086 ザウラクの洗礼
選手ライアスに、メンターのフライア。
受付を終えた兄妹は別室に案内され、試験前の検査を受けた。
事前に聞いていた通り、すべての装備をチェックされた。平凡な装備しか持たないライアスは問題なく検査を通過したが、他の選手を見れば時間が掛かっている者も多い。装備によっては材質から形状まで、かなり綿密な検査がされているようだ。
検査を終え、試験会場となるホールへと入った。広々としたフロアの床にラインが引かれ、それを境に四つの試合場が設えられている。試験に参加する選手はここで戦い、その結果如何で合否が決まるようだ。
兄妹が足を踏み入れたときには、既に数組の選手が控えていた。老朽が目立つ石造りの会場で、壁や床を見れば闘技でできたと思われる細かいヒビがいくつもある。
観覧席は数席のかたまりが四隅に設けてあるだけ。試合場とはいえ、兄妹が観た公式の試合のような華やかさは微塵もない。
「なんか、すごく暗い」
フライアは眉をひそめて呟いた。
会場は地下のため外光が射しこまない。光源は光と炎のエレメントで簡素に作られた大型のランプが点在しているのみ。ぼんやり照らされたフロアには、そこはかとない不気味さが漂っている。
「本当に最下層って感じだな。上でやってた対戦を見て憧れて、闘技生活がここから始まるって思ってたら軽く引くかもな」
ライアスはため息交じりに言いながら、待機している選手たちに目を配る。おおよそだが、その佇まいが二極化していることが分かる。それは試験を受ける候補生と、その相手をする下級闘士の違いのようだった。
士気が高く、メンターと意気込みを語らい合っているのが兄妹と同じ候補生。一方でメンターと話すこともなく、むっつり顔で淡々と準備をしている二人組もいる。候補生の受け手として駆り出された、最下級Fランクの闘士かもしれない。
その選手たちを見て、フライアが小首を傾げる。
「どうかな……」
難なく勝てるような気もするし、意外と手強いかもしれない、とも思う。
「やってみないとわからないな。強いかもわからないし、ここに……なんちゃらアーマーを着てる奴がいるのかもわからない」
ライアスが言う。合格を目指すとはいえ兄妹の目的は有名闘士ではなく、闘技場の調査だ。
その後、受付で指示された場所にたどり着くと粗末な待機スペースがあった。可動式の仕切り板があって、その内側に名前が貼られた椅子が置かれている。フライアはその椅子に座り、ライアスは軽いウォームアップをはじめた。
そのまましばらく待機するもまだはじまる気配がない。この場に来ること以外何も言われていない兄妹は、やきもきした気分になってきた。
「こういう待機時間が一番いやだな。いつも何かやってるってのに、待ってろって言われているのが一番つらい」
「そうしてこなかったからね」
どうにも落ち着かずにとりとめなく会話をする。常に忙しない環境で生きてきた兄妹にとって、何もしない時間というほうが焦りを感じる。
と、そこに二人の男性がおもむろに歩み寄ってきた。
「……ん?」
ライアスが目をやると、前にいた男が片手を上げた。
「今日はよろしくお願いします! 闘士資格の候補生です! あなたも選手への挑戦ですよね?」
士気が高いのか男はやけに明るい口調で言った。兄妹とそう年は変わらない。
「あ、ああ。まあな」
ライアスが応じると、男は爽やかな笑みを浮かべる。
「せっかくなので、お名前をお伺いしても!」
朗らかな口調ではあるものの、どこか胡散臭さがあった。
「……ライアスだ」
訝しげにライアスが応えると、男は満足げに目を細めた。
「なるほど! で、そちらがフライアさん、ですね! よろしくお願いします!」
「は、はい。……え?」
反射的に返事をしながら、フライアは首を傾げる。名乗ったのは兄だけなのに、何故自分の名前まで知っているのだろう。
すると男はくるりと踵を返した。自身は名乗ることなく、そのまま立ち去っていく。
「お、おい。お前?」
ライアスが呼び止めるも反応はない。見ると後ろに控えていたメンターらしい男と何やらヒソヒソ話している。
呆然とその後ろ姿を眺めていると、厭らしげな含み笑いが聞こえた。
「くっくっく……。あいつらが噂のラム・ガルムの……」
「シェラタン出身のオマケ付きだ。お前、負けたら末代までの恥だぞ」
話しながらチラチラと兄妹を振り返っている。その顔には嘲笑が浮かんでいた。
「あの人……!」
フライアが眉根を寄せ、頬を膨らませる。男は親切なフリをして兄妹を嘲っていたのだ。
なぜだ、とライアスが頭を掻く。
「……名簿でも見られたのか? いや、そうだろうな。シェラタンのことなんてそこしか書いてないし。それをわざわざ言ってくるとか」
ライアスはやれやれとため息を吐いた。
男たちは試合場を挟んだ向かい側で、未だニヤケ面をこちらに向けている。よほど自信があるようだ。
フライアはぷいっと顔を背けた。しかしその表情は曇っている。
「フライア、よせ。あいつらが喜ぶだけだ。それに、あいつらが負けたら末代までの恥って言うなら、俺たちが恥かくことはないじゃないか」
それは自分を戒めるための言葉でもある。当然、ライアスにも憤然とした気持ちがあった。フライアは顔を上げて天井を見やり、大きく深呼吸をする。
しばらくすると試験官らしい人々がぞろぞろと会場に入ってきた。その一人が試験の概要と注意点の説明をはじめる。
説明の中には「戦いの責任は各自で持つこと」という、淡泊ながらもシビアな内容があった。試験とはいえ、それだけ過酷な戦いということだろう。
「とっとと終わらせてこの監獄から抜けたいな」
ライアスは頭の後ろに手を組み、やや面倒そうに言った。フライアが頷く。
「うん、あとヴェーリングアーマーのこと」
「ここで手掛かりがつかめたらラッキーなんだけど、それには……」
言いながら、ライアスは試験官の面々を見やる。一団にはヴィクターの姿もあった。
「……ヴィクターさんだよな。なんとかまた会って話が聞けたらいいんだけどな」
ヴィクターとは先ほど一方的に話しかけられて終わってしまった。だが運営の立場で、しかもウェイと深いつながりがあるなら何か聞けるかもしれない。
フライアは真剣な面持ちで、「うん」と呟いた。




