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ブラザーズアローン ~世界に選ばれざる《独り》の兄妹~  作者: flyas
第四章 マーシアの西側へ
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076 荒らし屋の襲来

 年季の入った古い建物ながら趣のある店内。


 落ち着いた風情の木製テーブルが整然と並び、奥にはカウンター席も設けられている。何組かの客が既に食事をしていた。


 兄妹はカウンターの端の席に座り、女将のマーシュと話をしながら食事をとった。マーシュは夫のウェイが師範代を務める道場について話をしてくれた。


「うちの旦那はねぇ、かねてからそこの道場の師範代としてやってきたのさ。師と仰ぐお人から後を頼むと言われ、かれこれ十年くらいは長として弟子たちを束ねてきた。四、五年前くらいまでは闘技で結果も出してきたさ」


 それは「ラム・ガルム」という名称の道場で、数多くの格闘家を輩出してきた名門だという。


「何ていったかな? Sランク? そんな地位に弟子たちと一緒に名を連ねてね、入門してくる子たちも多かった。けど最近は随分と元気が無くてね。途端に勝てなくなったのさ。あの人も不器用だから、あたしに迷惑をかけたくないとなんとか打開策を模索しているみたいだけど、いまひとつうまくいかないみたいだねえ」


 フライアは今日のウェイの戦いぶりを思い出し、首を傾げる。


「あんなに上手に立ち回れてたのに?」


 同調するようにライアスも頷いた。


「お前がそんなにこだわるならよっぽど上手かったんだろうな」


 マーシュは記憶を辿るように天井を見上げて話を続けた。


「今日は宿敵、って言ってたかな。『シリウス』とかっていうとこのエースだとか。それがさっき負けたって言ってたねぇ」


 ウェイを負かしたというあの剣士は、シリウスという闘技施設団のエース選手だったようだ。

 ライアスが腕組みをする。


「四、五年前から急に勝てなくなった、か。……そういえば、フェルディナントの依頼でもその辺調べるとかだったっけ?」

「ちょっと!」


 フライアがパンッと兄の肩を叩く。

 他言すべきではないミッション内容なのに、ライアスはつい軽々と口にしてしまう。


「ん? 何か闘技で調査してるのかい?」


 案の定マーシュに突っ込まれてしまった。


「あー……まあね。なんでも知り合いの闘技マニアから『最近なんか変わった』って言われたもんで。俺らもこの都のこと自体わかってなかったからとりあえず観戦しようと思った」


 ライアスが半ば誤魔化すように説明した。さすがに王都の正式な調査、とは明かせない。

 するとマーシュが納得したように大きく頷いた。


「なぁるほど、そういうことかい。それなら旦那がよく知っているよ。なにしろ闘技場で稼ぐ当事者だからね」


 ライアスが頷く。ウェイの話はミッション解決の糸口になるかもしれない。


「そうなんだろうな。今は向こうの道場で……」


 そう言ってライアスが振り返った時、乱暴な物音を立てながら戦士風の集団が店内になだれ込んできた。




「おう‼ おばさーん! ちょっとこの店借りるぜぇ! 今日はどこぞの腐った師範を負かした祝賀会だ!」


 先頭にいる剣士が不遜な態度で声を荒げた。


「……なんだ?」

 ライアスはいかにも怪訝そうに呟いた。


「はぁ、ベラムだ。また嫌がらせに来たんだよ」


 マーシュがため息交じりにそう言った。

 戦士たちの粗暴な振る舞いを見て、ライアスはこっそりとフライアを憑依させた。


 その集団は周囲の客などお構いなしに、どかどかとテーブルを占拠しはじめる。客たちはベラムと呼ばれるリーダー格の剣士を見ると驚いたように立ち上がり、隅に移動して席を譲ったり店を出たりしている。


「いやあ、悪い悪い。あー、お気遣い、ありがとう! じゃあ、お言葉に甘えて!」


 本人たちは悪びれることもなくそう声をかけて堂々椅子に座っていく。だが、言われるまま離れていく客はと言えば戸惑いと怯えの顔そのものだ。




 カウンターに座っていたライアスは少し距離のある場所だ。

 その様子は平常ではない、とその場で窺っていたライアスだったが、不意にそのべラムと目が合ってしまった。


 すぐに視線を外したものの、ベラムはずかずかとライアスのもとに歩み寄ってきた。


「おう、なんだお前」

 ベラムはにやけ顔で言った。


「いんや、なんでも」


 自分は関係ない、という振る舞いでライアスがカットステーキに手を伸ばす。だが、ベラムは食事を邪魔するかのようにライアスの肩に手をかけた。


 カウンターに座るライアスを見下ろし、いかにも(いや)らしい笑顔を向けてくる。


「何でもねえことねえよなぁ? ここは俺の特等席だ。何勝手に座ってやがる?」


 するとマーシュが声を張り上げた。


「ウチに特等席なんてないよ! お客はみな平等だからね」


 ベラムは青筋を浮かべてマーシュを睨みつける。整った顔立ちの男だが、その表情はいかにも粗野で野蛮だ。


「なんだ? ババア? 俺が特等席だって言ったらそうなるんだよ。それに、今日は俺の祝賀会なんだよ!」


 横暴な物言いにライアスがピクリと肩を揺らす。


「俺は客として、先にここに座ってるが? 文句あるのか?」


 言いながら振り返るライアスに、憑依中のフライアが声をかける。


(お兄ちゃん、この人がっ!)

