074 闘技と歓声の狭間で
特等席に我こそはと奔走する観客をよそに、兄妹は闘技場の中を回ることにした。
闘士のランクが低くなるほど闘技場の質が下がり、観客席も少なくなる。
観客が一人もいない試合もあって、こうなると闘技というより練習試合だ。観客席との間には薄い柵があるだけで、かなり間近で試合の観戦ができる。
兄妹はいくつかの試合を観て回り、感想を言い合った。そうして二戦、三戦と観戦するうち解説者や評論家のような気分になって、闘士たちにも愛着がわいてくる。
フライアは懸命に戦う闘士を見守るようにしながら、満足気に頷いた。
(このくらいの近さで見られるの、いいね)
ライアスも頷いて感想を述べる。気付いたことがいくつもあった。
「今のがDランク同士の選手だったのか。さっき見たBランクと比べるとやっぱり動きとか立ち回りが違うんだな。あと、弓とか魔法とかも使えるのな、この闘技場。遠距離で撃てるほうが有利なんだろうけど、そもそもそんな攻撃を当てさせないような双剣士みたいなやつもいる。互いに苦手な奴がいる中で、あいつらは上手く立ち回っているんだな」
個性豊かな闘士たちが創意工夫を凝らして戦う様子に、兄妹は感心していた。
次に観た試合は鎖の先端に錨状の鉤爪がついた武器を持つ重戦士と、両手に短剣を持って戦う双剣士の対戦だ。
開始早々、鎖を手にブンブン錨を振り回す重戦士に対し、リーチの短い双剣士は距離を取って隙を窺い続けている。
(なんか……ずるい)
フライアが思わず呟いた。ライアスも小さく息を吐く。
「あれは簡単に近づけないよなあ。上手くかわしてるけど、双剣の人、どうするんだ?」
リーチの差に重量の差。武器にはそれぞれ特徴があるのは当然だが、この組み合わせを見る限り、双剣士が一方的に不利だ。
重戦士は錨を振り回しながら、にじり寄るように前へと進んでいく。双剣士が一歩でも近付こうものなら、すぐさまその錨を叩き込もうという構えだ。勢いよく回転する錨の内側に入り込むような隙は見当たらない。
双剣士は後退するしかなく徐々に試合場の隅へと追いやられ、やがて床にあるラインを踏み越えた。
そのラインは試合場のエリア範囲を示すもので、外側に出ると一定時間の経過で戦意喪失とみなされ、ルール上反則負けとなる。
(ああ……時間切れになっちゃう)
双剣士を応援するフライアは気が気でならない。
「なんか、なんか仕掛けるんだろ?」
ライアスもそわそわと落ち着きがない。ついつい不利な闘士を応援したくなる。
しかしそのまま時間は過ぎ、勝利を確信した重戦士がニヤリと白い歯を剥き出しにしたその時。
「……お?」
双剣士に動きがあり、ライアスは目を瞠った。
双剣士は短剣の一つを錨にぶつけて鎖を絡め取らせると、すぐさま短剣を手離し衝撃を逃れ、勢いそのまま重戦士の懐に身体を転がり込ませた。
剣撃の反動で錨の円運動が乱れ、鎖に絡んだ短剣が重戦士の脇をすり抜ける。
重戦士の表情が一変したその瞬間を双剣士は見逃さなかった。残った短剣を使い暗殺者のごとく相手の身体に剣撃を叩き込む。胴、腕、肩と痛撃を与え、そのまま相手の背後に回り込んだ。
「うぐあっ! ぐっ……!」
重戦士は痛みに悲鳴を上げながらも鎖を引いて錨を手繰り寄せる。しかし気付けばぴたりと背中に張り付いた双剣士の刃が、その首元に添えられていた。
一瞬の出来事に数少ない観客たちからどよめきが起こる。
危険部位にまで刃物がアプローチしたという判定により、試合は双剣士の勝利となった。その鮮やかな逆転勝ちに兄妹は自然と拍手を送る。
(今の、すごい!)
