051 必死の抵抗の末に
「ど、どっちだ? こっちはどんどん奥に入ってっちまうだろ?」
戦いの場は森林地帯。道から外れて森に入れば方角が分からなくなる。味方からはぐれてしまえば二度と合流できないかもしれない。
(ど、どうしよ……)
「な、なんなら……! 備蓄倉庫のほうに行けばドリューと会えるか?」
進路を変え、草むらに身を屈めながら火の手が上がった方へと向かう。しかし、草むらが途切れるところから備蓄倉庫を見ればエラセドの兵たちが必死に消火活動をしている。騎士もうじゃうじゃいるようでそれ以上は近付くこともできず、ドリューたちアトリアの軍勢も確認できない。
(だ、だめ! いっぱいいる! いっぱいいる!)
これ以上の前進は諦め、逃げ道を探そうと引き返すと戦力に余裕が出てきたエラセドの後衛がかがり火を用意しはじめた。
薄暗かった茂みに明かりを灯され、逃げ場は徐々に狭くなっていく。少しでも暗い場所へとライアスは傍の茂みの奥へと駆けこむが、逃げたぞ、音がしたぞ、という騎士の怒号が飛び交う。追手の気配を背中に感じながら、木々の間を縫うように走り、高く生い茂った草をかき分けて進む。
「捕まってたまるかよ……!」
捕らわれてしまえば兄妹の旅もそこで終わりだ。何も得られないまま、何もできないまま終わってしまう。
ひたすらに進むと森を抜け、人の足に踏みならされた土の道に出た。森林地帯を切り取るようにしながら、小路が細い帯のように斜面を上っている。どうやら騎士の都エラセドへと続く山道のようだ。
抜けてきた茂みからも、下りの方角からも怒号が聞こえてくる。とてもアトリア側へ戻れる退路が残されているとは思えない。
ライアスは山道を駆け上った。追手を振り切るため、必死に、無我夢中で走る。しかし場所は急な山道。これまでの戦いで体力をかなり消耗している。足腰が言うことを聞かずにがくがくと震え出した。
「……そ、そろそろ限界だぞ……」
振り向く余裕もないライアスに代わって憑依しているフライアが背後を確認して切羽詰まった声を上げる。
(まだ何人か来てる……!)
「このままいくと敵の本拠地だろ? いい加減隠れねえと!」
ライアスは息せき切って走りながら、苛立つように言う。
エラセドの軍勢から逃げているのだからエラセドに向かうわけにはいかない。それに足腰がもう限界だ。
ライアスは身を隠すべく山道脇の森林に飛び込んだ。既に限界の身体を酷使しながら一目散に逃げていく。しかし追手の騎士も手を緩めることなく追いかけてきた。
追手から逃れるべく必死に走る。草を踏みしめ、枝をかき分け、どんどん進む。すると途端に森が途切れ、同時にライアスは立ち止まった。
足場が急になくなり、山を断ち切ったような谷が目の前に広がっていた。
(ああ……)
「行き止まりだった……」
その急斜面を覗き込み、兄妹は絶句する。斜面といってもほとんど断崖で、とても下りられるような谷ではない。
後ろを振り返ると、追手の騎士も森を抜けてきたところだった。
「見つけました! 同胞の仇を!」
騎士はライアスを見つけるや否や、甲高い声を上げた。まだ年若い女性騎士のようだ。
ライアスが身体を反転し、様子をみる。彼女はライアスに近い背の高さだが、よく見るとその顔立ちは同い年かそれ以下というくらい、騎士としては若い。
(一人、かな)
女騎士以外に追手の姿はなく、まだ援軍がやってくるような気配もない。
(背水の陣だ、それならやるしかねえだろっ……!)
ライアスは剣を構えると女騎士に打ちかかった。
「むうっ!?」
しかし、女騎士は剣を払い除けるとすぐさま反撃態勢をとり、裂帛の気合いと共に突きを放った。ライアスが身体を捩り、かろうじて躱す。女騎士の剣が頬を掠めた。
(こ、こいつ! 思ったより強えぇ……!)
体力の消耗もあるがそれにしても剣の腕がいい。ライアスと同じくらいの刀身の剣を両手で、しかし丁寧に捌かれる。足場に余裕がなく、フライアも魔力の消耗でなかなか援護できない。
そして、後がない足場に気を取られた瞬間、騎士からの薙ぎ払い。慌てて後退り体勢を立て直そうとする。しかし身体を支えようと踏ん張った軸足がにわかに沈んだ。見ると足が谷の急斜面に差し掛かっていた。ガラリ、と崖の地層が崩れるような音が響く。
「だぁ!あぶねっ!」
(だめっ!)
どうにか落下せずに済んだが、バランスを崩したライアスは両手を地面についてしまった。
振り仰ぐと女騎士が剣を高く構えていた。
「ぐ、くそっ!」
「エラセドに歯向かう剣士よ。ご覚悟を!」
とどめを刺さんと女騎士が剣を振り下ろす。
「……くうぅ‼」
(……んああぁ‼)
その瞬間、ライアスの頭上に浮かぶフライアが振り絞るように必死の表情で氷魔法を繰り出した。
宙に氷塊が出現して女騎士の剣と腕を絡め取るように凍り、さらにライアスの頭部にまで絡み付いた。
おかげで女騎士の剣は止まったが衝撃をいなすことはできず、ライアスはさらに崖をずり落ちてしまった。
「んがあぁ‼」
斜面の出っ張りを掴み必死に踏ん張るが、身体を支えきれない。
ライアスと女騎士の間に出現させた氷塊はその二人を繋げるように凍り付き、巻き込まれた女騎士も谷に引きずり込まれていく。
「……なっ! あっ! そんな!」
どこから発動したかも分からない氷魔法に腕を絡め取られ、女騎士は驚愕の声を上げた。
ライアスが斜面をずり落ちていき、女騎士もそれに引きずられていく。
(あ! あぁ! お兄ちゃん!)
「お、俺も限界だ……!」
脳裏に響くフライアの悲鳴もむなしく、ライアスの手が斜面から離れた。
そのまま兄妹と女騎士はもつれるように、ガラガラと音を立てながら谷底へと落下していった。




