑んだ。
(あの人、お兄ちゃんが止まるのを待ってる!)
このまま戦いを続けるのはきっと不利だ。
けれどフライアは試合の止め方を知らないし、場外から忠告するにも攻撃に夢中のライアスには届かない。メンターとしても、降参以外の仲介は原則許されない。
どうしよう、とフライアは焦り、どうにもできないまま地団駄を踏む。
だが、しばらくして、当のライアスも徐々に違和感に気付きはじめた。
「ぜえ、ぜえ……。おい、何回ダウンさせるつもりだ?」
フェイタムがまたも床に伏せ、痺れを切らしたライアスが口を開く。もう十数回は同じことを繰り返している。
「いい加減勝負が決まってもいいんじゃないのか? なあ、審判! もうボコボコにしてやったぞ?」
いくら攻撃を加えても試合が終わる気配がない。ルールによってはとっくに決着しているはずだ。
訴えを受けた審判だが、一瞬苦悶の表情を見せてからライアスに言い返した。
「……勝ち負けだけで採点は付けません。試技を続けなさい!」
それだけを伝え、逆にフェイタムには「早く立ち上がりなさい!」と促した。
その様子に、ライアスも「くそっ」と後ろで見守る妹と向き合った。
……このままでは、自分の身が持たない。もう肩を揺らすほどに息切れをしている。
勝負だけでは評価しないとはいえ、今から負けを認めて終わらせるのはあまりに悔しい。
兄妹ともここからどうすればよいのか、見当がつかなかった。
そうしてしばらく見つめ合った後、急にフライアが「危ない!」と驚く様子を見せた。
「……あっ!」
「ぐぅうううあぁぁぁぁ‼」
振り向くと、いつの間にかフェイタムが立ち上がり剣を構え突進してきていた。ライアスは妹の一喝で我に返り咄嗟に身を翻す。
「あぶねっ‼」
間一髪で突進をかわした。フェイタムは奇声を発しながら勢いそのままに駆け抜けていく。
「あっ! お前っ!」
思わずライアスが叫ぶ。フェイタムは試合場を飛び出しフライアの間近にまで迫っていた。
「……っ! ひやぁっ! だっ!」
フライアは慌てふためき椅子ごと後ろに倒れ込んでしまう。
「止まれ! エリアに戻りなさい!」
審判が声を荒げて警告する。当然ながらメンターへの攻撃は反則だ。異様な試合展開に審判も困惑した様子だ。
倒れ込んだフライアの前で息を上げながら振り返るフェイタムだが、まだ戦う様子でライアスに対して剣を構えた。
「てめえ……! クソみてえな技ばかり繰り返しやがって!」
その目が血走っている。ライアスはやれやれと肩をすくめた。
「そりゃこっちの台詞だ。どんだけ泥試合にするつもりだ? ……あ?」
応じながら、フェイタムの後ろにいるフライアの仕草に気が付いた。何やら必死にジェスチャーしながら口をパクパクと動かしている。
妹の呼びかけを読み解こうとライアスがその動きを注視する。
(なに? 胸? 身体)
フライアは自身の身体を指差し、「あーまー」と口を動かしている。
(……ああ、ヴェーリングアーマーか!)
さらに怪我人が回復するようなジェスチャーを行いつつ「かいふく」と口を動かした。
(……で、口で、かい、かい、ふく? 回復しちゃう?……! そういうことか!)
ライアスはハッとする。何度ダメージを与えても立ち上がるのは、フェイタムがヴェーリングアーマーを装備しているからだ。
──光のエレメントによる回復仕込みのアーマー。
ウェイの情報から想像した性能に間違いはないようだ。おそらくは時間の経過と共に回復が施される。その証拠に、フェイタムは今もまた活力を取り戻している。
「はあ、はあ……無駄な抵抗だったな!」
ニヤリと笑い、ライアスに向けて剣を構え直す。
「この脳筋田舎野郎が! 死ねえ! ……がっ!」
そうして吼え猛るフェイタムだが、その頭を再び落雷が襲った。
雷魔法を放ったライアスだが、息が上がる。自身の魔力の枯渇が見えてきていた。
(ったく、どこを狙えばいいんだ? あんまり俺ももう長く持たねえし、とっとと仕留めねえと……)
学習せずに雷を食らうフェイタムに呆れながらも、頭を悩ます。これではいくら攻撃を食らわせても決着がつかない。
「くぅ! いい加減にしろってんだ! この! エアースラッシュ!」
顔を真っ赤にしたフェイタムが剣を振りかざし、初めての横文字技を口にした。
ライアスを目掛け風の刃が飛んでくる。捻りもない単純技をフットワークで避けるとフェイタムが猛然と駆け寄ってきた。追撃を加えるつもりだ。
その刹那、ライアスはギラリと目を光らせる。
(っ! ここだ! 刀剣返し!)
ウェイから伝授された護身術──。
フェイタムが振り下ろす剣に合わせ、左腕に巻いたセスタスの鉤爪を掛ける。剣先を引き込むように腕を引くと、体勢を崩したフェイタムの全身がそのままなだれ込んできた。
「ここだっ!」
空いた右腕を相手の首元へと振り下ろす。ハンマーで叩きつけられるように、フェイタムは顔を地面に打ちつけた。
「こっからヴェーリングアーマーを使わせないなら……こうするか⁉」
追撃には絶好のかたち。ライアスは立ち上がろうと手をつくフェイタムを踏みつけ、強引に動きを留める。そのまま背に飛び乗って両腕を吊り上げた。
フェイタムの身体がえび反り状態となり、その姿勢で硬直する。
「うわあああああぁぁぁぁ!!」
フェイタムが猛然と悲鳴を上げた。
「むうううあぁぁぁ!!」
だがライアスはさらに力を込める。
「あ、あ、ああぁ……」
残酷な光景にフライアも思わず声を漏らした。
審判も眉をひそめ、フェイタムのメンターを見やる。しかし未だ試合を止める様子はない。
「なっ、なっ? メ、メンター!」
「え、ええぇ……、ちょ、ちょっと……」
異常な光景なのは誰もがわかっている。なのに、誰も止めてくれず、ライアスは勢いのまま続けた。
「ぬううぅぅぅぅ‼️」
「あああああぁぁぁぁっ‼ ぐああっ‼‼」
「ああ……、あぁあ……!」
まだ負けを認めないのか! と言わんばかりに、ライアスが最後の力を振り絞る。
「ぬぎいいいぃぃぃ‼️」
「ああっ‼ あっ! あああああああああぁぁぁぁぁあ‼‼」
「っ! や、やめ! そこまで!」
悲鳴に耐えかねたのか、ついに審判が声を上げた。
ライアスの手がようやく緩み、フェイタムは両腕をバタリ、と地面に叩きつけた。
それから小さく息を吐き、フライアに視線を送る。
息を詰めるように制止していたフライアは、ホーッと長いため息を吐いた。




