088 第一戦 対デボルト
「両者準備はいいか?」
審判の声掛けと共に張り詰めた空気が漂う。
デボルトが背中の大剣を引き抜き、ガラガラと重い音を響かせる。対峙するライアスも腰に手をやり、抜剣する。両者が構えると同時にデボルトの背面から「頑張れーっ!」と声援が飛んだ。応じるように彼が口角を上げる。
一方、ライアスの肩越しに見えるフライアは声を上げない。祈るように両手を組み、ただ兄を見守っていた。
「始め!」
試合開始の合図がかかった。しかし両者は微動だにせず、それぞれ剣を構えたまま相手に睨みを利かせている。
その間、ライアスは戦い方を模索していた。相手の大剣は重厚で剣幅が広く、刀身も長い。リーチの差を考えれば中距離で戦うのは不利だ。ライアスは無表情のまま雷魔法の詠唱をはじめる。まずは相手の懐に潜り込む。小回りの利かない大剣相手なら、魔法で牽制しつつ間合いを詰めればいい。
そのときライアスはハッとした。見ればデボルトも同じように詠唱をしている。相手も魔法を使うつもりらしい。となれば、先手必勝──。
勢い、ライアスは詠唱を済ませ、雷のエレメントを帯びた左腕を持ち上げる。しかしその瞬間、デボルトが声を張り上げた。
「ダイヤコーティング!」
技名らしい叫びだがデボルトに攻撃の素振りはなく、構えも無防備だ。ライアスは「む?」と訝しく思うも構わず雷を放つ。迸る雷撃は無防備なデボルトに難なくヒットした。
すぐさまライアスは剣による追撃を加える。今なら雷の効果で麻痺状態にあるはずだ──。
だが、攻撃はいとも簡単に薙ぎ払われた。
大剣に弾き飛ばされたライアスは後退し、驚いたように剣を構え直す。雷が直撃したのに、相手の動きはあまりに身軽だった。観戦しているフライアが目を丸くする。
「……あの鎧は?」
それと同時にライアスも呟く。
「なんなんだ? あの光は」
視線の先、得意げな顔をしたデボルトの鎧が宝石のような光沢を放っている。
ライアスは首をひねった。
「それはつまり……?」
何らかの魔法が付加されたのだろうか。しかしその効果がよく分からない。
「さあ、小手調べばかりしてないでかかってこいよ!」
デボルトに挑発され、ライアスはフッと小さく息を吐いた。
(……やってみるしかねえな)
ライアスは素早く詠唱を行い、剣に雷光を纏わせる。ウェイとの戦いにも用いた技だが、重装甲相手には特に有効だ。雷の特性で貫通力が増し、敵に確かなダメージを与えられる。
ライアスは勢いよく地面を蹴り、デボルトに向かって疾走する。そんなライアスをすくい上げるように大剣がアッパースイングされた。ライアスは深追いせずに十分な距離を取って大剣を躱す。そしてデボルトの攻撃後の硬直モーションを見て、剣を投擲した。
「ふっ!」
投げられた剣がデボルトの身体を弾く。リーチの差を逆手に取った戦術が上手くいった。
雷の磁力を使いすぐさま剣を手元へと引き寄せる。しかしデボルトは動じることなくライアスを振り返り、おもむろに大剣を構え直した。
(……効いてないのか?)
投擲がヒットしたにも関わらずデボルトは平然としている。攻撃が浅かったのだろうか。
勢い、ライアスは斬り込む。デボルトが受けて立ち、斬り合いとなった。剣撃の音が高らかに鳴り響く。
剣を交えながら、ライアスは徐々に後退していった。身軽さでは勝るもののデボルトの大剣は一撃が重い。その攻撃をどうにかいなしながら、隙を見て剣を突き入れていく。
デボルトの剣さばきはかなりのものだがウェイのような速さはない。これなら当たる──。
「くらえっ! 電衝撃!」
バチバチと空気を裂く音と共に、稲妻の光を帯びた刀身を叩き込む。その白刃がデボルトの腕を捉えた。しかし同時に大剣の腹に打たれライアスの身体が吹き飛んだ。
「ぐうっ……!」
地面に打ちつけられながらもライアスはすぐさま身体を起こす。相打ちは覚悟のうえだ。雷撃を食らわせたデボルトを見やる。
しかし彼は軽く腕をさすっただけでこともなげに大剣を構え直した。ライアスは首をひねって息を吐く。いまいち手応えを感じない──。
「さあっ! どうしたっ! もう一回やってこいよ!」
再びかかったデボルトの挑発にキッ、とライアスが目を細めた。
剣を構え直し、今度は斬り合いがはじまった。
様子を見ていた両者が打って変わり、今度は攻めに出る。
「ダイヤコーティング!」
「電衝撃!」
「甘いっ! ハードストライク!」
「……っ! このっ! ライトニングボルト!」
「ストーンブレイク!」
攻撃の合間に互いのエレメントもぶつかり合う。
これぞ闘技、と対面では歓声が大いに沸く一方、同じく見守るフライアの顔は徐々に険しくなっていく。
(大丈夫? まだ一戦目なのに、あんなに頑張っちゃったら……)
体力の差か、重い大剣を振り回すデボルトに比べライアスの手数はみるみる衰えていく。
フライアは唇をきゅっと噛んだ。兄が回復を求めていることが分かる。表情にこそ出さないが、ライアスの息は既に上がっていた。
ウェイの時と同じだ。相手を崩す一手がどうしても打ち出せない。
そして、またしてや剣の重量差に敵わず弾き飛ばされた。
「ぐぐぐぐ……」
苦しそうに呻くライアス。その姿を見て、デボルトがニッと白い歯を見せる。ライアスとは対照的にまだ余裕がありそうだ。
「おい、さっきから同じ技しか聞いてないぜ。どこの剣の流派だって?」
「くうっ……!」
ライアスが悔しそうに歯を食いしばる。流派なんてない。ウェイと会うまで人から教わる機会もなかった。剣も、エレメントの使い方も、モンスターと戦って得た経験以上に持っていない。
それでも、よろけながらまた立ち上がった。
「ようし! 行くぜ!」
デボルトがおもむろに大剣を振りかざす。
「ああ……!」
ライアスは呻きながらも身構えた。
一方でフライアは眉をひそめ、椅子にかけていた白いスカーフを手に取る。
(これ次第じゃあ、もう……)
「オラァ‼」
デボルトが咆哮し、大剣を地面に叩きつけた。
かろうじて避けたが、同時にライアスの足元で地響きが起こる。
「ぬががが……!」
足を取られたライアスにすかさずデボルトが間合いを詰める。勢いそのまま大剣を薙ぎ払った。
体勢を崩しながらもライアスは上半身を使い、どうにかガードの構えを取る。そのときふと左腕のセスタスが目に入った。
(そうだ……! 刀剣返し……!)
