062 エレメント使いの総本山
翌日。
船が出航するまで時間が空いた兄妹は、魔法の都アルニラムの散策に出かけた。
そのおしゃれな街並みは昨晩も見ていたが、昼になると別の光景が姿を現す。開店した服屋にはパンプキンヘッドが着込んだ洋服が、薬屋には泡を吹いたフラスコが飾られ、商店街の通りにまるで美術館のように並んでいる。
「シェラタンにいた時もたまに行ってきたー、楽しかったー、なんて聞いてたけど、ほんと観光地なんだな」
「ずっとお祭りって感じ」
兄妹はしみじみと呟く。ベベルの店の客がアルニラムの感想を話すのを聞いたことがあるが、今なら感嘆するその理由がよく分かる。
「それで、さっきから目にする洒落たローブを纏っている連中が、この魔法の都の関係者ってことか? ここにもアカデミーみたいなところがあるのかね」
手を頭の後ろに組みながら口にするライアスの横で、フライアは立ち止まりそわそわと落ち着かない様子で行き交う街の人々を眺めていた。
そんな妹の様子にライアスがキョトンとする。
「どうした?」
するとフライアは身に纏ったローブに視線を落とし、
「みんな、おしゃれね……」
そう落ち込むように呟いた。
この旅の間ずっと着込んでいたローブは、念入りに洗ったところでどうしても薄汚れて見える。
フライアは何も着飾りたがる性格ではないが、人と比較されるのが嫌いだ。ライアスはああ、またかと慣れた様子で妹に励ましの言葉を送る。
「気にしたら負けだって! 俺たちは。勝てねえって!」
「……だよね」
フライアはやや気まずそうにしながらも顔を上げた。小さくため息を吐いてまた歩きはじめる。
「むんっ」
足元に転がっていた小石を軽く蹴飛ばした。
気にしない、気にしないと念じながらも、どうしても気になってしまう。
それから兄妹はさらに街中をそぞろ歩く。するとやがて、この都のシンボルと思しき寺院のような施設が建ち並ぶ区画に通りかかった。
その厳格な雰囲気を見て、ライアスが不安を口にした。
「ここは? アカデミーのように関係者以外立ち入り禁止、か?」
違反のような真似をして面倒事に巻き込まれたくはない。
フライアが兄にくっつきながらも辺りを見渡す。
「え、でも普通の人も」
そう言って周囲の人たちを見るようライアスを促した。
見るとここの住民ではない、明らかな観光客や参拝者と思しき人々も遠慮なく出入りをしていた。
「ふーん。そんじゃ、入ってみるか」
歩きながら敷地内の施設を確認する。すると学生のような若者たちが出入りするのも見えた。
「なるほどな、敷地の中にエレメントの儀式場とか修行場があるのか」
エレメントは光や炎、氷や雷といった魔法の源だ。ここの施設で修練を行い、魔法を学んでいるのだろう。
観光客の出入りがあったことで安心した兄妹は、それらの施設を一つずつ見て回ることにした。荘厳な雰囲気を醸し出す数々の施設の中、兄妹は『修行の間』と記されたやや異質な佇まいをした一室で足を止める。
「ここだけちょっと雰囲気違うな。歴史っていうより若者って感があるぞ?」
「ちょっとアカデミーっぽい」
兄妹揃って室内を覗き込みながら呟く。
魔法の修練を行う学生だろうか、瀟洒な紺のローブに身を包んだ若者たちが集い、楽しそうに話している。休憩中なのか外部者も気にせず活きあいあいとする雰囲気に兄妹は足が竦んだ。
「……別のとこ行くか」
「うん」
自分たちがここにいることがひどく場違いに感じられ、兄妹は踵を返す。しかし施設を後にしようとしたその時、背後から何者かが声をかけてきた。
「どうされました? エレメント使いの志願者でしょうか?」
その穏やかな声音に振り返ると、落ち着いた雰囲気の男性が立っていた。
「あ? ああ、いやいや、そうじゃない」
場違いに感じていたライアスが慌てて否定をする。
すると男性はにっこりと笑ってみせた。学生や兄妹より一回りほど年上だろうか、その振る舞いはそれとなく品格を感じさせる。
