045 人と人とを隔てるもの
無理に奇襲作戦に付き合わなくていい。
その言葉に驚いて兄妹はしばらく目を丸くした。
予想外、そんな兄妹の意思をドリューは読んでいたようで、口元に笑みをたたえていた。
「冷静に考えてな、お前らをここまで付き合わせた俺にも無茶があった。アトリアのアカデミーの近くで、誰も請け負いたがらない仕事を黙々とこなしていたお前たちを、結局丸め込みながら無理強いをさせ続けた」
申し訳なさそうにそう言った。
ライアスは思わず首を横に振る。
「あ、いや……」
「でもそのおかげで、師匠にもできる限りの伝言はできたし、この街を壊滅状態に追いやることもなかった。本当に助かったんだ。その延長で今回も、と思ったんだが、そうだよな。人の寝こみを襲うような話、簡単に引き受けるわけがないよな」
自嘲めいた口調に兄妹の胸がちくり、と痛む。
「俺はアトリアの人間だ。生まれ育ったこの地が好きだし、この都が脅かされるようなことがあれば多少の犠牲を払ってでも守ろうと思ってきた。きっと師匠も、その部下も。今回は思想がずれていざこざにも発展した末に下した決断だが、それをお前らに押し付けるのもまた違うよな」
ドリューは何かを悟ったかのように淡々と語り続けた。
その様子に兄妹は焦りを感じた。彼は自分たちに失望したのではないだろうか。
「お、おい。待てよ。別にドリューが悪いとか、そんなこと言ってるわけじゃなくて……」
ライアスがなんとか弁解しようとするが、ドリューはどこか弱々しげに首を横に振った。
「わかってるよ。これは皮肉なんかじゃない。感謝しているんだ。それでもって、無理に背負わなくていいって言っているんだ」
その真意が分からない。兄妹は顔を見合わせた。フライアの顔を窺うようにしながら、ライアスが口を開く。
「なんていうのかな。俺たち、なんでここまでドリューについてきたかって……言ってしまえば金のためだったんだよな。どれが重要で何が問題なのかもわからないまま手を伸ばして、偶然ドリューに会って。それで、今更に振り返ってみて、何のためにここまで来たんだっけって思っちまって」
そこまでを言って頭をぽりぽりと掻く。何をどう伝えるのが正解か分からない。
「……ごめん、考えがまとまらない」
しかしドリューは理解を示すように笑ってみせた。
「いや、わかるよ。俺はアカデミーっていうポジションがあって、日々釜の飯が食える仲間がいる。でも、お前らはそういうわけじゃない。環境も思想も違うんだ。そこへ、同じように命を懸ける覚悟をつけろというのも無理がある」
(……その差は、どうすればいいの?)
小さく囁かれただけのフライアの疑問に、ドリューが「ん?」と首をひねった。
妹の思いをライアスが代弁する。
「それは、どうやって差を埋めていくものなんだ?」
人々にはそれぞれ自分を取り巻く環境も違えば思想も変わる。しかし他人同士繋がりがないかといえば、そうではないと思う。
だからこそ兄妹もドリューの依頼を受けたり、港町を守る戦いに加わってきたりした。であれば何が間を隔てているのだろう。
その差を埋めるものは何なのだろうか。他人と関わることに慣れていない兄妹には、それがよく分からない。
その疑問に対し、ドリューは苦笑混じりに言う。
「それが分かればもう少し楽だろうよ。俺は講師として、もしくは先輩として学生や後輩たちに見習ってもらえるようにと思いやってきたが、案外うまくいかないもんだ。学生と講師、講師と学長、アトリアとエラセド。この争い自体もそんなすれ違いで衝突が起きている。俺も、その差を埋めていく方法を知りたいもんだな」
ある種の感慨を抱きつつ語るかのような口調。
少しの間があって、ドリューは兄妹の顔をじっと見据えるようにしながら言葉を続ける。
「お前らと話していると不思議と自分の知らないことに気付かされる。学生の頃から冒険者ってやつを何百人と見てきたが、どいつも皆自分の中に《正義》とか《信念》みたいなものがあって、いつでも任務や仕事があるたびにその想いで動く。お前らはどうだろう。鈍いと言ったら悪口だが、本当に動じない。何が正しいのか、悪いのか、既に起きている事件があっても自分が納得するまで人に釣られない」
褒められているのか貶されているのか分からず、ライアスが首を傾げる。
「……面倒なやつ、かな?」
するとドリューは声を出して笑った。
「いや、そんな奴がいてもいいと思うぜ。おかげで俺も心にしまっていた言葉を吐き出せた。口に出してみると案外いいもんだ。本当に自分は正しいのかって気持ちの整理ができたよ」
笑いながら、嬉しそうに言った。
それからドリューは満足げな顔で立ち上がると、ライアスの前に手を差し出して握手を求めた。しっかりと握り合い、今度はフライアに手を差し出す。
兄妹はドリューと、ぎこちない仕草で握手を交わした。
「ありがとうよ。実のところ、この決断には俺も迷っていたし、師匠から叱られた意味もはっきりとはわかってなかったんだ。けど、お前らのおかげで少しだけその意味が分かった気がするよ」
そう話すドリューに対し、ライアスは困ったように頬を掻く。
「そんなにかしこまられてもな。別に、俺たち、感謝されるほどすごいことはやってない。むしろ、俺はドリューたちが抱えてる役割を見てすげえって思ってるんだけどな」
本心からそう言った。
自分たちは自由な分、抱えているものが少ない。一方でドリューはさまざまなものを抱え、その役割を果たすべく奮闘している。
「ははっ。そんなふうに褒められるのも久々だぜ。この関係はwin-winだったわけだ。ありがとうな」
そう言うとドリューはごそごそとポケットを探り、昨日貰った報酬と同じ巾着袋を取り出した。
机に置かれたそれを見て、兄妹がキョトンとする。
「えっ? お金?」
「おいおい、何の報酬だ?」
ドリューは笑顔を崩さないまま考えるようにしながら説明をする。
「んー、コンサルタント料、かな。ほんの少しだ。気にするな。奇襲作戦とは関係ない」
それはアトリアのミッション案内所で出会ったときのような、はつらつとした口調だった。
さっきまでの深刻な顔は何処へやら、晴れやかとさえ言えるような態度で部屋の扉へと向かう。取っ手を握ると兄妹を振り返った。
「ありがとよ。どこへ行くかは聞かないが、達者でな」
「あ、ああ。」
「……お、おやすみなさい」
兄妹は何とも言えずに返事だけをする。
ドリューは表情をそのままに「ああ、またな」と言うと、部屋を出て行った。




