070 新たな門出
兄妹とイリューア。
一度は剣を交えたが、紆余曲折の末に《仲間》として向き合えるまでに至った。
互いを認め合い、満足していたその時。
言い争うような声が宮殿内に響く。見ると通路の向こう側に見える扉がバタン、と乱暴に開いた。
「ちょっと! 待ってよ! 今回だけだって! もう延長もしないからさ!」
「断る! 代わりを用意しなかったおめえの管理能力を疑うね!」
部屋の中から現れたのはウォルフ、そしてその後を追いすがるように、英知の力を継ぐ神官・カムトが姿を表す。
一行が「なんだ?」と注目する中、ウォルフが喚くように声を荒げた。
「ったく! 散々人を待たせておいた挙句に『あと十日待って』とか、どうせ折り合いもついてねえんだろ!」
カムトはそんなウォルフを必死に説得しているようだ。
「そんなことないって! 今度こそはアヴァラン率いる軍が戻るから! 代わりはそこから出すって!」
「折り合いがついてねえんだよな! そうだよなぁ!」
兄妹はキョトンと顔を見合わせた。
「ウォルフの声」
「ずいぶんと騒いでるな。……ああ、そうか。あいつ、カムトに用があったんだっけ」
ウォルフはカムトを置き去りにずんずん歩き、やがて目の前の兄妹に気が付いた。
「あ? ライアスか。悪いがもうこの王都に用はないんでね!」
額に青筋を浮かべて吐き捨てるように言う。
その剣幕に半ば呆れながらイリューアが事情を尋ねる。
「話が決裂していたようですが」
ウォルフは憤怒の勢いそのままに口角泡を飛ばした。
「ああ、もう我慢できん。俺はなぁ、自分の力を試すためにやってきたってのに、傭兵どころかただのお使いばかりさせやがって。このままじゃ剣術も魔法も腐るばかりだ!」
するとカムトが慌てふためいて駆け寄ってきた。
「君を見くびったわけじゃない!」
そう言いながらウォルフの前に身体を滑り込ませる。
「頼りにしているんだ。緑の都はこの大陸でも屈指の穀倉地帯。争いが絶えない今だからこそ重要なんだ! まだ脅威が晴れない緑の都で第一線を張れる人材がまだ必要なんだって! わかってくれ!」
「その後継者をちゃんと配置するのがおめえの仕事じゃねえのか! え?」
その会話から大体の事情が分かってくる。
「ウォルフ」
ライアスは怒り狂うウォルフに歩み寄り、平然とその名を呼んだ。振り返った彼はあからさまに不機嫌そうな顔をしている。
「なんだよ」
「その第一線を張るのは他の奴でもできるのか?」
その問いかけにウォルフは訝しげに片眉を上げた。
「あ? まぁ、お前ら兄妹くらいならできるんじゃねえか? 基本は見てただろ? 自警団本部で留守番と新人の受付と指示、都の警鐘が鳴ったら出動して野盗らと追いかけっこ。それだけだ」
質問の意図が分からずにいるウォルフの前で、兄妹は「ふうん」と呟いて顔を見合わせる。
それから二人揃ってイリューアに視線を向けた。
「……イリューア、どう? 行けるか?」
「……へ?」
突然のことにイリューアは「私?」とばかりに自分を指さし、声にならない声を上げる。
それにはウォルフとカムトも顔を向けてきた。
「え、え?」
戸惑う面々をよそに、ライアスが表情を変えずに言葉を続ける。
「何の前触れもなく振ってみたけど、どうだろ? 当てにならない記憶の限りだけど、シェラタンでイリューアのような甲冑着た騎士は見かけたことがないんだ。それにやることと言ったら都の防衛。俺らがいた時は自警団がどうしても後手に回って犠牲者が絶えなかったんだ。そういった人たちを守るには、《騎士》って存在はうってつけだと思うんだけど」
フライアもこくこくと頷いた。
「うん。イリューア、向いてると思う」
緑の都シェラタンを野盗の魔の手から守るという任務。兄妹はその役目をイリューアならこなせる、と思った。
突然のことにイリューアは面食らっていたが、兄妹の言葉にしばし考え込み、やがて表情を晴れやかに顔を上げた。
「……はい! 都の防衛ということでしたら、ぜひ!」
その目には決意の光が宿っている。
カムトは戸惑いながらその成り行きを徐々に把握、やがて表情をパッと明るくした。
「え? えっ! やってくれるの?」
ライアスが頷き、ウォルフに向き合う。
「ウォルフ、引継ぎをしてやってくれないか? そうすりゃ、自由の身になるだろ?」
平然と頼むライアスに対し、ウォルフは突然の展開に動揺した。
「お、おう……。それくらいならいいけど、どうしたんだ、お前? どういう風の吹き回しだ?」
そう言って兄妹とイリューアを眺めまわす。
「まぁ、ついさっき、王都から権限をもらってな。この都に協力するからこの仲間で自由にミッションをやらせてくれって頼んだんだ。王都の希望として、今緑の都に熟練の戦士が要る。でも候補がいない。だからそこをイリューアに入ってもらう、と。問題を丸く収める組織を作ろうって動いてみたんだ」
ライアスが経緯を説明すると、カムトは目を丸くした。
「それ、権限与えたの、アウラ姉さん?」
「ああ、そうだな」
ライアスがそう頷く。するとウォルフが口の端を引きつるように笑い、やがて嬉しそうに声を上げた。
「……へ、へへ。なら、引継ぎを持って俺は任期満了だな! でかしたぜ、ライアス!」
