053 『変わっている』こと
見かけは二人きりの、兄妹とエラセドの女騎士。
行く手に現れるモンスターを兄妹で倒し、また退けつつ、僅かに差し込む陽の光を頼りに道を進む。
「日が落ちちまうと地獄だな。なんとか人の気があるところまで出られればいいんだが」
言いながらライアスが振り返り、後ろを歩く女騎士と目を合わせた。
「お前、何か道しるべとか知らないか?」
すると女騎士はやや不服そうな顔をしつつも応じた。
「炭鉱夫がいるならばかがり火が所々あるはず。でも、この辺りはそういったものが無い」
「炭鉱夫もうろつかない場所だってか」
ライアスがやれやれと両手を頭の後ろに回す。
「ノースライフ山脈は騎士の都にとって命そのもの。剣や鎧に使う金属は全てこの鉱山から賄い、都の発展を支えている。今もまだ、その全貌は明らかになっていないという話です」
女騎士の説明にライアスはなるほど、と思った。
兄妹の故郷であるシェラタンは穀倉地帯だったが、それぞれの都毎に特色が違うことに気付かされる。
「ふーん、緑の都と発展がまるで変わるわけだ。……おおっと?」
感慨深げに呟くと、一行の前にまたモンスターが現れた。
コウモリの姿によく似た小型のモンスターだが、かなりの数が群れている。剣を構えるライアスに並ぶように、女騎士が歩み出た。
参戦する気らしい女騎士にライアスが声をかける。
「いけるのか? 無茶すんなよ!」
「もうお荷物ではいられない!」
言うや否や女騎士は剣を構え、勢いよく地面を蹴った。
「……! やるじゃねえか。そっちを頼む!」
(援護するね)
正面に散らばるコウモリに、兄妹も女騎士と共闘で捌いていく。程なくして群れが散り散りになり、一行は再び狭い岩石の隙間を進んでいく。
「さっきまで歩けなかった奴が、大したもんだぜ」
ライアスが言うと、女騎士はツンとしてそれには応じず、別の質問を返してきた。
「それはともかく、あなたたちは緑の都から来たというの?」
「ああ、って、まだ何も自己紹介してなかったんだっけ? 俺はライアス、中にいるのがフライアだ」
女騎士は呟くように兄妹の名を繰り返した。
「……ライアスに、フライア」
「お前は?」
ライアスが問いかけると、女騎士は逡巡するようにしてから、やがて口を開いた。
「……イリューア。あまり、他言しないでほしい」
不愛想な物言いにライアスが肩をすくめてみせる。
「はいはい」
女騎士イリューアはその背中を見つめたまま、やがて呟くように名前を呼んだ。
「あの、ライアス?」
「ん?」
少し躊躇するようにしながら、問いかける。
「あなたは、その……変わっているとは言われないの?」
「え、……え?」
その意図が分からない兄妹にイリューアが痺れを切らしたように声を上げた。
「だ、だからっ! 何を企んでいるのです⁉︎ 敵同士で討ち合ったことも忘れたと! しかもこんな……! 情けをかける真似までして、何をするつもりです⁉︎」
……怒られてしまい、ライアスが軽く仰け反った。
だがこう怒鳴られたところで、結局兄妹にはこの『変わっている』ところが本当に分からないのだ。
(どう説明すればいいの?)
頭の中でフライアがそう呟く。
たが、いつまでも黙っているわけにもいかない。
こういう時は正直に言うしかないと、ライアスが頭を掻きながら答えた。
「……何も、企んでねえよ。本当に覚えられないんだ。情けなんてかけたつもりもない。真似でもない。ただ……、とにかく今を生き延びたいだけなんだ」
「なっ……?」
全否定されたイリューアはまだ納得いかないようだ。
それを見て、憑依中のフライアが兄に進言する。
(……いいよ。言って)
(……ああ)
そして、躊躇していたライアスが今度はイリューアを真っ直ぐ見つめ直した。
「確かに、俺たちはお前が言ってるように変わった奴だよ。俺の中にフライアがいるってこと、憑依ができるってこと、お前が言うその『変わってる』って感覚は無関係じゃない」
それは兄妹にとって重要なことで、幾度となく思い悩んできたことだ。
「どういうこと?」
イリューアが首をひねる。
それにライアスは「歩きながら話そう」と身体を反転させた。
「俺たちからも。これは他言しないでほしいんだが、俺たち、理性が一人分しかないんだ。今俺はこうやって平然と歩いているつもりだけど、中にいるフライアはさっきからずーっと身体をあちこちねじらせてはお前と、この周りを気にしてる。つまり、心の中じゃ心配で心配で仕方ないんだ」
イリューアはその意味を読みとろうとしながら、しかし判然としない様子で訊きかえしてきた。
「よ、よくわからないのですが、理性が一人分で、あなたの中にはもう一人の、その……」
ライアスが頷く。
「そうだ、自分自身だ。説明が面倒だから周りには『妹』って言ってるけど、フライアは文字通り俺の半身なんだ」
イリューアは腕を組み顎に手を当て、意味を理解しようと必死に考えを巡らせているようだ。
「自分がもう一人いる、ということ……駄目です。想像がついていけません」
首を横に振るイリューアに対しライアスが説明を続ける。
「んー、フライアがどう例えるかわからないけど、俺にとってみればフライアは心。フライアの表情を見れば自分の本心がわかるってなもので……だっ!」
(なんでそこまで言っちゃうの⁉)
その途中、憑依中のフライアが兄の頭をバシンと叩いた。
ライアスが突然頭を抱え、イリューアの頭上にクエスチョンマークが浮かぶ。
「?? ……な?」
相当に脳内からきつくはたかれ、ライアスはしばらく頭を抱えた。
「……俺が余計なことまでしでかした時に止めるのがフライアの役目。俺が忘れることを覚えておくのもフライア。だけど、フライアは喋れない。言い表せない。だから伝えたいことを俺が言う。……俺たちはそうやって成り立ってる」
イリューアは考えるように額に手を添える。
「はあ……わかったような、わからないような……」
そう困ったようにライアスの顔を見やる。
応えるようにライアスもイリューアの目を見据えた。
「一応、おかしいなりに理解してもらおうと説明したつもりだ」
しっかりと目を見ていうと、イリューアの表情が少しだけ和らいだ。
「……まだ、信じたわけではありません。けど少し、少しだけ安心しました」
「イリューア?」
何に安心したというのだろう。
しかし問うようなライアスの視線に対し、イリューアは首を横に振った。
「日没まであまり時間がありません。先を急ぎましょう」




