083 いざ、現地調査へ
これからのこと、ヴェーリングアーマーのことについて、ウェイは落ち着いた表情で兄妹を見つめた。
「ああ、そろそろ聞かれると思ったよ。元々はその調査のための入門だったからな」
「……そ、そうか。察しがいいな」
どうやら見透かされていたらしい。そう長く道場に留まってはいられないことを、ウェイも分かっていたのだ。
ウェイはひと息つくと、かしこまるように兄妹と向き合い、口を開いた。
「よいか。君には明後日闘技場へ、公式戦出場に見合うかどうかの試験を受けに行ってもらう。これに受かることで君は晴れて闘技場への出場が認められる」
「え? 明後日?」
唐突な要請に兄妹は顔を見合わせる。
「連絡が遅れてすまない。出場資格試験は定期的に開催されるんだが、その日を逃すとひと月先になってしまうのだ。大丈夫。君なら難なく合格できるだろう」
ウェイは謝りながらも、自信に満ちた口調で言った。
しかしライアスは参ったな、と頭を掻く。フライアも落ち着かない様子だ。あまりに急な話で、試験などという堅苦しい場に臨んだ経験など一度もない。
「だ、大丈夫なのか? それなりの戦士と戦うんじゃないのか? それに、俺たち、あんまり注目される場所には立ちたくないんだけど……」
戸惑うようにライアスが言うと、ウェイは含み笑いを漏らした。
「ふふふふ……。急に小心者になったな」
そう言って正面からライアスを見据える。
「心配するな。それほどの名のある者はとっくに出場資格を持っている。君が相手にするのは育成施設で初めて武器を振るい始めたような者たちだ。旅を通して実践経験を積んできた君の相手ではないだろう」
その言葉に兄妹は首をひねった。
「出場資格を持ってる? どういうことだ?」
ライアスが言った。闘士というのは相当な実力者で、選ばれた人間だけが闘技場に登録されるものだと思っていた。
「その様子だと知らないようだな。闘技場への門はとても広く開かれている」
そう言ってウェイは兄妹の顔を見渡す。
「そして連日、そのほんのひと握りだけが華のある上層の階で観客の大声援を受けながら戦う舞台へと上がることができる。ザウラクのシンボルである闘技場はこの大陸マーシアにおいて己の力を示す最高の舞台。戦うという意味では確かにサダルメリクという戦の都も存在するが、あそこは戦場であり、戦いにしても見物にしても娯楽を伴うところではない」
──戦の都サダルメリク。西の大陸・メイシアとの戦線に位置する都だ。その地には血気盛んな戦士たちが集うという。
「そんな場所で戦う戦士達も多くは一度くらいここで戦っている。戦の地への登竜門として闘技場を使っている者もいるくらいだ。戦の都だけではない。騎士の都は聞かないが、近年は魔法の都アルニラムや王都アウストラリスから、という話も聞く」
そこまでを言い、ウェイは口の端を上げる。
「……知っているかね? アウストラリスの神官フェルディナント殿も出場したことがあるのだ」
「「ええっ⁉」」
フェルディナントという名前に兄妹は揃って驚きの声を上げた。
フェルディナントはミッションの依頼者であり、兄妹は「ブラザーズ」の代表として彼と接してきた。一度はギルドの設立も突っぱね、彼の持つ頑固さや、神官としての誇り高さは分かっている。
そんなフェルディナントが闘技に出場していたことが、兄妹には信じられない。闘技場は娯楽の場でもあるというのに。
言葉を失った兄妹を見て、ウェイは声を上げて笑う。
「はっはっは。そうか、君たちも王都に属していると聞いていたが知らなかったか。もっとも、彼も最近は出ていないし、出場した時は偽名を使っていたな。後で王都の記事を見てどこかで見たことがあると、不思議に思ったものだ。おそらくだが、彼も何らかの調査をしていたのだろう」
その説明で兄妹は合点がいった。身分を隠してまで出場したのは、それなりの理由があってのことだろう。おそらくはウェイの言う通りで、しかもそれは相当に欲しい情報なのかもしれない。
「あ、ああ。そうだったのか。それで、俺たちにその仕事を振ったわけか」
ライアスは納得するように言った。厳格なフェルディナントの性格を思い起こす。賭博の対象になるような試合に参加するのは、彼の本意ではなかっただろう。
「で、興味本位だけど、フェルディナントはどこまで闘技場で駆け上がったんだ?」
「あ、あと……どこに、所属して?」
兄妹揃って好奇心を抑えきれず、つい彼の実績に対して尋ねた。
ウェイは腕を組み、当時を思い出すようにしながら兄妹の質問に応じた。
「私が知っている限りでは、Bランクまでは上がっていたな。私は既にその上のランクで戦っていて間もなく彼が来るだろうと思って注目はしていた。だが、突如と闘技場に顔を出さなくなったな。Bランクまで上がればそれなりに知名度も観客も付く立場になる。正体を隠しての参戦も限界だったのかもしれないな」
ライアスはなるほど、と頷く。
フェルディナントは神官であると同時に《勇者》と称されるアヴァランと戦線を共にするような猛者だ。彼ほどの実力者なら試合をすればするほどランクは上がっただろう。
「それと、所属場所だが、私にはわからない。ただ、闘技運営側から許可を取ることができればザウラクの外に所属施設を置くこともできる。フェルディナント殿のことだから、アウストラリスから登録していたかもしれん」
フライアはふんふんと相槌を打つ。
「なーるほどな」
「うんうん……」
兄妹からするとフェルディナントはいまいちつかみどころのない人物だ。分かりやすい性格だとは思うが、その本音がどこにあるかが分からない。それだけに彼との交渉は緊張が強いられる。
そんなフェルディナントの意外な一面に、兄妹は肩の力が抜ける思いだ。
「というわけで、だ」
そう言って、ウェイが話を戻す。
「闘技場に出場するための資格試験は、君と同じ新人候補生たちと他の最も低い階級Fランクの選手とで総当たり戦を行う。必ずしも全て勝つ必要はなく、実力が認められれば三勝したあたりで合格になる。心配しすぎることはないだろう」
不安は残りながらも、兄妹は納得して頷いた。ウェイの言う通り、闘技場の門戸は思った以上に開かれているようだ。
それにしても明後日か、とライアスはため息を吐く。稽古で受けた疲労とダメージは馬鹿にできない。ウェイもそれを察して、この後の稽古の内容を切り替える。
急な展開に振り回されながら、明後日に備え兄妹は身体の調整を急いだ。




