063 バランホルンのエレメント講座
バランホルンに従い後をついて歩くと小さな中庭に出た。施設の外壁に囲まれており人目につきにくそうな場所だ。
彼は中庭の中央まで進んで振り返り、腕を組んで兄妹を見据えた。
「さて、一方的な講義というのも面白くないだろう。時間の制限もあるから、今ここでエレメントの細かい話はしないでおこう。もし、君たちからエレメント、もしくは魔法について聞きたいことがあれば話そう」
そう言ってウォッホン、と咳払いを一つ。はじめは柔和な印象だったが、魔法の指導となると引き締まった態度に変わるようだ。
兄妹はやや困ったように顔を見合わせる。聞きたいことがあれば、と言われてもすぐには思いつかなかった。
「うーん、急に聞くと言ってもな。エレメントって確かに不思議なものだけど、身近なもの過ぎて逆に疑うこともなかったんだよな。人だけじゃなくて炉とかにも炎のエレメントが付くし……」
兄の言葉にフライアも頷く。
「気付いた頃には使えてた」
「剣で戦ってばかりいて、特別訓練していなくても一つくらいは使えるようになったな。俺は雷、フライアは……光と氷だよな」
今更思い出すように問いかける兄に、「何度も見てるでしょ?」とフライアが突っ込みを入れる。
バランホルンは兄妹の言葉にうむ、と頷いてみせた。
「そうだな、どんな人間でも、一種類、少し熟練すれば二種類のエレメントは使えるようになる。最近は研究も進み、意志を持たないものまでエレメントを宿らせることができる」
「そうすると? ここで修行していけばもっと多くの種類を使えるようになるってこと?」
少しの期待を込めてライアスが問いかける。
「私は三種類、炎・風・そして土のエレメントを扱っている。もっとも、質を気にしなければそれはたやすいことだ」
バランホルンの返答にライアスはふうん、と唸って腕を組む。
「師匠でも三つ、か。さすがに全部ってことはないんだな」
全部、という言葉にフライアがギョッとする。
「う、うん。たぶん、魔力抜けちゃう」
するとバランホルンは「ふむ、そうだろう」と言い、フライアに目を向けた。
「君は少し感覚に気付いているようだな。一言でエレメントと言ってもそれぞれの属性は独立し、相反する力もある。ソーサラーと呼ばれる二種類のエレメントを持つ者たちはそれらの力を身体に纏わせなければならない。修練を怠れば両方の力が揃って逃げようとする。そこへ追加でエレメントを纏うにはさらに相反し合う力と戦わなければならない。弟子の多くは私のように三つのエレメントを纏うことを目指す」
そう語り、やや呆れるような表情をする。
「だが、形ばかりに囚われた者は短時間で複数扱えただけで舞い上がってしまい、それまで修行で培ったエレメントの力が増幅しないどころか、手放していることにすら気付かない」
「え? 気付かないものなのか?」
その説明にライアスが再び首をひねった。
バランホルンはその疑問に頷いた。
「ああ、残念ながら。一種類しか扱わない君には少し難しい話かもしれないな。例えばだが、もし君たちが同じ魔法で、同じ威力を引き出す魔力を持っていたとすれば、君の妹さんは君より五倍から十倍は魔法の腕に磨きをかけている」
「ええっ?」
ライアスが驚きの声を上げる。妹を見くびるわけではないが、二人の間にそこまでの差があるとは思えなかった。
「エレメントの数だけでそんなに差があるのか? 威力とか、そんなに変わらない気がするけど」
「そう。そこを間違えてはいけない」
それこそがポイントだと、バランホルンが人差し指を突き立てた。
「エレメントは極めて純粋だ。ソーサラーが意識してそれらの力を引き留めなければ自然と術者から去っていく。さっき話した『大気と会話する』ことを怠った者たちがそうなる。修練を怠った弟子たちはしばらく経って自分のエレメントが弱まっていることに気付くが、残念ながらその一部は理由が最後までわからず、並かそれ以下の魔術師となり果ててこの地を離れていく」
そう言ってため息を吐いた。
思わずフライアが眉尻を下げて呟く。
「切ない……」
バランホルンは再度頷いた。
「そんな悲惨な弟子の末路を見るのは私も切ない。だからこそ、彼らには師として出来る限り鬼となって指導をしている。今は手ほどきだから抑えているが、さっきのように、弟子たちからは随分と恐れられる存在でいる」
バランホルンの態度が変わったのはそういうことか、とライアスが納得をする。
「なるほどな」
「大事なのは、いくつエレメントを扱うかという数ではない。それらを身体に纏わせ続ける力だ。エレメントはこの世界の大気に存在しているが、私はいつでもその『大気と会話する』ことが基本だと考えている」
そう話し、バランホルンは兄妹の顔を見やった。
「これはおそらく、冒険者である今の君たちにも関連することだ。エレメントが増えればそれだけ戦略も広がるだろうが、悪戯に増やすだけでは何の役にも立たない、見掛け倒しの手品にしかならないだろう」
その言葉に兄妹は「わかった」、「わかりました」とそれぞれ相槌を打つ。
するとバランホルンはフライアに視線を合わせる。
「特に、今二種類を扱えているという、フライアさん」
「は……、はい」
その真剣な口調と迫力にフライアがギクリとして応じると、バランホルンはにわかに笑ってみせた。
「その力はぜひ大切に磨きなさい。お兄さんが頼もしく思えるほどのエレメントを、二つ扱えるのは基本がしっかりできている証拠だ。繰り返すが、エレメントは数が重要ではない。さっき話した基本を意識していけばおのずとエレメントを纏う力は強まる。さらに多くのエレメントを使いこなす術はその先にある。私はそこからの教えをここで説くことができる」
力強くて頼もしく、さらに思いやりも感じさせる言葉だった。
フライアの表情がパッと明るく変わる。
「……はい!」
ライアスも頷き、両手を頭の後ろに組んで感想を述べる。
「まぁ、今に弟子入りするってわけじゃないけどな。一つの目標ってことで」
するとバランホルンは朗らかに笑ってみせた。
「まあね、本当に弟子入りするなら相当に覚悟を付けてきたほうがいい。私は、修行に関しては一切妥協する気はないのでね」
その言葉に嘘はないだろうと兄妹は直感する。
「それは、ちと恐れ多いな」
「うん……」
恐れおののくような兄妹の態度に、バランホルンがまた顔をほころばせる。
「はは……と、そろそろ時間か。質問が無ければ、本日の講義は以上だ」
ここからは港までが遠く、昼食も済ませなければならない。切り上げるにはちょうどいいタイミングだ。
「はい、ありがとうございました」
兄妹は丁寧に礼を述べ、エレメントの修行場を後にした。




