073 大一番(?)の闘技観戦
闘技場場内。
闘技が行われる場所は「闘技の間」というらしく、それは複数あるようだ。兄妹は闘技場の通路を進みながらいくつかの「闘技の間」を覗いてみる。
闘士が競う試合場が中央にあり、その周りを観客席がぐるりと囲っている。闘士はランク付けがされているらしく、その高低により部屋の規模も異なるようだった。
「外から見るとでっかい空間が一つしかないように見えたけど、実際はいくつもの場所で競ってるんだな。で、席のチケットがあれば各フロアの前のほうに座れるってことか。それでもって、闘技が何戦も立て続けにできるようにして、外にはいくつも闘士育成施設ができるわけだ」
ライアスが感心するように言った。
ザウラクには闘士の育成施設が複数あるというが、毎日のようにこのスケールで闘技が行われているのなら、その規模が大きくなるのも納得がいく。
(みんな、ここで戦い続けるの?)
フライアは闘士を眺めるようにしながら不思議そうに言った。
「そういうことなんだろうな。そんな力も体力もあるならもっと別の使い方できないのかって思っちまうけどな」
モンスターを狩り、野盗と戦い暮らしていた故郷での日々を思い出す。戦いが生きる術そのものだった兄妹からすると、ザウラクの闘技は摩訶不思議にも感じられる。
「で、そこらじゅうに賭博受付があって、観客もギャンブルに盛り上がるってわけだ」
ギャンブルという言葉にフライアは再度首をひねる。
(小さい子もしてる……の?)
「え? さすがにそんなわけ……」
そう言ってライアスが周囲を見渡す。
すると賭博の受付をしているらしいグループが目に入った。慣れた手つきで賭博券に書き込みをする彼らは、二十歳の兄妹より明らかに若く、中には十歳くらいの幼い貴族風の少年も混じっている。
「……あるんだな。こっちはなけなしの軍資金しか残ってないってのによ」
大人たちは我先にと賭博の受付に殺到している。その熱気に追いやられるように通路を歩く兄妹のもとに、係員のアナウンスが聞こえてくる。どうやら有名な闘士が競い合うようだ。
観客の多くがアナウンスに誘導され一斉に通路を流れていく。その流れに巻き込まれたライアスはもみくちゃになり、結局はそのまま流れるかたちでアナウンス通りのフロアに向かった。
たどり着いた場所はこれまでの「闘技の間」と比べてかなり広く、しかし隅の隅まで観客で埋め尽くされていた。
「……全然見えないぞ」
ライアスは男性としても少し背が低く、闘技者の姿はおろか人の頭しか見えない。仕方なく頭上を浮かぶ妹に目を向ける。憑依したフライアなら高い位置から闘技を観戦できる。
(じゃあ、ちょっと見てる)
「ああ。どうせ俺は記憶に残せないから、お前が見たほうがいいんだろうけど。……こんなにドキドキしない大一番ってあるか?」
そう言ってライアスは不満そうに腕組みをした。
無理に離れすぎると憑依が解けかねない。フライアは兄の頭上からできるだけ身体を伸ばし、しばらく競技の観戦に入る。
(う~ん……)
競技を観戦しながらフライアは不思議そうに唸っている。飛び交う応援の声、沸き起こる歓声。
しかしライアスには何が起こっているのか皆目見当がつかない。
「……」
(……)
フライアは競技を解説してくれることもなく、やがて痺れを切らしたライアスはせっつくように声を上げた。
「ど、どう? 大歓声は上がってるけど、面白いか? ……どうなんだ?」
しかしフライアは「うーん」と唸って応じるだけではっきりしない。
苛々したライアスが身体を揺すりはじめた頃、試合の終了を告げるゴングが鳴り響き、観客たちからどっと歓声が上がった。
「な、なんだ? 勝負着いたのか? どうなったって?」
この時くらいは何かあるだろう、と妹を見るライアスだが、フライアは微動だにしない。
「……ん? で? どうなんだ? どうだったんだよ?」
(なんだろう? 面白く動いてた人が負けちゃって)
試合展開が不可解だったのか、フライアは首を傾げたままだ。
「面白く動いていた?」
(格闘家の人。動き良かったの。相手の人が剣士。ちょっと応援してたのに、負けちゃった)
インプットが苦手で記憶力に乏しいライアスに比べ、妹のフライアはアウトプットが苦手で伝達が不得意だ。そんな妹の片言を汲み取るのはライアスの役目だが、さすがに今回ばかりは要領を得ない。
「あぁ~、なに? その格闘家に一目ぼれでもしたか?」
苦し紛れにライアスがおちゃらけると、フライアの耳がみるみるうちに赤く染まった。
(ちがう、ちがう……! その……! だから……!)
懸命に説明しようとするが、伝達能力に欠けるフライアは言葉にできない。
「ゆっくり、ゆっくりでいい」
ライアスがフォローしてようやく、ぽつりぽつりと説明がはじまった。
(その、剣士の人、すごいと思えなかった。格闘家さん、攻撃しながらちゃんと立ちまわってた。変だったの。剣士の人、なぜか勝ってた)
「うーん……」
常に同じ景色を見てきた兄妹だが、片割れの視覚だけではこれほどまでに情報共有が難しいものかと改めて思い知らされる。
理性が切り分けられた《独りの兄妹》ならではの悩みだ。
「ちょっとアナウンスを思い出してるけど、ナニナニを防いだ~! とかこれがなんちゃらの力だ~! とか、あと貴公子の稲光が炸裂ぅ! とか言ってたか?」
どうにか試合の全貌を捉えようと、ライアスが覚えている限りのアナウンスを口にしてみる。
するとフライアは興奮気味にこくこく頷いた。
(そう! そう! それ、全部剣士の人)
ライアスは首を傾げる。アナウンスはすべて剣士のアクションに対するものだったらしい。なんだか偏っているし、妙に派手な印象だ。
(格闘家さんは格闘家さんだった。でも、剣士の人、変な力ばかり使ってた)
その言葉で、なんとなくライアスの頭にも試合の情景が浮かんでくる。
「あー……こういうこと? 格闘家は正々堂々やってたけど、剣士は闘技に似合わない小細工で打ち負かしてたって感じか?」
(声っ! 声っ!)
兄の言い回しに焦ったフライアがその口を押さえるが、憑依中のため防音効果はない。
ライアスも迂闊だったことに気付き、「おっと……」と呟き周囲を見渡した。会場には血の気が多いファンがごろごろいる。選手批判はすぐさまトラブルの火種となってしまうだろう。
幸い、どうやら兄妹の独り言には誰も気付いていないようだ。ライアスはホッとため息を吐き、やや不自然な試合の内容を改めて振り返る。
「ふーん……。それが何か神官たちが言ってたことに繋がるのかな」
ミッションの指令書には「闘技場に変化があり残念がる人々が多い」と記されていた。その実情を調査するのが兄妹の仕事だが、何らかの裏があるのかもしれない。
ライアスが思案に暮れているとやがてアナウンスが流れ、観客たちがぞろぞろと移動をはじめた。どうやら目玉となる試合がまた行われるらしい。
「有名選手になるとこうやってお知らせが入るんだな。でもこれ、他もやってるんだよな? それなら空いてるほうを回っていったほうがいいんじゃないかな」
(かもね)
調査をするなら規模の小さい試合も観るべきだろう、とライアスは考えた。
目玉の試合を観にいけば、どうせまた観客の頭を見るはめになる。憑依中の妹に観てもらいその説明を解釈するのは効率が悪いし、何より自分が退屈だ。




