071 傭兵ギルド『ブラザーズ』の初任務
神官と勇者によって支えられ、秩序が保たれる王の都アウストラリス。
西の大陸メイシアとの衝突に備えんと意気込むこの都に、とある小さな事務所が構えられることになった。
事務所の名前は『ブラザーズ』。
設立者にちなんで名付けられたその傭兵団はまさに今、活動を始めようとしていた――
王都直属のギルド『ブラザーズ』。
王の都アウストラリスに特例として設けられたその組織は、特異な境遇を生きる年若い兄妹によって立ち上げられた。
兄妹の故郷は、大陸一の田舎と揶揄される緑の都シェラタン。都にのさばる野盗から逃れるようにはじめて故郷を離れ、その後アウストラリスで《勇者》と出会った。その後も学術の都アトリアから港町クルサ、魔法の都アルニラムと巡り、再び王の都へと戻ってきた。
さまざまな出会い、そして戦いを経て、さらなる世界との繋がりを求め、立ち上げた傭兵団。
兄妹はそれを「ブラザーズ」名付けた。
メンバーはたったの四人。ギルド創設者である兄のライアスと妹のフライア。己の力試しに奔走する勝気な青年傭兵ウォルフ。故郷である騎士の都を追われた誇り高き新米女騎士イリューア。精鋭と呼ぶには程遠い面々ながら、『ブラザーズ』は王都公認の組織として正式に裁可を得た。
「お前ら、兄妹だからって、どこまでその関係と名前にこだわるんだよ……」
ギルドの始動にあたり招集されたウォルフは呆れるように言った。
兄妹がずっと一緒にいるのを見てきた彼からすると、そのギルド名に突っ込まずにはいられないようだ。
「特に深く考えたわけじゃないさ。ほんとに、俺たちにはそれくらいしか特徴なんてないからな」
ライアスは表情ひとつ変えずに応じた。相変わらず愛想の無い対応にウォルフが軽くため息を吐く。
「ブラザーズ」がギルドとして正式に認められた翌日。王都アウストラリスを統べる三神官の一人アウラによって、その拠点が設えられた。王都にそびえる宮殿の敷地内、その片隅にある小さな塔の一室である。
倉庫だった部屋を改装した簡易的な事務所で、兼ねてから使われていたであろう古い事務机とソファのある商談スペースに、部屋の片隅を簡易的な仕切りで区切った休憩スペースがある。住み込みで作業するための最低限の設備といえるだろう。
「小さな空間で、ここまでの移動も少し苦労する場所となってしまいましたが、ひとまずはあなた方のお部屋として使ってくださって結構です」
そう話すアウラは凛とした姿でありながらどこか無垢な印象がある。王都を象徴する天使、という表現が相応しいだろうか。
そんなアウラに対し、ライアスはやはり無表情のまま頷く。
「ああ、これだけあればとりあえず十分だ。ありがとうな」
「はい。あと、事務机に今回の件で用意した数枚の契約書がありますのでご提出ください。これからのご活躍を期待しております」
そう言ってアウラは柔らかく微笑んだ。
それから小さく会釈をすると、「では私はこれで」と去っていく。政で忙しいのだろう。
「はぁ~……」
ホッとしたフライアが気の抜けた顔でソファに腰を下ろす。
「あぁー、やっぱり。野盗が襲ってこない安心感はいいねぇ」
ライアスはそう言って大きく伸びをした。
それを見たウォルフが「まったく……のんきな奴らだぜ」と言い腕を頭の後ろに回す。
事務所に居るのはライアスとフライアの兄妹に、傭兵のウォルフだけ。もう一人のメンバーである女騎士イリューアは初任務として緑の都シェラタンに赴いた。野盗から都を守る「自警団」をウォルフに代わって取り仕切る。
「さっきこのギルド宛てに、ミッションが公開されたぜ。情報収集の話ばかりだが、行き先が西側だ。ようやく行けるようになったってもんだぜ」
