087 アトリアからの挑戦者
闘技場の出場資格試験がはじまった。
四つに分かれた試合場に応援や野次が飛び交い、剣撃の音も聞こえはじめている。
ライアスの初戦は兄妹に似た冒険者風の四人組の一人で、先程冷やかしてきた男とは関係のないグループのようだ。兄妹と同じく闘技場に慣れていないらしく、きょろきょろしながら状況を確認している。試合に出るのはその中でタンクを担当する戦士の男のようだ。
不快な目に遭ったばかりの兄妹は警戒したが、相手の戦士は柔和な表情で握手を求めてきた。名簿によると名前はデボルト。先程の男のような胡散臭さも感じない。
「俺たちはアトリアからの出場だ。これまで四人パーティのタンクとして戦ってきたが、今回は世界に敵うかどうかの腕試しだ。シェラタン出身なんだってな。なかなか面白い経歴のようだな」
手を握り返し、ライアスも挨拶を交わす。
「別に出身は関係ないだろ? アトリアからってことは、アカデミーから出場なのか?」
アトリアは学術の都とも呼称され、アカデミーと呼ばれる有名な教育機関がある。武芸や魔法を学ぶ若者が多く、兄妹にとって忘れられない都でもある。
デボルトが頷く。
「そうさ。アカデミーのギルドからエントリーした。ギルドのエースとしてメンツがかかってるからな。始まったら容赦はしないぜ」
フライアが思わず首をすくめる。
(ギルドのエース……)
あの巨大なアカデミーのエースなら、相当な実力者ということだろう。
デボルトの言葉にライアスが応じる。
「ああ、こっちもな。でも、そうか。ドリューの息がかかってるってことか」
「えっ? ドリュー先生を知ってるのか?」
デボルトは目を丸くした。アカデミーで講師をしているドリューと兄妹は、浅からぬ縁がある。
「あ、ああ。ちょっとだけな」
謙虚に答えると、デボルトは笑ってみせた。
「へへっ、あの人も学生の時は良かったみたいだけど、講師になってからは口うるさい人になっちまったからなぁ。そんな人と仲良く付き合える奴が相手なら、警戒しないとな!」
デボルトの言うドリューの印象に、フライアが首をひねる。
「え? え?」
そんなに気難しい人物だっただろうか。一目置かれる存在ではあるようだが……。
ライアスがぽりぽりと頭を掻く。
「……まあ、この際ドリューのことはいいだろうよ。じゃあ、初戦よろしくな」
資格試験はやけに進行があっさりしているようで、挨拶を交わすや否や審判から対戦の準備を求められた。公式の闘技もSランクとDランクではかなりの差があったが、さらに下級の資格試験となればこんなものなのだろう。
控えの席に戻り準備をしながら、兄妹は先程の会話を振り返る。
「あいつら、ドリューのことはあんまり良く思ってないみたいだな」
「今は口うるさい先生って」
ライアスが腕組みをする。
「……アトリアって言えば、俺たちが……言わねえけどアレをがむしゃらにやってたとこだろ?」
ちょっと悲しいが、アトリアでライアスが真っ先に思い出したのが汚れ仕事だ。蛇の群れの駆除に下水道のスライム退治……。掲示されるミッションにろくなものがなかった日々の思い出にフライアはげっそりと眉尻を下げた。
さておき、ライアスは改めて対戦相手を見やる。
「あいつら、エースって名乗ってるけど、付け入る隙はありそうかな」
フライアも試合場の向かい側に視線を向けた。
「うーん、四人組の一人、よね」
「ああ、俺らも片割れってなもんだけどな。あとタンクって言ってたな。重装甲に強い雷のエレメントは効きそうだ」
雷魔法の利点は防具を突き抜け内部に直接ダメージを与えられることだ。
「それと、両手剣。エレメントは……氷かな?」
フライアが対戦相手を観察しながら呟いた。ライアスはほう、と妹を見やる。
「お、そこまでわかる?」
「タンク、でしょ? 攻めじゃなかったら光か氷か、土。でも、盾ないし」
いつものたどたどしい口調ながら、フライアがじっくりと分析する。タンクはパーティを守るため敵の攻撃を引き付けるのがその役目だ。炎や雷では防御に乏しく、両手剣で盾を持たないとなれば、氷壁を盾にできる氷のエレメントを扱う可能性が出てくる。
「ほう。タンクを自称するのに守りの要素が少ないって読みか」
ライアスは納得して頷く。同時に、審判から試合場に入るよう指示があった。
フライアが心配そうに瞳を持ち上げる。
「自信、ないよ?」
「いや、いい。正直なとこ、慣れねえから、これでもけっこう頭真っ白に近かったんだ」
予測でも相手の分析ができたことで、ライアスは気持ちを落ち着かせることができた。冷静そうに見えて、気を張り詰めていたのだ。
兄の本音を聞けたフライアは、ホッと安堵の息を漏らす。
「じゃあ、行ってくる」
言いながら手を上げる兄に、フライアはこくりと頷いた。
「無茶はしないでね」




