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ブラザーズアローン ~世界に選ばれざる《独り》の兄妹~  作者: flyas
第四章 マーシアの西側へ
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082 道場の日々

 武闘の都ザウラクに初めて来てから数日。

 兄妹はすっかり道場の馴染みとなっていた。


 ラム・ガルムの選手とも打ち解け、苦手とするコミュニケーションもそこまで苦にならない。この日も兄妹は稽古に顔を出し、何気ない日常の如く護身術を学んだ。




 一方で本来の目的は果たせず、焦りもじわじわと感じはじめていた。


「なんか、『もう少しの調査』がけっこうな遠回りになってないか?」


 ふとライアスが呟くと、フライアは神妙な面持ちで頷いた。


「居過ぎ、よね」


 フェルディナントから預かり受けた軍資金は既に底をついている。今は自分たちの貯金を切り崩して滞在費に充てているが、それにも限界があるし、王都に報告へ戻らなければならない。

 居心地は決して悪くないが、この日々をいつ切り上げるか、その機会を見極めるべき頃だった。


 やがて稽古は休憩に入り、ライアスは稽古場の隅に控えているフライアの隣に腰を下ろす。今後の方針を相談するためだ。


「……タイミング的にはとりあえず選手登録が完了する時か。選手のランク気にし始めたらそれこそ抜けられなくなるだろうからな」


 フライアは「そうね」と同調する。


「……て、そう言いながらさあ、フライア。お前は随分うまく稽古から抜けたよな」


 ライアスは思わずため息を吐いた。


 ウェイが自分の力を認めてくれるのはいいが、その分、正規の弟子と変わらないハードな稽古と付き合う。正直言って毎日がへとへとだ。


 一方でフライアは呼吸法や気功術など、健康にまつわる稽古にのみ参加している。ライアスからするとそれがやや恨めしい。


 そんな兄の心情を知ってか、フライアは唇を尖らせた。


「だって……お兄ちゃんにしかできないんだもん」


 フライアも、稽古から逃げたつもりではない。


 ウェイが兄との試合で見せた刀剣返しには今でも少し興味はある。最初に教わりながら試したときには、確かに技の手応えがあった。手の甲から腕を上手く使い、相手の力も活用することで、想像以上に軽い力で敵の体勢を崩すことができる。


 ところがラム・ガルムは屈強な男性ばかりで女性の選手は一人もいない。体格差を考えれば組み合う相手はライアスくらいのものだが、その兄も自身の稽古で手一杯だ。そうなるとフライアはサポートに回る以外にない。

 セスタスの鉤爪が着ているローブと相性が最悪なのも稽古から離れた理由の一つだ。


「ウェイさんに聞いたら、獲得し損ねたんだっけ? 『最近は女性選手の進出も目覚ましいが、今時こんな古風な道場の門を叩く女子(おなご)もなかなかおらん』って」


 ライアスは思い出すように言った。そう語っていたウェイを思い浮かべ、フライアが小さくため息を吐く。


「ちょっと笑ってたけど?」


 ライアスはぽりぽりと頭を掻いた。


「案外笑えないことかもしれないけどな。闘技場の中、わりと女子の声援とかも響いてたもんな」


 闘技場という闘いの場とその熱気は男女を隔てない。

 鍛えに鍛えた力と技をぶつけ合う闘士、それを盛り立てる実況者に応援団、金銭でその場に参戦する賭博者。老若男女問わず、あらゆる人が飛び入って胸を熱くたぎらせる、それが武闘の都ザウラクの闘技場だ。


「まぁ……確かにこの古い道場に女子を招集するのも一苦労だよなぁ。闘技場がある中心地の華やかさからしたら全然イメージが違うもんなぁ」


 言いながらライアスはストレッチを行う。定期的に身体をほぐさないと稽古で節々を痛めてしまう。




 するとウェイが歩み寄ってきた。


「どうだね。そろそろ、我が護身術は身に付いてきたかね」


 おもむろに問われ、ライアスは小首を傾げる。


「うーん、なんとなく、かな。でも両立っていうのは難しいな。つい自分の慣れている剣で戦って、咄嗟に必要な時になったって時には大体忘れてるんだよな」


 その返答を受けウェイも頷く。


「そうだろうな。だが、その《咄嗟》に最も機敏に対応できるのが素手や格闘武器だと思わないか?」


 ライアスは顎に手をやり、改めて格闘術に思いを巡らせる。この道場に来るまで、格闘武器のリーチの短さはただの欠点だと思っていた。しかし今では短いからこその長所も分かりつつある。


「……それはあるな。これまでも懐まで潜られて腕で咄嗟に受け流したことがあったけど、その時にこの爪があれば何とか叩き返せるかもしれない」


 ウェイは満足げな笑みを浮かべた。


「君はむしろ適応力があるほうだ。都の様々なところで流派や魔法の達人に特化せんとする者が多い中で、貪欲に全てを自分の糧にしようとする。たいしたものさ」


 適応力、という言葉にライアスが頭をもたげた。シェラタンでのぼろ小屋生活を思い出す。あの頃は暮らしのためなら何でもやった。


「……貧乏にして貧乏性だからな。使えるだけ使わないともったいないって思っちまうからな」


 その言葉にウェイは声を上げて笑った。


「はははっ。気が合うな。私も今や貧乏。それでいて君と同じように、現実の中をもがいている」


 フライアが苦笑する。ライアスはあちこち傷んだ道場を見渡し、やれやれ、と肩をすくめてみせた。そのまましばし会話に興じた後、ライアスはさて、と腰を上げる。それを見てフライアも立ち上がった。


「それで、ウェイさん。話なんだけど」


 ライアスは改めて口を開いた。今後のことを話さなければならない。

 すると、ウェイは聞き返すこともなく頷いた。


「これからのこと。ヴェーリングアーマーのことだな」


 まるで予知していたかのような言葉に兄妹は目を丸くした。


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