「そうでしたか。これは失礼。ここの講師を務めている者でしてね。よく外部からの志願者がここで躊躇してしまう姿を目撃していまして、お声がけさせていただいた次第です」
男性は落ち着いた声でゆっくりと説明をした。
「ふーん……」
「先生、ですか」
兄妹がそれぞれ反応をする。男性のその佇まいから講師というのも納得がいく。
「ええ、申し遅れました。私はバランホルン。各地から集うエレメント、並びに魔法を極めたいという弟子たちに修行と訓練の手引きを行っております」
バランホルンと名乗った男性は穏やかな表情のまま兄妹の顔を見据え、言葉を続けた。
「近年は戦いも増え、一流の魔術師として戦場へ臨む者も増えております。エレメント自体は非常に身近な存在となっておりますが歴史は古く、その力を最大限に操るためには長い修練が必要です。単に魔法が使えればよい、というものではない。例えて言うなら、大気と会話できるようになれるまで、訓練は続きます」
その内容にライアスがあからさまに首をひねる。
「たい、大気? 空気と会話しろって?」
バランホルンは愉快そうに笑った。
「ははは、すぐに想像できなくても無理はありませんよ。弟子たちも多くはわかっていませんからね」
するとその時、施設の庭から明るい声が聞こえた。
「あれ~、師匠がナンパしてる~」
どうやらバランホルンの弟子たちのようだ。三人の若者がこちらを覗き込み、冷やかすような視線を兄妹に向けている。
「そんな難しい話、わかるわけないじゃん」
「師匠~、その地味な子が好みなんですかぁ~!」
その言葉が自分のことだと気付き、フライアはたちまち赤面した。
バランホルンは呆れた表情を浮かべて「まったく……」と呟くと、弟子たちに向けてゆっくりと手を掲げる。
すると若者たちの顔が、さあっと青ざめた。
「やばっ! 消される! ち、違います! 違いますって!」
(消される……?)
物騒な言葉にフライアが眉をひそめる。
弟子たちが一目散に逃げはじめる。その刹那、彼らの目前でつむじ風が巻き起こったかと思えば、その渦が瞬く間に激しさを増していき、猛烈な竜巻の如く弟子たちを空中に巻き上げた。
「わああああああぁっっっ!!」
そうして地面に叩きつけられた彼らはさらに暴風に吹き飛ばされ、そのまま兄妹の位置から見えない敷地の奥へと消えていく。
「おおぉ……」
思わぬ光景を前に呟くライアスの横で、バランホルンが深くため息を吐く。
「やれやれ……観光客に対してまで迷惑を掛けおって。重ねてのご無礼、申し訳ありません」
そう言ってバランホルンは丁寧に頭を下げたが、兄妹はまだ冷静な彼に動揺してそれどころではない。
「ま、ま、まぁ俺たちは構わないんだけど。……けっこう、手荒に指導するんだな」
弟子に向けられた容赦ない風魔法を思い返し、ライアスはポリポリと頬を掻いた。
バランホルンはあんなの何でもない、というふうに返事をする。
「最近はあのような未熟者が多いのです。エレメントや魔法という神秘的な言葉に心躍らせ、少しばかり周りよりうまく使えるようになっただけで、あたかも熟練の魔術師気取りをしてしまう。彼らはまだまだ、全くと言っていいほどエレメントを纏わせていないというのに」
その言葉にライアスは首をひねった。
「エレメントを、纏う?」
兄妹も戦いに魔法を使ってきたが、それは聞きなれない表現だった。
すると穏やかだったバランホルンの表情が変化した。眉根を寄せて真剣な顔つきになり、キラリと光るような目で兄妹を見据える。
「興味ありますか? 無礼を働いたお詫びに少しばかり手ほどきをお伝えしても良いのですが」
口調も真剣そのもの、その迫力にやや気圧されるように兄妹は時間を確認する。
船の出航まではまだ時間がある。兄妹は顔を見合わせ、これは魔法について学ぶいい機会かもしれないと頷き合った。
ライアスが少しの時間なら、と告げるとバランホルンはさらに表情を引き締め、こくりと頷いた。
「わかりました。では、こちらの中へ、野次馬になる弟子はいないのでご安心を」
そう言って促すように施設の脇の方に手の平を向けた。




