050 ベースキャンプ奪還作戦、開始
学術の都アトリア・ベースキャンプ奪還作戦。
兄妹が所属する第二部隊はエラセドの騎士たちに気付かれぬよう、ベースキャンプに続く道を少し外れた獣道に陣を敷いていた。
気付かれていないだけで敵陣との距離は近い。肉眼でも騎士や衛生兵たちの姿が確認できるような場所に構えている。
モーランの部下とドリューが企てた奇襲作戦。
部隊は二手に分かれており、兄妹が所属する第二部隊が敵の第一線をおびき寄せ、その間にドリューが所属する第一部隊が敵陣後方に突入、人質となっているアトリアのメンバーを解放、そして敵の備蓄倉庫を襲い食料等を壊滅させる。
戦線の維持力を消失させてエラセドの本隊を退かせ、残された騎士や救護員を捕虜に、事件の真相を暴くのが狙いだ。
潜伏が重要な作戦となるため身を潜め静かにしているが、参戦している冒険者たちのひそひそ話は絶えず続いている。クルサでの防衛戦とは異なり、数人でパーティを組んでいる冒険者もいるが少数で、ほとんどは兄妹と同じく個人で参戦しているようだ。
防衛戦の時のような賑やかさは影を潜め、それなりの覚悟を持って臨む者が揃っている。
兄妹はいつも通り、離れ離れにならないようフライアがライアスに憑依している。ひっそりと森林に潜んだまま今か今かと作戦決行を待つ状況に、兄妹は覚束ない心地でいた。
(こういう待ち時間が一番いやだな。いつ始まってもおかしくないのに、居心地も良くねえところにじっとしてろっていうのは)
ライアスが愚痴るように呟いたその時。第二部隊の指揮官から突如号令がかかった。
「作戦開始だ、合図の号砲を鳴らせ!」
号令の刹那、部隊から大きな発砲音が打ち鳴らされる。
「第二部隊、前進! 囲まれぬよう、後衛との距離を保て!」
瞬く間に前進がはじまり、騒ぎを聞きつけたエラセド兵と交戦に入った。奇襲には全く気付かなかったようでエラセドの初動は鈍い。
叫ぶことしかできず慌てふためいた騎士たちを前に有利を取った。
兄妹も第二部隊の一次戦線から時間差を作って身を投じる。激戦となる最前線ではないが彼らを孤立させずに後方支援との中間で戦況を窺う重要なポジションだ。
数を増やし、背後を取ろうとする騎士と剣を交えた。多くがライアスより体格が大きく重装甲だ。
「こりゃ、硬そうなやつだ! 一人ずつやってくぞ!」
(むんっ!)
返事したのか唱えたのか、フライアが目の前に迫る騎士に氷弾を放つ。軽くひるんだところでライアスが追撃し、居合わせた仲間と返り討ちにする。
「まとまって来ると面倒だ。通路を氷でちょっと塞げないか?」
(それなら……ちょっと前の方に……!)
「しばらくは前線の援護だな。余裕があれば前を回復してやれ!」
(うん!)
これまでの経験が生きているのか、一挙に乱戦模様となる中でも自然と身体が動く。シェラタンの野盗討伐と同じ地の利を活かし、五感と姿を隠した頭上からの洞察力で兄妹は一人、また一人と仲間と共同で騎士を打ち倒す。
他の冒険者たちも奮闘するが、次第にエラセドも勢力を増してくる。アトリアの優勢は徐々になくなり、膠着状態のまま一進一退の攻防が繰り広げられる。
第一部隊が裏取りをするまでの耐えどころだった。
(ふぅ、はぁ……、お兄ちゃん大丈夫?)
「ああ、まぁ、なんとか。けっこう倒したけどな! ドリューはまだか?」
(指示、来ないよ?)
開戦してしばらく経つが戦況に進展がない。
作戦では第二部隊が交戦している間に第一部隊が敵の背後を突く手筈だ。
こちらの部隊にそれほどの戦力は割かれていないし、もう次のフェーズに入ってもいいはずだ。
「……なんか嫌な予感がしてきたぞ」
そのまま戦闘は続き、次第に両陣営とも後衛に控えていた治療薬の魔術師まで入り乱れるようになっていった。第二部隊の前線は数で押され、やむなく少しずつ後退を始める。
「どうなってんだよ! いつまでここで踏み留まれって?」
苦悶するようにライアスが言う。他の者たちも同じだった。それでも、生き残るには命令に従い戦い続けるしかない。
と、その後ろから第一部隊の伝令が駆けてきた。たまたま司令官の近くにいた兄妹にはその慌てた伝令が耳に入った。
「連絡です! 陽動がうまくいかず、第一部隊は先ほどまで敵の中隊と応戦。つい先ほど備蓄倉庫へと前進しました!」
その内容にライアスは歯がみする。
「戦ってたのかよ! こっちだって随分な数を相手にしてたってのに!」
「当初の想定より明らかに敵が多いようです。ですが、もう少しの辛抱です!」
するとその声が合図かのように、備蓄倉庫の方角で火の手が上がった。前方で騎士たちの狼狽える声が聞こえ、エラセドの戦線が少しだけ退いた。
「お? あいつやったか? そろそろ限界だぞ! いい加減退かねえと」
ようやく作戦に進展があったのはいいが交戦中の第二部隊は前衛後衛とも乱され、既に一個の塊になりつつある。司令官が撤退を呼びかけはじめた。
だが、報告の通り敵の数が多いらしく、目の前の敵を倒しても倒してもキリがない。そして、前線で粘っていた仲間がとうとう力尽き、地面に倒れる者が次々と現れた。号令はかかったが、猛攻をしのぐ者と救助したい者とで身動きが取れず、統率が乱れた。
壁として張っていた前線が崩されれば部隊が崩壊するのは時間の問題だ。助けたくても迫りくる騎士たちを前にライアスは近付くことができず、やむなく彼らの視線外の草陰に隠れた。
「ぼ、冒険者さん……」
アトリアの学生だろうか。不意に伝令の青年が哀願するような情けない声を発した。振り返ると騎士の軍勢が目前にまで迫っていた。しかも第二部隊の指揮が執られていたはずの後衛の方角から押し寄せてきている。
「なっ⁉」
「武器を捨てよ! さすれば命は助けてやる!」
騎士の甲冑に身を包んだ男が声を張り上げた。
気付けば兄妹は既に退路を失っていた。ライアスが苦々しげに呟く。
「とっくに後ろがやられてたってかよ……」
騎士は剣を振りかざし、重ねて降伏を命じる。
「武器を捨てろ!」
すっかり怯えた伝令は既に武器を手放している。
だがその時、ライアスのもとに迫り来る騎士たちのさらに背後で雄叫びが上がった。
騎士たちがにわかに動揺する。どうやら味方、それも奇襲作戦に参戦した冒険者とは別の、学術の都の有志らが駆けつけたようだった。ドリューが忍ばせていたようだ。
ライアスは戦況を再確認するべく辺りを見回した。
(挟み撃ち、できるか?)
動揺する騎士に不意打ちを食らわすべく身構える。
騎士たちの前方には自分たち第二部隊、背後を味方が取ったのなら挟み撃ちが出来そうだが……。
(だ、だ、だめ! 無理! 多すぎ!)
フライアが悲鳴じみた声で兄を制止する。
騎士たちの背面はともかく、今兄妹の周囲には味方がいない。
(やっぱダメか……)
あの人数の騎士を相手に戦うのはさすがに無茶がある、とフライアは察した。
ライアスは妹の忠告に従い、この場を逃れるために騎士がいない方角へと走り出した。




