072 戦いと娯楽の都ザウラク
大陸屈指の戦士が集う都――
武闘の都ザウラクは、巨大な闘技場をシンボルとした娯楽都市である。闘技とそれに伴う賭博はあまりにも有名であり、闘技場を中心とした観光業だけで経済が成り立つとさえ言われている。
街中は観光客の熱気に溢れ、商店は呼び込みで活気付いている。早朝の馬車に揺られてザウラクにたどり着いた兄妹だが、そこからが遠い。都の中心地は人とお店で溢れて馬車が通れないほどで、終始見慣れない巨大な建造物に目を奪われっぱなしだ。
「こりゃ、またでっかい都だぜ。真ん中に見えるのが闘技場か?」
感心するライアスの横で、フライアはきょろきょろと落ち着きがない。
「はぐれたら大変そう……」
「店も屋台も人でごった返しだな。人ごみの中は憑依したほうがよさそうだ。……で、ここには何しに来たんだっけ?」
「ええと、ミッションは……」
記憶力に乏しいライアスをフォローするのは妹の役目だ。
フライアは腰に下げたポーチを探り、一枚の紙を取り出した。それには三神官の一人フェルディナントから下された指令が記されている。
『東の大陸マーシアでも屈指の人口と規模を誇る娯楽都市ザウラクは活気に溢れ、一目見た印象では理想の都そのものに見えるだろう。シンボルである闘技場は百年以上の歴史があり、今もなお絶大な人気を誇っている。
だが、近年その闘技場から様々な変化があると聞く。戦いの多様化により、弓術や魔法も認められるようになったらしいが、随分変わってしまったと残念がる人々も多いと聞く。調査を続けたかったが、立場上表立った行動ができなくなってしまった。そこで、お前たちの立場と視点を使って詳細を調査してほしい』
その文書を改めて読んだライアスが感想を述べる。
「ほんと、知らないとわかっているからか、経緯までしっかり書いてくれたな」
「……それ、言ったの四回目」
妹の突っ込みにライアスは言葉を詰まらせた。どうやら過去に三回、同じ感想を言っていたらしい。
「よ、要は監視されない俺たちの目線で変化を見てくれってことだよな。そうと来たら、まずは闘技を見てみるか」
記憶力の無さを誤魔化すように頭をぽりぽり掻きながら言うと、ライアスは人気のない建物の陰へと入る。そして、誰もいないことを確認してから振り返って妹を手招きする。
フライアは頷き、人目に注意しながら兄のもとへと駆け寄った。その身体がふわりと浮き上がり、スッと消える。
理性を切り分けられた《独りの兄妹》が持つ、憑依と呼ぶ能力だ。
「ま、これなら存分によそ見してもはぐれやしないな。しっかり見ていくぞ」
(うん)
ライアスは実体が見えない、ふわふわと浮かぶ妹を従えながら、大勢の人が集まる闘技場へと歩みを進めた。
(入場だけでこんなに高いの……?)
兄の頭上に浮かぶフライアが困惑するように呟いた。
大混雑の人混みを掻き分け、兄妹はどうにか闘技場の受付にたどり着いた。ところが観覧席のチケットは既に完売、手に入ったのは入場券のみ。しかもかなりの高額で、王都から支給されたミッションの資金はほとんどが尽きてしまった。
「席まで取ったらこの倍かよ。随分太っ腹って、神官から金受け取ったけど、このためだったんだな……」
渋々入場したライアスが嘆くように言う。大金と思っていた資金はむしろ少額だったらしい。
フライアもため息を吐く。娯楽都市で遊ばないように、というフェルディナントの意図が透けて見える。堅物な神官はミッションの発注においても抜け目がないようだ。
(そもそも、足りなかったのね……二人だと……)
その呟きにライアスが「……ん?」と首を傾げる。それからハッとして叫んだ。
「あーっ! やべえ、今の一人分か!」
入場券を一人分しか購入していないことに気が付いたのだ。憑依したフライアを視認できるのは拠り所となったライアスだけ。周囲からすれば兄妹は一人にしか見えないのだ。
(しーっ! しー!)
憑依中のフライアが慌てて唇に指を当て、ライアスはポンと拳を手の平に乗せる。
(一人であの料金かかるわけか! ……でも、そうか、憑依していれば一人分で済むんだな)
心の内でライアスがひっそりと呟く。それを、フライアは呆れたように額に手を当てた。
(そういう意味じゃない……)
見えないからといって一人分でいいわけがない。だが、今更「実は二人でした」と打ち明けるわけにもいかない。資金だって余裕がないのだ。
……しばらく立ち止まった後、少し後ろめたい思いを誤魔化して、兄妹は闘技場を奥へと進んだ。




