056 不気味な影の正体
ぎこちなく時間は流れていき、三人は次第に疲労の色を濃くしていった。
ライアスが額の汗を拭いながら頭上を見上げる。
「……崖の上、どうだ? 少しずつ低くなってきたか?」
(だいぶ低くなったんじゃない?)
断崖絶壁が続いてはいるものの、隙間に見える空の面積は徐々に広がってきている。
ライアスは足元を流れる川に視線を落とした。
「川幅も広がってるし、もうすぐ出口、というか海に出られるかな」
川の水は海へと注いでいるはずだ。つまりは下流に向かえば海がある。
「だといいのですが」
イリューアが抑揚のない声で応じた。
「……そんなうまくいかねえって?」
憮然とライアスが言ったその時、それに呼応するかのように低く、大きな呻き声が辺りに轟いた。これまでにない地の底から響き渡るような呻きに、フライアが顔色を変える。
(……ッ! 今の!)
「随分、近いな」
ライアスは辺りを見渡した。
イリューアも表情を硬くして辺りを警戒しはじめる。
「あまりゆっくりとはしていられなさそうです。先を……!」
急ごう、という言葉に被さるように水音が響き、またしてもサハギンの群れが現れた。
咄嗟に武器を構えた一行の視線の先、サハギンの群れの奥にひと際大きな半魚人の姿がある。その個体は川の中央にある飛び石状の足場の上で、グルルル、グルルル、と不気味に喉を鳴らしていた。
「何をしてるんだ? やっていいか?」
ライアスが巨体のサハギンを睨みつける。襲ってくるような素振りはなく、ひたすらに喉を鳴らし続けている。
イリューアは怪訝な顔をしていたが、その表情に驚愕の色が浮かびはじめた。
「何かを呼んでいる……? ……ッ! いけない‼」
その時、一行の川の対岸にある岩壁がドンと大きな音を立てた。にわかに地響きが起こり、足元が揺れる。
何事かとライアスたちが顔を見合わせる。しかしすぐには何も起こらず、喉を鳴らすサハギンのグルルル、グルルル、という声だけが響き続けていた。
「な、なんだよ。もうやるぞ」
そう言って剣を構えるライアスに対し、イリューアが急き込むように声を張り上げる。
「やりましょう! あいつらが呼び出しているのがこの炭鉱の……!」
再びドン、と派手な音が鳴り地響きが起こった。同時に、対岸の岩壁がガラリと崩れ落ちる。
フライアが壁に開いた穴を見やり、ゾッとするように声を上げた。
(なにか、なにかいる……!)
崩れた岩壁の暗がりで、巨大な塊がゆらり、と蠢くのが見えた。
魔物か、巨獣か、それは決して穏やかなものではなく、一行に並外れた威圧感を与える。
「変なものは見るな。突破するぞ!」
そう叫び、ライアスは地面を蹴った。
群れの相手をイリューアに任せ、奥にいる巨体のサハギンのもとに駆け寄る。兄妹で雷魔法と氷魔法を同時に放ち、一気呵成にその個体を斬り伏せた。すぐさま振り向き、群れと戦うイリューアに加勢する。
ここを切り抜け、出口に走らなければならない。岩壁に現れた正体不明の存在が、轟くような呻き声を発しながら岩壁を壊していく。
(壁が破れちゃう!)
フライアが悲鳴のように叫んだ。
「……あいつ、俺たちを狙って出てくるのか? サハギンの仲間には見えねえぞ?」
そう話すライアスの視線の先、壁穴が広がるにつれてその異形が徐々にあらわになっていった。
巨大な四足獣で、その体はゴツゴツした甲羅のような鱗に覆われている。その双眸はこの炭鉱にある鉱石のように青いが、どこか禍々しい光を放っていた。
「オアイーター……!」
その姿を見たイリューアが驚愕の声を上げる。
「そりゃ、なんだ?」
「炭鉱夫たちの天敵です! 鉱石もそれを採掘する人間も見境なく襲う魔獣です!」
その慌てぶりだけでも危険な魔物ということが分かる。ライアスはイリューアの説明を聞くともなしに聞きながらサハギンの群れを打ち倒し、急ぎその先へと走った。
しかしついに岩壁が崩れ去る。すると異形の魔獣は俊敏な動きで岩壁の向こうから飛び出し、ドスンと地響きを立てて一行の前に立ち塞がった。
「グォォォォォ……‼ ガァァァァァ……‼」
憤怒の雄叫びが響き渡り、壁が、床が、ビリビリと振動に揺れる。激しくけたたましいその咆哮にフライアが両耳を塞ぐ。
ライアスとイリューアがその巨体を見上げ、両手で剣を構えた。
「なんでこんなやつがサハギンと共存してんだよ!」
「獲物が違うのです! こいつの狙いは鉱石に帯びている成分とエレメント。肉食のサハギンが狙っているのが我々人間です」
冷静に説明しながらもイリューアの顔は青ざめている。
「あー……。鉱石も、それを集める炭鉱夫も手に入るってか。せっかくここまで何も鉱石を拾ってこなかったってのに……!」
「呑気なことを言っている場合ではありません!」
ライアスを叱咤するように言いながら、イリューアは前へと飛び出した。自分に注意を向けさせるようにオアイーターと向き合う。