 妹の声にライアスも頷いた。

(あれだろ? たいした動きのない剣士って奴だろ?)


 そわそわした妹の様子から、ライアスも頭の中で何かあるのだろうとは思っていた。そこに「師範を負かしての祝賀会」という言葉、さらには剣士の風貌で想像とピタリと一致した。


「あ? 今? なんだって!」


 だが、ライアスの言葉にベラムが声を張り上げる。


 憑依中の妹と会話をしたつもりが、声に出てしまっていたらしい。これ以上関わるのも面倒だ、と前に向き直るライアスだが、ベラムがその頭部に掴みかかった。そうして強引にライアスを振り返らせる。


「おい、この闘技場の貴公子ことベラム様の話が聞けねえってか?」


 ベラムはおもむろにライアスの顎を掴み、グイっとその顔を寄せる。そうして威圧的な目で睨みつけた。

 それでも、ライアスは表情ひとつ変えずに返答をする。


「ん~? 貴公子だなんて初めて聞いたぜ?」


 その反応に苛立つように、ベラムはさらに顔を近付けた。今にも額がかち合いそうだ。


「冗談、だよな? それともお前は赤ちゃん? 俺を怒らせたらどうなるかって、わかってんだろうな⁉ なぁっ‼」


 その瞬間、「ゴツン」、と鈍い音が店内に響き渡った。


 周囲の人間はきょとんとしていたが、ベラムが呻き声を上げて鼻頭を押さえると、ライアスが頭突きをかましたという事実に気付いて騒然とした。


「あ、あんた!」


 マーシュが驚きと心配が入り混じった声を上げる。しかしライアスは一切の物怖じなく毅然と言い捨てる。


「わからねえって言ってんだろ? こっちは飯食ってるのを邪魔されたくないだけだ」


 ベラムは涙目で鼻頭を押さえながらも、凄まじい形相でライアスを睨みつけた。


「……てめえっ‼」


 憑依中のフライアがおろおろしながら兄に目配せをする。


(や、やっちゃう、よ?)


 既にベラムは拳を振りかざしている。次の瞬間、ブンと空気を切り裂く音と共にその拳が振り落とされた。

 ……が、ベラムの拳が殴りつけたのはライアスの顔面ではなく、その眼前に現れた氷壁だった。


「なっ⁉」


 突然現れた氷の塊を前に、ベラムが素っ頓狂な声を上げる。

 ライアスの目がギラリと光った。


「そうらっ!」


 唖然とするベラムの顎を目掛け、ライアスの拳がアッパースイングされる。その手には肉を食べていたときのフォークが握られている。




 ──その先端が、ベラムの顎に見事なまでに突き立った。


「あっ⁉」

(あれ? あれえ⁉)


 想定外のクリーンヒットに兄妹は揃って仰天した。避けるか、避けられないにしても多少は防ぐだろうと思っていたのだ。

 ベラムは地面に転がりもがき苦しんでいる。


(嘘だろ? 『ぐしゅっ』っていったぞ? 思いっきりフォークが顎に入っちまったぞ??)


 憑依中の妹にそう声をかけながら、ライアスは慌てたように手の中のフォークを見やる。その先端にはべったりと血が付いていた。


「お、お前! ベラム様になんてことをしやがる!」


 部下らしき男がベラムを介抱しながら怒鳴った。気付けば兄妹は戦士の集団に取り囲まれている。「ウェイの宿敵はシリウスのエース」、といった旨をマーシュが話していた。ベラムがその本人なら、この戦士たちはシリウスの選手なのだろう。


 その男たちの形相を見て、ライアスは壁に掛けていた剣を手に取った。


「あ? 俺も想定外だって! 今のフォークぐらい、平気でかわすと思ったぞ!」


 にじり寄る戦士たちを見回しながら弁明する。言い訳にとられるだろうが紛れもない本音だ。互いに睨み合い、じりじりと間合いが詰まっていく。


 だが、そこにマーシュが声を上げた。

「ウェイ! 早くっ!」


 ウェイを先頭に、店の出入り口から格闘家たちが飛び込んできた。ラム・ガルムの選手たちだ。

 兄妹を取り囲んでいた戦士らがにわかに浮き足立つ。


「駄目だ、くそガルム共が来やがった。撤退だ!」

「ベラム様を隠せ! 連中に見られるな! 覚えてろよ!」


 戦士の集団は悪態をつきながら、瞬く間に店を飛び出していく。何人かはしきりに「隠せ、隠せ」と叫んでいる。


(隠すって、何?)


 フライアが思わず呟いた。戦士たちは隊列を組むようにべラムを覆い隠している。

 「覚えてろよ」と怒声を上げて逃げ出す集団を眺めながら、ライアスはフン、と鼻息を鳴らした。


「……せいぜい良い意味で、俺が覚えていられるような活躍してくれよ」


 そう呟く中、布に包まれたベラムを抱えた一団は外の闇へと消えていった。


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