解放感に満ちた表情で、「じゃ、早速」とウォルフはイリューアに引継ぎを切り出そうとする。それをライアスが慌てて止めた。
「あー、ちょっと待った! まだ話が終わってない」
「あ?」
訝しげに振り返るウォルフに、少し考えてから声をかける。
「ウォルフ、引継ぎの後どこか行く当てはあるのか?」
ライアスの問いかけにウォルフは少し考え込み、やがて期待に満ちた顔で計画を話し出した。
「あー……まだ考えてねえけど、手当たり次第この西の貿易の都でも行くかね。目標はそのさらに先、戦の都サダルメリク。西と戦う東の大陸マーシアの最前線だ」
朗々と語るウォルフにカムトが懐疑の目を向ける。
「また、そんなこと言いだすヒトがここにいる……」
「なに? まだ文句あんのか?」
ムスッと睨みつけるウォルフに対し、カムトはやれやれと両手を広げた。
「近年はそう大見栄切って旅立って、いい顔して帰ってきた冒険者を僕らは見ないよ」
そう言うと眉根を寄せて真剣な表情を作り、言い聞かせるように言葉を続けた。
「断言する。例外なく三つのパターンだ。全てを失ってやつれて帰ってくる、大けがをして運ばれてくる、そのまま消息が途絶える。どれかだ」
その強い語気に一同は押し黙った。ウォルフもふてくされながら真面目に耳を傾ける。
「兄さんらと違って、僕はプライドを捨ててでも言うよ。王都は今、ここから西の都の人間たちから見下されているんだ。立地が西の大陸メイシアから遠い、最前線の状況などわかっていないって揃って言われている。それは確かだ。僕らは確かに長年にわたって継承してきた王の、勇者の力を受け継いだ身だけど活躍を示せるものが無い。西の人たちは過去の栄光に頼りすがってるだけだって、そう思っている。でも、そういう都もまた、新米の冒険者を食い物にしてかろうじて都を維持しているだけなんだ」
そこまでを言い口元を引き締めると、怒気を孕んだ眼差しでウォルフを睨みつけた。
「西との争いが激化すればするほど最初にひどい目に遭わされるのは冒険者だ。やつれた彼らが帰ってくるたびに僕らは心が張り裂けそうになる。各地の都の特徴を知らなかっただけで人生を狂わされるなんて、もう見てられないんだよ! いい加減わかってよ‼」
カムトは捲し立てるように、一気に言った。
「……なら、そうならないようにするまでだろ。俺がそんな……」
ウォルフは正面から言い返せず、視線を横に逸らして呻くように言ったが、カムトはさらに声を荒げる。
「さっきサダルメリクに行くって言ったよね⁉ 行き方わかる? 地図通りに行けるわけじゃないんだよ! 近隣で起きたヴォイドの騒動で厳戒態勢を敷いた貿易の都を通るんだよ! そのルールは? わかってるのかよ⁉」
「待て、待て、待て……」
カムトの目には怒りの涙が滲んでいた。
冷静を失った両者に、兄妹とイリューアが割って入り、ライアスがひと呼吸おいてから切り出す。
「要するに、命綱なしにここから西へと飛び込んじまうのが危険ってことだろ?」
カムトは落ち着きを取り戻したらしく、その問いに静かに答えた。
「……うん、ごめん。見苦しいところを見せた」
年下の神官は顔を俯かせ、涙を堪えるように地面を見つめている。惨い仕打ちにあった冒険者たちを数多く見てきたのだろう。
ライアスはなだめるようにカムトの肩を叩き、それから改めてウォルフに顔を向けた。
「なぁ、ウォルフ。悪いようにはしないよう努力するからさぁ。……傭兵のままで俺らのギルドに入らないか?」
「む……?」
ウォルフは顔を上げ、真意を問うようにライアスを見つめた。
「戻ってくる場所があれば立て直せるわけだし、そんな厄介な場所に行くのなら随分と時間もかかるんだろ? ここで王都を見限ったらたぶん、戻りに戻れなくなる。何も背水の陣になる必要もないんじゃないか?」
その言葉が図星だったのか、ウォルフは珍しく表情を歪ませた。
プライドが高く決して弱みを見せなかった傭兵の男が、ひどく感傷的な目でライアスを見つめる。
「……お前は、いや、お前らはそれでいいのか?」
ライアスはフライアとイリューアを見やる。二人は立て続けにうんと頷いた。
それから改めてウォルフに向き合う。
「全然かまわない。何しろ、俺たちは今、あるのは権利だけなんだ」
ウォルフは参ったな、というふうに頭を掻き、そして口の端を上げた。
「……はぁ、会ったときからヘンな奴だとは思ってたが、ここまでおかしなこと考える奴だとは思ってなかったぜ。……わかったよ。いいぜ、乗ってやるよ!」
その言葉に一同は安堵するように顔を見合わせる。
が、そこにウォルフがライアスの顔に指を差した。
「その代わり! ギルド一同でシェラタンに派遣! って言ったところで俺は行かねえからな!」
「……! 構わねえよ。ってか、そんな受注の仕方したら、何のためのギルドなんだか……」
自分たちの故郷にどれだけ嫌気がさしているのか、と兄妹は複雑な思いをあらわにする。その様子にイリューアが珍しく笑い、英知の力を継ぐ神官カムトも顔をほころばせた。
そんな五人を遠目に見守っていたアウラが、穏やかに、そして祈るように目を細める。
(あの方々に、先代の祝福と加護がありますように……)
数日後。宮殿敷地内の片隅にそびえる塔の中に、一つの小さな事務所が構えられた。
王都直属のギルド、『ブラザーズ』の設立である。




