067 旅路で出した答え
「俺たちで、王都のもとで、ギルドを作らせてくれないか?」
アウラが僅かに首を傾げた。
「……ギルド?」
その言葉自体に聞きなじみがないようだった。
ライアスが情報を補足するべく説明を続ける。
「あー、学術の都で流行ってたことがこっちにはなかったわけだ。要は、ギルドという組織で、王都のために仕事するって約束するから、その仕事を俺たちのやり方で自由に決めさせてほしいんだ」
学術の都ではアカデミーの人間がギルドを立ち上げ、チームでミッションをこなしていた。兄妹では手が届かなかった、ミッションを有利に受けられるあの仕組みだ。
しかし唐突なその提案に、神官たちもイリューアも首をひねった。なんとか理解してもらおうとライアスが続けた。
「えーと……どう説明すりゃいいのかな。例えば今、傭兵として登録する時にちゃんと個人情報を記録しなきゃならないんだろ? でもイリューアはしたくない。だよな?」
「……はい」
その問いかけにイリューアが頷く。
ライアスが今度は神官に顔を向けて言葉を続ける。
「だから、『俺たちギルド一団、王都のために力を尽くします!』っていう組織で傭兵に登録したいんだ。その管理は俺がやる。この人数相当で仕事は振ってもらっていいから、やり方は俺たちで決められるようにしたい」
それは兄妹が考えた、名前を明かせないイリューアのための方策だった。
「……え?」
イリューアがキョトンとした顔で呟く。
「えーと……」
アウラもまだ要領を得ない、という感じだ。
「もちろん、イリューアにもこの王都のために仕事はしてもらうぜ。俺たちがちゃんと王都のために力を尽くさなきゃならない。傭兵として降りてくるミッションをギルドの一員として分担するんだ。王都にとっては戦力が増すし、俺たちにとっては任務のやり方を自由に選べる」
ライアスの説明に神官二人は考え込むように視線を落とした。
双方にとって問題がない話のように聞こえるが、前例がないため簡単には認められないのだろう。やがてフェルディナントが顔を上げ、毅然とライアスに問いかけた。
「話を整理させてほしいのだが、つまり個人名を登録したくないからという理由だけで、ギルドという名で覆い隠したい。それだけの望みでそんなことをしたいのか?」
その口調には咎めるような響きも含まれている。
それでも、ライアスは首を横に振った。
「それだけ、じゃないな。正直なところ、俺たち兄妹もこのまま傭兵にはなりたくないんだ」
アウラが首を傾げる。
「なぜですか?」
「なんて言うのかな……」
ライアスがポリポリと頭を掻く。
そう言ってフライアと顔を見合わせた。
そして考えを整理するように間を置いてから、その思いをゆっくりと言葉にした。
「都をぐるっと回ってきたけど、流れに身を任せるだけじゃダメなんだなって。触れたくもない汚いミッションとか、生きるか死ぬかの計画にも参加したけど、他にもう当てがなくてやったことだ。それは経験にはなったけど、ただやって終わりだった」
そう言いながら、アウラを見やる。
「以前東と西の大陸の争いについて話してくれたけど、とてもそんな話に通じるようなもんじゃない。なにか、はっきりとしたことはわからないんだけど、自分で選んで、ことが動かせるようにならなきゃいけないんじゃないかって」
たどたどしく語られるライアスの言葉に、その場にいる皆はなんとも複雑な表情を浮かべる。
ライアスは神官二人の顔を正面から見据えた。
「だから、俺とフライアからの頼みでもある。この王都のために協力するから、俺たちにもミッションのやり方を選ぶ決定権をくれって話だ。無理なものか?」
しばし沈黙が流れる。
アウラは顎に手を当て、思い悩むように俯いたままだ。やがてフェルディナントが口火を切った。
「……アイデアとしては悪くないが、急には受け入れがたい提案だ。それに何も傭兵であるままにはしていないつもりだ。実績を積んだものが今はこの都の兵長や隊長へと昇進し、その者たちがミッションのやり方を決めている。そなたらもそうした実績を積めば……」
しかしライアスは首を横に振る。
「いや、そうじゃないんだ。昇進云々の話じゃない。ただ、やり方を縛られたくないだけなんだ」
「それでは秩序や統率が保てぬ。先ほど王都のために尽くす組織を作ると言っていなかったか?」
フェルディナントは鋭い視線でライアスを見つめたまま言い返した。
王都のためと言いながら、王都のためにならない。そう非難するかのような口調だった。
「いや、その、なんていうのかな……」
ライアスは困ったように頭を掻いた。フライアも思うように兄をサポートできずにいた。
伝えたいことを上手く伝えることができない。いや、伝わったところでやはり無理な話なのだろうか。兄妹は寄る辺なく顔を見合わせる。
返答がないのを見て取って、フェルディナントが話を切り上げるような素振りを見せた時。不意にアウラが声を上げた。
「いえ、待って!」
注目が集まる中、アウラはフライアに視線を向けた。暖かく、優しい眼差しだった。
「フライアさん、今のお言葉はあなたも同意ですか?」
「……え?」
突然の問いかけに戸惑いながらも、フライアはしっかりと首を縦に振る。
「そうですか、お兄さんの出まかせの言葉などではなく、計画された提案ということですね?」
「……はい!」
さらに問われ、フライアはもう一度首肯してはっきりと意思を示した。
アウラは優しく微笑み、兄妹を交互に見やる。その眼差しに感じ取るものがあった兄妹は、にわかに顔を見合わせた。
(……あれ? アウラさんって俺たちのこと)
(……知ってる、の?)
アウラは確認するようにうんうん、と小刻みに首を振る。ややあって、心を決めたかのように口を開いた。
「……わかりました。フェルディナント兄さん、私はこの二人を信じてみたいと思いました」
その言葉にフェルディナントはギョッとして、アウラを睨みつけた。
「アウラ、何を! まだ実績も実力もわからない者たちが勝手にルールを作りたいなどと言っているのだぞ! それを鵜吞みにするつもりなのか!」
アウラは穏やかな表情のまま兄のフェルディナントを見やった。
「兄さん、今の王都がなお、このマーシアで大きな功績を出せずに足踏みしているのは承知でしょう」
フェルディナントが顔をしかめる。
「それは……! だからそれを進めていくために軍人と傭兵という形でこの王都の組織を作ってきたのだ! 数年前まで戦や騎士の都より十何年も遅れた軍事力とされてきたこの都を変えようとしてきたのだ!」
アウラは静かに首を横に振った。
「でも、まだ遅れを取っていることには変わらない。私たちにはもっと改革が必要なはずです」
フェルディナントが歯がみする。忌々しそうにアウラを睨みつけた。
アウラは表情を変えずに言葉を続ける。
「……この方々がどれほどの結果を残すかはわかりません。でも、挑戦する機会を与えなければそれすらわからない。違いますか?」
その毅然とした口調にフェルディナントは押し黙った。
やがて彼は深々とため息を吐く。
「……好きにしろ。ただ当面軍人としては認められん。当然給与としての報酬もなしだ。それでもその者たちが望むのなら、アウラが管理しろ」
「……はい」
アウラが頷くとフェルディナントはマントを翻して兄妹に背を向け、そのまま広間を出て行った。




