044 アトリアの今後
休日を満喫した夕方。
部屋の前でドリューはおう、と手を上げるや否や兄妹が寝間着姿であることに気付き、呆れるような顔をした。
「……なんだ? お前ら、ずっと寝てたのか?」
「ああ、さっき起きた。鎧とかも洗いたかったし、たまにはこういう休暇も悪くない」
事実、兄妹にとっては久々の休暇だった。
シェラタンから旅立って以降、こうして一日ゆったりと休むようなことはなかった。路銀もまともになく、安心できるタイミングなどまるでなかったのだ。
「そうか。まあいい。また部屋の中、いいか?」
その申し出に兄妹揃って「いいよ」と相槌を打つ。
ドリューは部屋に入るなり椅子に腰掛け、兄妹を見回すようにしながら口を開いた。
「……どうもこの緊張感のない中で話すのもなんだが」
ううん、と咳払いをして続ける。
「いいか、これからの方針が決まった。これは俺だけじゃない。クルサの役人、師匠の部下含めた全員の総意だ」
その言い方にライアスが僅かに首をひねる。
「そうやって念を押すのは、モーラン師匠の教えに従っているって意味か?」
「そうだ。もう過ちは犯したくない。この街の役人たちや師匠の部下たちと偏見なく、ちゃんと話したさ。計画を説明する」
公私を切り分けろ、と市長モーランに怒鳴られたことがこたえているのだろう。
真剣な面持ちのドリューを見て、フライアはメモの準備をした。その準備を待ってから説明がはじまった。
「まず、師匠の経過だ。まだ意識は戻っていない。したがって、師匠が持つ権限はあらかじめ指定している代理の部下に移っている状況だ。その人と他幹部で話をして方針を立てた」
まだ意識が戻っていない、という情報にフライアが物憂げな顔をする。
ライアスは頷いた。
「ああ」
「そして、エラセドはまだノースライフ山脈を越えていない。キャンプ地まで撤退しただけだと聞いている。奴らには早朝使いをやって、アトリアの立場としてこう示した。『明日の昼十二時までに市長の狙撃と侵略行為に対して明確な回答をよこさなければこちらから報復措置を取る』と」
「……報復、か」
当然ながら穏やかではない内容だ。
「それで、まだ誰にも話さないでほしいんだが、奴らはまだ何も返事をしてきていない。情報じゃ、まだ自分たちはやっていない、濡れ衣だとしきりに叫んでいるらしい。代理の部下も師匠の教えを重んじて辛抱強く待っているんだが、返事をよこせと言っているだけの内容に対し、奴らはあくまで自分たちの体裁が大事らしい。どうも人へ謝る方法を知らないようだ」
そこまでを話し、ドリューはふうとため息を吐いた。
平和的解決とはかけ離れた状況に、兄妹の間にも緊張感が漂う。やや間を置いて、ドリューは説明を続けた。
「このままなら、ベースキャンプへの突入は避けられない。元々あそこはアトリアにとってエラセドに借りがある場所だ。今日の会議でそれにも言及があった。クルサもエラセドの強情さに重い腰を上げはじめたよ」
「それだと……」
ライアスの唸るような声に対し、ドリューは大きく頷いた。
毅然と力強く、しかし懇願するような視線が向けられる。
「明後日の朝五時。ベースキャンプへ突入する」
兄妹は息を呑んだ。
「朝五時……? 何をするつもりだ? その、ベースキャンプまで行って……奇襲でも仕掛けるのか?」
ライアスはまさかな、と思いながらそう訊ねた。
しかしドリューは表情を変えることなく首を縦に振った。
「その通り。元はと言えばベースキャンプだってそうだった。今回だって、師匠が下手すりゃそのまま殺される事件になったのを目の当たりにしたって言うのに、平然としているその心がわからない。ここまで譲歩して、時間を与えて、それでもその心がわからないっていうのなら、いい加減に気付かせる時期だと、そんな話になったよ」
ライアスは重々しい気分で腕を組んだ。フライアも眉をひそめて顔を俯ける。
事情はよく分かるのだが、市長が撃たれる現場を見ていない兄妹には実感が沸かない。危険を冒し、奇襲を仕掛けてまで敵を討ち取るような戦いに身を投じるのは躊躇われた。
なにより、頭でよぎっている記憶がある。
(私たち、旅のきっかけ……)
(野盗どもに奇襲されたからなんだよな)
兄妹は自分たちの境遇を振り返っていた。
自分たちも《憑依》を使って奇襲を仕掛けたことはある。しかしそれは自分たちの生活を守るため、という理由があった。今回のことは確かにエラセドに非があるように思えるが、自分たちはあくまでも第三者的な立場だ。
どちらが悪いと判断を下すことはできないし、その戦いにここまで深く関わるのには抵抗があった。
「それで、この後のことなんだが……」
協力をしてくれ、そういう言葉がやってくるだろうと兄妹は身構えた。それに対し、「それはできない」と言い返す準備もしていた。
少し間を置いた後、ドリューが続けた。
「……お前たちは、無理に付き合う必要はないぞ」
その言葉に驚き、兄妹は顔を上げた。