すっかり頭から抜け落ちていた。土壇場にきてウェイから教わった秘技を思い出す。
ライアスは左腕を持ち上げ、急ぎガードの構えを変える──。
気付けばライアスは天井を見上げていた。自身が仰向けに倒れていることを認識し、ここが闘技場の地下であったことに気付く。
「そこまで!」
傍らに立つ審判が声を上げ、同時にワッと歓声が上がった。眼だけを動かし、その歓声が対戦相手の仲間であることを認識する。
「大丈夫?」
聞きなれた声に顔を向けるとフライアが駆け寄ってきていた。
ライアスはどうにか上体を起こすと、きょとんと妹を見やる。
「あ、ああ。これは、負けたのか?」
フライアは意識を確認するように兄の目を見つめ、こくりと頷いた。
「私が投げたの。スカーフを。けど、最後の一発で、お兄ちゃん……」
「……失神しちまってたのか」
メンターがスカーフを投げ入れることは試合の放棄、すなわち降参を意味する。フライアは兄が受けきれないと判断してスカーフを投げたが、ライアスは振り下ろされたデボルトの一撃で気を失ったのだ。
ライアスは小さくため息を吐く。すると不意に、頭の上から声がした。
「おい、大丈夫か?」
見れば対戦相手のデボルトが心配そうに見下ろしている。
「最後のはけっこう綺麗に入っちまったからな。気を失ってもおかしくねえ」
そう言って彼は手を差し伸べた。
しかしライアスはその手を取らず、フライアの方に手を差し出す。しかしフライアはそれを拒否した。
「礼儀!」
妹に言われ深々とため息を吐く。それからデボルトの手を取った。
「……ありがとうよ」
立ち上がりざまライアスは礼を述べる。彼はニッと笑った。
「なーに。気にすんな。俺はアトリアのメンツがかかってたんだ。初戦で当たっちまったお前の運が悪かっただけだ」
その物言いにライアスはなんとも言えない気持ちになった。
(運が悪かった、か)
(しょうがない、しょうがない……)
力の差を見せつけられながらも納得できないライアスを、フライアが慰める。そうして兄妹はどうにか気持ちを静めていく。
「……ああ、そうだ。さっき鎧が光ってたよな。あれはなんだ? 特製の鎧か?」
ふとライアスは彼の鎧について訊ねてみた。雷魔法による攻撃を与えながらほとんど手応えを感じられなかった。
不審に思われてはいけないので言葉にこそしなかったが、ウェイに聞いた「ヴェーリングアーマー」のことが思い浮かんでいた。
ところがデボルトはあっさりと言った。
「あ? 何言ってんだ? エレメントだぞ、土の」
兄妹は二人揃って表情をきょとんとさせる。
「……土の?」
「エレメント?」
デボルトは陽気に頷いてみせる。
「そうさ! 土属性は戦況の安定に役立つからな。お前は雷だろ? 案の定俺の装甲を突破しようとしてたけどよ。ダイヤコーティングはそのカウンターさ」
言いながら肩をすくめた。そんな兄妹にデボルトは笑みを噴き出した。
「……はっ! それすら知らないとか、どんだけ田舎から出てきたんだよ! ……ってかそうか。シェラタンだったな」
その物言いに兄妹は思わず苦虫を噛みつぶしたような顔をする。自分たちの無知を露呈してしまった。
そうこうしているうちに審判から退場するよう促された。「さて、行くか」と相槌を打つ兄妹を見て、デボルトはおもむろに腕組みをする。
「でも、あれだな。メンターがしっかりしてたから致命傷にならなかったってなもんだ。そこは俺たちも参考にしないとな」
感心するように言うと、デボルトは踵を返し片手を上げた。
「お疲れさん!」
そう言われ、兄妹は黙って自分たちの席に戻った。




