089 反省会
待機スペースに戻り、フライアが傷を負ったライアスの手当てをはじめた。
幸先の悪いスタートに兄妹は揃って憮然としている。
「なんか、情けない試合だったな。ヴェーリングアーマーの調査も兼ねてって、エレメントがわかってなかったって話じゃねえか」
ライアスがため息交じりに言った。
「土属性、ね。予想外れちゃった……」
治療の手は止めずに、フライアも元気なく呟く。
これまでもエレメントを扱い、またその力に脅かされながら戦ってきた兄妹だが、土のエレメントについてはほとんど知見がない。
「土属性の中にもそんな効果のやつがあったんだな。『ダイヤコーティング』って言ったか? 鎧がキラキラと光って、雷のカウンターだって言ってたな」
「うん。それで時々消えてた」
雷魔法の効果が打ち消されていたことに今更だが気付かされた。
「効果が切れてたわけか。あぁ……、言われてみれば何度も間合いを取ってたからその時にかけ直してたのか」
ライアスは戦いを振り返り、やれやれと手を頭の後ろにやる。
要するにデボルトは土のエレメントの力でライアスの攻撃をあしらっていたのだ。互いに牽制し合っている間に『ダイヤコーディング』という防御魔法をかけていて、しかもライアスはことごとく挑発に乗ってしまった。
「たぶん、そう。ずっと同じ戦い方だったから」
フライアが呟き、ライアスはため息を吐く。相手のタイミングに合わせて攻撃していたとなれば、攻め方としては最悪だ。
「相手の思うままに戦ってたわけか。そりゃ負けるよな。んー……そういう相手と会ってこなかったから全然気づかなかったな」
ライアスには土のエレメントを扱う人物が思い当たらない。フライアが頷く。
「うん、いなかったかも。バランホルン先生くらい」
その名前にライアスは首を傾げた。
「……? 誰だっけ? 先生って」
フライアは、そっか、と肩を落とす。バランホルンは魔法の都アルニラムで知り合った人物だが、それも随分前のことだ。記憶に難のある兄が覚えているはずもない。
とはいえ説明すると長くなる。
「……それはまた、あとでにしない?」
そう言って手当てを終えた兄の肩をぽんと叩く。
「動き、硬くなかった?」
ライアスは自分を指差し「俺?」と首をひねる。フライアはうんと頷いた。
「ウェイさんの時より悪かった。技も、使わないし」
そう指摘されて改めて先程の戦いを振り返る。ライアスは「ああ……」と唸った。
「あれな。正直、ずっと忘れてた。覚えてる技だけで戦ってた。それに、大剣相手に刀剣返しはまだ難しそうだな」
忘れていたのもそうだが、あの重量感ある剣撃をいなせるとも思えない。なにせまだ実戦では試したこともない技だ。
しかしフライアは追及を緩めない。
「それもあったし」
言いながら仕込み刃入りの腕輪を指差す。
「あぁ、これもな。ほんとはけっこう窮地の中で役立った奴なのに時折忘れちまうんだよな」
「いつも奇襲してたのに」
フライアは不可解そうに言った。兄妹はこれまで数多の戦いを奇襲戦法で乗り越えてきた。
ライアスは考え込むように腕を組む。
「……そうだな。さっきは完全に相手のペースのままで戦ってた」
「お兄ちゃんが止まってたの、珍しかった」
度重なる指摘を受け、ライアスはうっ、と言葉を詰まらせる。
これまでフライアは突き進んで止まらない兄を心配してきたが、今回ばかりは逆だ。
ライアスは「うーん」と床を見つめて考え込み、やがて口を開く。
「……お前がいなかったから、かな。いつもは止めに入るフライアがいてくれるってわかってたから攻めに専念できた」
そこまでを言い、どうやらかなり気が動転していたらしいことに気が付く。
ウェイとの戦いでも感じたが、妹のいない戦いというのはひどく心許ない。
すると淡々と自省するライアスをフライアがまっすぐに見つめた。
「鎧、外せる?」
「……え? 今、ここで?」
「うん」
闘技会場の中で、しかも心もとない仕切り板しかないというのに。
おもむろにそう言われ、ライアスは戸惑いながらも妹の手を借りて鎧を外した。
すると、背後に回ったフライアがその身軽になった肩を揉みはじめる。
「お、あ……、ありがとな。……む? ん?」
初めは心地よい力加減だったが、フライアの指の力は次第に強まっていく。
「思い出して。ウェイさんと稽古してたこと」
グイグイ指圧をしながらそう言う。
「あ、ああ」
その力加減に戸惑いつつ振り返るライアスに、フライアは耳元で囁く。
「私、近くにいるよ。何かあったら、止めるから」
指の力に同調させるかのような力強い口調。ライアスは半ば反射的に頷いていた。
「ああ……。だよな。今も止めてくれたんだ」
マッサージを通じてライアスは妹の想いを受け取る。例え一緒には戦えなくとも、フライアは変わらず自分を支えてくれる。
──落ち着いて戦えば大丈夫だ。
マッサージを受けながら、ライアスは道場で学んだ技を思い起こす。腕を動かし、身体に教え込ませた動きを再確認した。
「うーん……」
だが、まだ兄の動きがどこかぎこちない。
それを見たフライアは闘技用の剣を手に取る。兄の動きに合わせてその剣を突き出した。
「ウェイさん、稽古の時こう教えてた」
兄妹は揃って、ラム・ガルムでの修練の日々を振り返る。
「……そう、そうだ。それで相手がまっすぐきた時は剣で払って、刀剣返しは……」
ライアスは一つひとつ動きを確認していく。その記憶はあやふやだが、フライアからすればそうした兄の性質には慣れたものだ。記憶が苦手なら、自分が補ってあげればいい。その方法を誰よりも熟知しているのだから。
兄妹は力を合わせて技の振り返りを行い、そして反復する。
次の試合は間もなく開始されようとしていた。修行のおさらいに夢中だった兄妹は慌てながら外していた鎧を着け直す。
「それじゃ、行くか」
ライアスは立ち上がり小さく息を吐いた。フライアも頷き、兄妹揃って次の試合場へと向かう。
だが、そのときふと、フライアが怪訝な声を発した。
「ねえ、あれ」
「……ん?」
視線の先を見ると、見覚えのある二人組がいた。
「あー、あいつらか。次は」
ライアスはやれやれ、というふうに言った。
同じ試合場に移動してきたのは、試験開始前に冷やかしをしてきた男たちだった。あちらも気付いたらしく、厭らしいにやけ顔を兄妹に向けている。
「……頑張ってね」
フライアがむっつりと呟く。
「お、そう言ってくれるってことは暴れていいってことだな」
ライアスはおもむろに肩を回しながら言った。
その様子にフライアは苦笑しながら、うんと頷く。ライアスは「よし」と同調した。
「だいぶ調子も戻ってきたし、やってみるか」
敵を見れば片手剣に盾という装備。先程の大剣と比べればやりやすいはずだ。




