085 師範代ウェイと闘技の受付ヴィクター
選手やその関係者が続々と集まり、質素な会場に賑わいと緊張した空気が広がる。いよいよ試験がはじまるのだ。
緊張しながらもよし、とライアスが士気を高めようと身体を動かしていると、不意に重々しい胴間声が響いた。
「おう、ウェイ! ここで会うのは珍しいな!」
声の大きさに驚き兄妹が振り向くと、大男がのしのしと歩み寄ってきている。
「あン時またベラムに負けちまった勢いでイチから出直す、なんてフシじゃねえだろうな?」
男はウェイの正面に立ち、腰に右手をやる。見れば会場の受付にいた男だった。
「はっはっは、師範代の名を今持っていなかったらそれも面白いな」
ウェイが軽快に応じているところを見ると、知り合いのようだ。
「今日は、期待の新人を連れてきたのだ」
ウェイはそう言って兄妹へと視線を送る。それに倣い、男も兄妹を見やった。
大柄な二人に見下ろされた兄妹は軽い圧迫感を覚えた。身長の低いフライアに至っては二人の陰にすっぽりと覆われてしまっている。
「おおぉ! おめえらか! ウェイの期待の新人ってのは!」
男がニカッと笑って言った。いかにも上機嫌そうな顔だ。
ウェイと同世代だろうか。兄妹よりも一回り以上は年上に見える。
「話はちょっとばかり聞いてたぞ。俺はヴィクター。この闘技場のしがない運営管理をやっててな。ウェイとは昔っからの馴染みだ」
ヴィクターと名乗った男は豪快に言うと、顎に手をやりずいっとライアスに顔を寄せる。
「そんで、ン~~……ちょっと兄ちゃんも瘦せすぎじゃねえか? うちの闘技は体重別ってのがねえからなあ、上を行こうとするならもっとデカくならねえとなあ!」
言いながらライアスの肩をバンバンと叩く。
「あ、ああ……」
馬鹿力というやつか、叩かれた肩が痛い。あまりの勢いにライアスは言葉を詰まらせ、黙り込む。せっかく士気を高めていたところでのちょっかいに少し閉口する。体格についてはライアスも気にしていることだ。
「まぁまぁ、そのくらいにしてくれヴィクター。まだ新芽だ。摘み取られては困る」
戸惑う兄妹に助け舟を出すように、ウェイが割って入る。
しかしヴィクターは気にする様子もなく、「へっへ」と笑い豪快に鼻をこすった。
「しっかしほんとそうだよな。なかなか道場で結果が出せない中で入ってきてくれたわけだ。俺も運営管理に回っちまったから表立っての応援もできねえンだが、やっぱりお前ンとこの道場ほど魅せる肉弾戦をやってくれるところはいねえよ」
言いながらウェイを見やる。嬉しそうなヴィクターの声音に、ウェイも満更ではない様子だ。
「そう言ってくれるかい?」
語らい合う二人を見て、兄妹は顔を見合わせた。ヴィクターという男は妙な圧は感じさせるものの、悪い男ではなさそうだ。
「多くは言えねえけどよ。昔さながらの正々堂々さを保っている闘技施設もラム・ガルムくらいになっちまった」
ヴィクターはやれやれと肩をすくめ、声を小さくして言った。
「知ってるか? 刀剣使いが集っていたお前の親戚道場カロム・モル。でかい声では言えねえけどよ、資金難で施設団ポルックスに施設ごと身売りするそうだ」
「っ! なんと!」
ウェイは目を見開いた。
身売り、という言葉にフライアが眉をひそめる。
驚いた彼は顔を俯け床に視線を落とした。
「……何度か話はしていたが、耐えられなかったのか」
落胆した様子のウェイに対し、ヴィクターが神妙な面持ちで言葉を続ける。
「ウェイにも話がいってなかったのか。やっぱりな。親戚同士ならせめて有力な選手を引き抜くこともできただろうに、俺が気付いた時には闘技の理事官に受理されちまってた。選手も施設もポルックスのものですってな」
言いながら深々とため息を吐く。
「ンなことねえだろって思ったけど、お前のところにすら相談に出向けねえなんてなぁ。どうも最近金だけじゃねえ圧を感じるもんだ」
──金だけじゃない圧?