「見事だったなあ。双剣の人、妙に冷静だったけどちゃんと隙を狙ってたんだなぁ」
これまで見たことのない戦いに、兄妹は興奮を覚えていた。
「あと、今回負けたけど錨ってのも面白いな」
(ぶんぶん回してるだけなのに)
「だから、だよ。振り回してるだけで牽制になる。そりゃ、すごい遠心力がかかるだろうし身体が持っていかれそうだけどな」
ライアスが双剣士と錨を持った重戦士の動きを身振り手振りで思い出す。
「投げて、それを引いて戻す……」
(何言ってるの?)
妹に問われ、ライアスは「いや、なんでもない」と首を横に振った。
(ふうん……。でも、面白い)
戦いや喧噪を好まないフライアも口元をほころばせている。
「さっきの、最初に見てたやつと比べて?」
思わずライアスが問いかける。先程の格闘家と剣士の試合では、フライアは終始不満そうだった。
(うん、近くで見られてるからっていうのもあるけど)
こうして一通りの観戦を終えた兄妹は出入り口のあるロビーへと戻った。
壁際に腰掛けられそうな場所があったので、そこでひと息つくことにする。さすがに歩き疲れた。人目につかないことを確認してから憑依を解き、兄妹は揃って腰を下ろす。
そのまま休憩がてら、人々の会話にしばらく耳を傾けてみることにした。
「よ―今日どうよー、俺千二百マーシャルの負け」
「負けたー、俺八百マーシャルのマイナス!」
「かーっ! あのおっさん、勝ちやがったよ、いつも負けてたくせによ~」
「次、ザムバロンの試合だ! オッズは二・一倍だってよ!」
「いった! いったよ! 一か八かで買った五倍のが!」
「シリウスは強えなぁ、十人出場で九人勝ち上がりかよ」
「あ―今日もその施設団は全滅ですか、存続の危機の中でこれは痛手ですなぁ」
「おーい、ポルックスの試合選手が変わったってよ! 買い足し急げっ! チャンスだ!」
活気に溢れた場内にはさまざまな会話が飛び交っている。
「……みんな、元気ね」
フライアは呆れるように言った。
耳に入ってくるのは賭博絡みが多く、闘技そのものの変化を気にする声は聞こえてこない。
「な? 俺らはここの観客とは別のところを見てたんだな。なんか、疲れちまったな」
「戻ろっか」
兄妹はやれやれとため息を吐いて会場を後にした。
表に出ると闘技場の西側に人だかりがあった。どうやらそこは選手の出入り口らしく、今日の試合を終えた闘士を観客らが取り囲んでいる。
花形選手らしき闘士がにこやかに手を上げると、周りの群衆から黄色い声が上がった。
その様子を眺めながら、フライアがふと口を開いた。
「あの人、かな。剣士だった人」
その視線の先をライアスも見やる。群衆に囲まれているのはいかにもスター、という感じの美男子だ。
「ん~? あの、観客の女子たちにキャーキャー言われてる奴?」
フライアは「そう」と言って頷いた。正統派の格闘家を相手に不自然な勝ち方をした剣士が、その青年のようだった。
兄妹はしばらくそのまま様子をうかがったが、剣士は一向に帰ろうとせず長々とリップサービスを続け、周囲の群衆もそれに飽きることなく呼応している。
やがてライアスはくるりと反転すると両手を頭の後ろに回し、「……帰るか」と呆れるように呟いた。東の街中へと向かい歩きだす。
「ここじゃ宿も金かかるんだろうし、暗くなる前にアトリアまで戻ろう」
ライアスは日の高さを確認しながら言った。ここは娯楽都市のため物価も宿泊費も高いが、今ならまだアトリアまで戻れるはずだ。
フライアも「うん」と応じたがどこか上の空で、
「……でも……あの対戦、やっぱり変だった」
そう呟いた。その様子にライアスが首を傾げる。
「珍しいな。まだ引きずってるのか? ……初めて見た闘技がそんなに納得いかない一戦だなんてな」
今日観た闘技に思いを馳せつつ、兄妹はザウラクの街を東へ進んだ。




