079 苦境に立った五年前
ウェイは「少し時間が必要だな」と呟き、傍にいた道場生に手を上げて合図をした。弟子の指導を代理の者に任せたようだ。
そうして道場の隅に移動すると、仕切り直すように咳払いをして改めて口を開いた。
「我々が苦戦を強いられるようになったのは五年前だ。近代化によって戦場で戦う形式が変わるにつれて闘技も少しずつその戦法を取り入れる規則の改定がなされるのだ」
兄妹は頷く。闘技にさまざまな武器が用いられていたことを思い出す。
「体術や剣術、槍術だけでなく弓、魔法までもが少しずつだが取り入れられるようになった。もっとも、五年前まで我々の体術は健在だった。刀剣類は技で返し、弓は相手に的を与えぬよう素早く懐に潜り、魔法も詠唱の隙を突く、もしくはそもそも詠唱に入らせぬ圧をかけ続けることに徹して相手の意のままにさせぬよう抑え込んできたのだ」
ライアスはその説明に驚いた。思わず「すげえな……」と唸る。
「体術とか格闘武器とかリーチが短いからな。どんな相手でもハンデを背負いながら戦ってるようなものだと思ってたけど……。そもそも、刀剣を技で返すってどういうことだ?」
体術はいわば身体を頼りに戦う近接格闘術だ。受け流すだけならイメージもつくが、どうやって武器の斬撃を返すというのだろう。
首を傾げるライアスに対し、ウェイは不敵に笑ってみせた。
「ふふ……それは後で見せてあげよう」
そう言って咳払いを一つする。
「先に続きを話そう。今指摘してくれたように、近代化で導入された規則は古来から続く我々の体術には必ずしも有利ではない。我々は常に対策を講じてきた。だが五年前に改定されたある規則に、我々は今だ越えられない壁に直面している」
ウェイは重々しい表情をした。これまでと異なる深刻な語り口に、兄妹も心なしか緊張を覚える。
「それは? どんな改定なんだ?」
話の内容が調査の核心に迫り、ライアスはやや真剣な声音で尋ねた。
するとウェイは意外なことを口にした。
「特殊装甲の解禁だ。強靭な甲冑に少し毛を生やした程度の仕様かと思ったが、これが怪物のように強いのだ」
その異様な響きにフライアが首を傾げる。
「特殊装甲?」
ウェイは説明を考えあぐねるように、顎に手を当てる。
「ふむ……。実際のところ、我々もそれがどれほどのものかわからないのだ。なにしろ、ここにものが無いからな」
呟くように言ってから顔を上げる。
「特殊装甲は通常の防具と同じく各部位を保護するものなんだが、見た目は本当に何も変わらない。それであってそこまで動きを妨げるものでもない。おそらく昨日の一戦でもシリウスの選手ベラムは着用していたと思うのだが、私の攻撃……十発は十分な手応えがあった。だが、彼に耐えきられてしまった」
その説明を受けて、フライアは昨日の闘技を思い起こした。
「あんなによく攻めてたのに」
ウェイの言う通り、彼の打撃は的確にべラムの急所を捉えていた。だからこそウェイが敗北したことに違和感があったのだ。
「それが昨日のフライアの疑問だったわけだ」
ライアスはそういうことか、と頷いた。
「で? なんでそんなものが出回るようになったんだ?」
そう問いかけると、ウェイは小さく息を吐いた。
「その特殊装甲は近年になって開発された代物なんだそうだ。……今名前を思い出したが、『ヴェーリングアーマー』と言っていたか。これが導入されて以降、我々は苦戦を強いられることになった。見た目は君が身につけているような鎧とさほど変わらないんだが。これが闘技場で戦った私ですら性能がよくわからないのだ」
「ええっ?」
戦った本人にすら判別がつかない。その事実に兄妹は驚きの声を上げた。
「戦ってても、わからないのか?」
ウェイは「うむ……」と呟いた。どう説明すべきか思い悩んでいるようだった。
「例えばだが、今私が全力で君の腹に拳を入れたら、君はどうなるだろうか? 受け身は取らず、完全にその鎧だけで受けたとしよう」
その質問にライアスは腕組みをする。
「ノーガードで? そりゃ……鎧着てたって後ろには吹き飛ぶだろうな。鎧着てたって無力化できるわけじゃないから、痛み次第じゃその後も戦えるかどうか」
鎧はあくまで身を守るための補助具であって、万能なものではない。まともに被弾すれば当然ダメージを受ける。
ウェイが頷いた。
「そうであろう。私も、昨日はしっかりとした手応えのある正拳突きを入れたものだ。だが、彼は平気な顔をしてすぐに立ち直った」
ウェイは昨日の戦いを回顧するように顔を俯けた。
「決まった、と思った直後にニヤリと笑いを浮かべる彼の顔が鮮明に残っているよ」
そう言ってから再度顔を上げる。
「また何度か好機を伺っていたが、我々伝統の武術は軽快な動きなしには成り立たない。身につける防具は最小限でしのぐゆえにやがて戦局を握られてしまった。昨日もまた、同じ敗北を喫してしまったのだ」
兄妹は思わず顔を見合わせた。
「また、ってことは何度も戦ってるのか?」
ライアスが問うと、ウェイは苦笑した。
「ああ……。今回で公式戦七連敗となってしまった」
兄妹は「うっ」と言葉を詰まらせた。悪いことを聞いてしまったかもしれない。
言葉を探りながら、ライアスが別の問いかけをする。
「なんか、納得いかない話だな。その、ヴェーリングアーマー、だっけ? 鎧だけでそんなに強さが変わるものなのか?」
するとその話を聞いていたのか、道場生たちがざわめきはじめた。皆が発言者のライアスを見つめている。
その反応にフライアは「えっ?」と驚き、きょろきょろと周囲を見渡す。少し経ってライアスもその違和感に気づいた。
ウェイも道場生たちと同様に面食らった表情をしていたが、やがて考え込むように顔を俯けた。
「むう。それは、言い換えれば……私の実力不足か。そうだな、そうかもしれん」
唸るように言った。さらに思案するように「うーむ、それなら……」と呟いている。
兄妹は顔を見合わせた。
(あ、これ……)
やばい、と兄妹は揃って察知した。
「あ、いや、そう意味じゃ……」
鎧だけでそんなに変わるものか、という疑問だったがこれは比較の話だ。人の受け止め方によっては「装備に人が負けている」という、ウェイが最初に言った甘えそのものだ。
侮辱のつもりはない、とライアスが慌てて取り消そうとしたが、ウェイは不敵な笑みを浮かべている。
「いや、構わない。実は、私も君の力には興味津々なのだ。なにしろ妻を敵から救ってくれたのだからな」
そう言って組手の構えをとる。
予期せぬ宣戦布告のサインに、ライアスは思わず頭を抱えた。
「自分で実力を計ってみろって……。結局そうなるのか?」
その事態を招いた兄の失言に、フライアは思わずため息を吐く。
「……自業自得」
構えのままウェイは肘をぴったりと脇に寄せ、ギラリと目を輝かせる。
「少年よ。私に稽古を頼めないか!」