「自警団」の統率者としてシェラタンに長いこと駐留させられていたウォルフは、晴れやかにそう言った。シェラタンは大陸の南東に位置している。
ライアスは「お、西って言うと」と呟き、壁面に張られた世界地図に目を向けた。
「……貿易の都ナシラか、武闘の都ザウラク、か」
兄妹もここから西側の都にはまだ足を踏み入れたことがない。
ここ東の大陸・マーシアは、西の大陸・メイシアと臨戦状態にあって、戦いの最前線である西側ほど危険な地域として知られているのだ。
「どっちも依頼が来てる。俺はナシラがいい。戦の都に行くまでの中継地点だ。そこで何が起こっているんだか見てみたいんだ」
意気揚々と話すウォルフに対し、ライアスも頷く。
「おう、なら俺らが武闘の都の……ほうだな」
「いい加減都の名前くらい一発で覚えろよ!」
確認したばかりの都の名称がもう抜け落ちていることに、ウォルフは苛立ちを露わにする。
ライアスは「う~ん」と低く唸った。ある特異な事情により、記憶力が極端に悪い。
「ま、やっと自分の力が試せるんだ。先行くぜ」
やれやれと立ち上がるウォルフ。それを見てライアスが声を上げた。
「ああ、ウォルフ!」
「なんだ?」
「この前のカムトの忠告、忘れるなよ」
西に行く、とウォルフがその意思を言葉にしたとき。三神官の一人カムトが強い語気で忠告したことをライアスは思い出す。
西に向かった人間は全てを失いやつれて帰ってくるか、大けがをして運ばれてくるか、そのまま消息が途絶えるかのどれか──。
「……ふっ、なんか、お前が言うと説得力があるんだか無いんだか」
ウォルフは軽く笑って応じると、「わかったよ」とばかりに手を振り事務所を出ていった。
それを見送ったライアスが小さく息を吐く。
「説得力、か。そうかもな。あの時のこと、よく俺も覚えてたもんだ」
成り行きをソファで見ていたフライアが「ほんとにね?」と頷いた。
記憶力の悪い兄が昨日の会話を覚えているのは珍しい。それだけ印象的な話だった、ということだろう。
「さて、それじゃ俺たちも……ザウラクに向かうか」
地図を指差し確認しながら言うライアス。妹の方を見ると「行こう」と手招きをした。
しかしフライアは目を閉じてがっくりと首を折り曲げる。
「どうした?」
兄の問いかけに対し、フライアは事務机を指差す。
「……契約書、忘れてない?」
ライアスは事務机にある書類を見て、「おう……」と呻いて頭を掻く。「ブラザーズ」の設立にあたり提出を命じられた契約書だ。やはり記憶力は悪いままらしい。
書類は数枚あり、一枚あたりの項目数も多い。ザっと目を通しただけで頭が痛くなりそうだ。
兄妹は慣れない事務処理に力を合わせて取り組んだ。ところが埋めるべき項目が多いだけではなく、何を記入するのかよく分からない欄もある。作業は難航し、気付けばあっという間に昼を回っていた。
やっとのことで書類を記入し終えたライアスは、身体をぐったりと背もたれに預けた。
「今からザウラクに歩いて行ったところで寝るだけだぞ……」
武闘の都ザウラクは大陸の中でも規模の大きい娯楽都市、と聞く。下準備はできておらず、泊まれる宿の保証も無い。
また、王都とは山で隔てられており直接繋がる街道がなく、北にある学術の都アトリアを経由して行かなければならない。
ライアスは思わずため息を吐いた。
「まずは行くまでのルートを押さえねえと。アトリアまで、とかでもいいから王都から馬車が出てねえかな」
日が傾きかけた夕刻、兄妹は移動手段を求めて王都を巡り歩いた。そして夕日が水平線に触れる頃、ザウラク行きの定期便をようやく見つけた。
出発は明日の早朝。兄妹はそそくさと事務所に戻り、休憩スペースに設置されたベッドで眠りについた。




