054 掴めない距離感
時折不気味な呻き声が轟く中、三人は出口を目指し歩みを進めた。
やがて少し広い場所に出た。足場の岩に亀裂があり、その裂け目を水が流れて川に続いている。
この川を伝えば海にまで出られるはずだ。
その流れに沿って進むと、ところどころ坑道のような横穴がある。その度に確認はしてみるものの、穴の先は真っ暗闇で肉眼では何も分からない。何も灯りを持たない一行にその先を確認する術はない。
それに日が暮れれば僅かな陽の光さえも失ってしまう。怪しげな横穴を確認するような余裕はなかった。
「こういう中に宝箱でもあるんじゃないかって思うんだけどなあ」
名残惜しそうに言う兄をフライアが脳裏からたしなめる。
(そんな余裕ないよ)
「でも、あれか。川が通ってるんだから小舟があればこの辺も探索できるようになるわけだ」
ライアスが言うとイリューアは訝しげな顔をした。
「ちょっと、何を企んでいるのです?」
「え? そりゃ、小悪党とかが考え出すことをさあ。なにしろこの辺、船とピッケルさえあればそれなりに運び出せそうだもんな」
ライアスはやはりあっけらかんと伝える。
するとイリューアが眉を吊り上げ、叱りつけるように声を張り上げた。
「いけません! このあたりはまだ手付かずでも、山脈一帯はエラセドの領地です。いずれは採掘も行われるような場所に勝手な真似をしたら……!」
しかしライアスは表情を変えない。
「……したら?」
「う……」
するとイリューアは何も言い返さずに押し黙った。悔しそうに顔を伏せる。
冗談で言ったつもりだったが、思いのほか真面目に受け止めてしまったらしい騎士の娘にライアスがフォローを入れる。
「いや、取らないよ。取らないから言ってる。本当にこの辺りを回収するつもりならエラセド出身のやつがいる前で言わないからな」
「……え?」
イリューアはキョトンとライアスを見やる。
「例えば、この話聞いて、お前がエラセドの都に帰ったとするよ。そうすればあとは船で来れるこの手付かずの炭鉱を自由にできるだろ? よそ者がうろつかないように対策も打てるし、新しい採掘場にもなるだろうよ」
流暢に話すライアスに対し、イリューアは何だか不服そうだ。
「えっと……ヒントを言っているわけ?」
「ああ、視点の違いってやつだ」
ライアスは頭の片隅に留められたドリューの言葉を思い出していた。
思想や環境には違いがある。人それぞれ思いも考えも異なるのだ。
(なるほどな。シェラタンで銅鉱石見て喜んで、こんな鉱脈は宝の山だと思ってる俺なら一刻も早く獲ろうぜ、って考えちまうけど、エラセドじゃあ順番なんだな)
自分とは異なる価値観に触れて、ライアスはふむと頷いた。
「ライアス?」
「ん?」
不意に名を呼ばれ顔を上げると、イリューアが不機嫌そうに睨みつけていた。
「……私の事、からかってます?」
「……あ?」
そんなつもりは毛頭ないが、どうも本気で疑われているらしい。
ライアスは慌てて手をひらひらと横に振ってみせる。
「そんなこと思ってねえよ! 俺らだってこの地のことはわからないんだよ。だから敢えて口に出して言ってるだろ? なんの隠し事もできないほど、今は余裕がないんだぞ!」
しかし咎めるようなイリューアの目つきは変わらない。
「でも、今のは……!」
「あ、ああ。雑談だ。さっきから壁伝いに聞こえてるだろ、うめき声が。いつどこからやってくるかわからねえって中で、なんとか自分の中で落ち着かせようとさ……」
ライアスは誤解を解こうと言い訳を連ねながら、しかしそんな自分が情けなくも思えてきて、だんだんと声をすぼませた。
なにしろ、これまでずっと『兄妹』だけで過ごしてきてしまったのだ。ベベルやドリューのように声をかけてきてくれる人ならともかく、話してこないイリューアとはどう距離を縮めていけばいいのか分からない。
ジロリと睨みつけてくるイリューアに対し、咳払いを一つしてから改めて詫び言を述べる。
「……わかったよ。憑依してるフライアはずっとそわそわしてるんだ。だからちょっと気を紛らわそうと。それでも聞き心地が良くないなら、もう少し声を小さくするよ」
そう伝えるとイリューアは怪訝そうな顔をした。先程までの敵意はなくなったようだが、やはり納得はいっていないようだ。
どうも騎士というやつは想像以上に誇り高い人々らしい。ライアスはこれ以上の説得は諦めることにして、再び歩きはじめた。
「うー……。難しいな」
兄の呟きに憑依中のフライアが小さくため息を吐く。
(回りくどいこと、やめない?)
妹のその言葉にライアスも反省に入る。
遠回しに伝えるのではなく、『こんな絶好の炭鉱、早く押さえないと他のやつに取られちまうぞ』みたいに言うべきだったのかもしれない。
「いいなあ、シェラタンでこんな鉱山が見つかったらもっと生活が良くなるんだろうになあ」
今更だが、エラセドを褒める形で軽く呟いた。だが聞こえなかったか無視されたか、そこにかかるフォローはなかった。