ライアスは内心で呟く。近年の闘技場の変化と何か関係しているかもしれない。
ウェイが顔を持ち上げ、やるせないような表情でヴィクターに応じた。
「……もう少し互いに資金に余裕があったときは交流戦をやっていたものだが、そうか。我々の武術もあの道場無しには生み出されなかったというのに、切ないものだな」
身売りしたというカロム・モルは、刀剣使いが集う道場と言っていた。ライアスが教わった刀剣返しは、ウェイがカロム・モルとの交流戦で編み出した技かもしれない。
ヴィクターはおもむろにウェイの肩を叩き、ニカッと笑顔を浮かべた。
「だからよ、お前ンとこが頼みなんだよ。お前がなんとかもう一度天下を取ってくれねえとな!」
「ヴィクター……」
と、そこでまたライアスの背中がバシン、と叩かれた。驚いて顔を上げるライアスに、ヴィクターが満面の笑みを返す。
「だからよ。この新芽をでっかい大樹にしてくれよ!」
そう言って改めてウェイを見やる。
「受付に立っててわかるが、おめえのファンは根強く生きてるからよ。カッチカチに身を固めたヤローをなぎ倒せるように、頼むぞ!」
そんな励ましを受け、ウェイは何とも言えない表情で兄妹に視線を送る。憂わしげでありながらも期待を込めている、そんな視線だった。
ヴィクターは豪快に笑い、兄妹と正面から向き合った。
「それからおめえらも、途中で投げたりすンじゃねえぞ!」
その勢いに圧されながら、兄妹はこくこくと頷く。
「お、お、おお……」
ヴィクターは鼻をこすりながら「へへっ、ちと口が滑っちまったな」と言って、くるりと踵を返す。
「じゃあな! 今から受付担当に戻るからな!」
そうして走り去っていった。
その背中を兄妹は唖然と見送る。
口が滑ったというわりには楽しそうだったし、何より声がデカかった。ウェイが小さく息を吐き、兄妹に向き直る。
「すまない、ちょっと脅かしたな。あいつはヴィクター。古い馴染みでな。かつて道場で鎬を削ろうと誓った者同士でもある」
柔和なウェイの表情から、ヴィクターという男が気の置けない仲間ということが分かる。
ライアスは首をひねった。
「え? あの……」
「ヴィクターさん?」
緊張で名前を忘れた兄をフライアがフォローする。
「そ、そう。ヴィクターさんもラム・ガルムにいたのか?」
道場で鎬を削った、とウェイは言った。ヴィクターは同門ということだ。
しかしそうなるとヴィクターが受付ということに疑問が残る。研鑽すると誓い合いながら、何故運営側に回ったのだろうか。
ウェイはその疑問に気付いたらしく、「ああ、ほんの少しだけな」と応じると、説明を付け加えた。
「……怪我をしてしまったのだ。左腕がまともに動いていなかったことに気づいたかい?」
ライアスはきょとん、と顔を持ち上げる。
「お? ……あ、いや気にしてなかった」
そう言って妹に顔を向けた。フライアも気付かなかったため、首を横に振る。
「同じこの出場資格試験の時だ。規則を正しく理解していない、無茶する相手と当たってしまってな」
ウェイが改めて説明をした。その表情には陰りが浮かんでいる。
「……詳細は話さないが、酷い仕打ちを受けていたよ。意図的な行為と対戦相手は牢屋に入れられたが、それ以来あいつの左腕は動かないままだ。もう出場するだけの回復は見込めないと医者に告げられて、随分と途方に暮れていたよ」
言いながら、ヴィクターが担当する受付の方に視線を送る。
「あいつもこの都の出身でな、昔から馴染んでいた闘技場から離れに離れられなくて、今はあのように運営側の人間に回ったんだ。運営という立場上、肩入れすることはしないが、今でもああして声をかけてくれている」
説明を聞いたライアスは腕を組み、顔を俯ける。
「ふーん……。戦えない中でそれは……」
さまざまな葛藤があっただろう、と思う。戦いで道を切り拓いてきた兄妹には、共感できるものがあった。
「複雑な想いがあると思うよ。だが、あいつには闘技場の無い生活など耐えられないのだろうな。あいつのためにも、私が諦めるわけにはいかないのだ」
ウェイは表情を引き締めて言った。兄妹はウェイと向き合い、思い思いに口を開く。
「ウェイさん……」
「いろんなものを背負ってるんだな」
ウェイは頷いた。
「ああ、だが、やることは変わらない。皆が喜び、興奮し、自分もそこへ参加したいと思うような闘技を見せる。そしてそれを後世に残し続ける。紐解けば単純なことだ」
兄妹も頷く。同時に鐘の音が鳴り響いた。資格試験の受付開始を告げる鐘だ。
ウェイが口を開く。
「さあ、時間だ。施設の代表という立場上、私は観覧室から見守ることになる。武運を祈るよ」




