042 事件の発端
程なくして日は暮れ、多くの冒険者たちが酒場で祝杯をあげる中、兄妹は宿の一室で疲れ切った身体をほぐしあっていた。
昨日の教訓からより充実した部屋を確保するべく、他の冒険者たちが飲食店に向かう中、宿を取る方を優先したのだ。
その代わりに飲食店はどこも入ることができず、食事は港にある屋台で適当に調達して済ませた。
腹を満たし、入浴も済ませた兄妹は既に眠気でウトウトしはじめていた。
「んー……。ううぅー……」
マッサージを受けて気持ちよさそうにするライアスからは低い唸り声がこぼれ続けた。
「……はい、交代」
しばらくしてフライアが交代を告げる。今度は妹がベッドにころん、と寝ころんだ。
「肩とふくらはぎ、もう一回」
ライアスがのっそりと起き上がり、言われたとおりに妹のふくろはぎを揉みはじめる。
「いっ……たたた、たっ……ん~~~……」
今までにないというくらいに酷使した足が悲鳴をあげる。しかし気持ちがよくもある。
「……ふうぅー……」
それから徐々に声が寝息に近づき、そのまま寝てしまいそうになるフライアだが、突然部屋のドアがノックされて夢の世界から引き戻された。
「ん? なんだよ、こんな時間に。……仕方ねえな」
疲れ切ったライアスがグチグチ言いながら扉を開けると、部屋の外には見慣れた顔があった。
「ドリュー?」
その訪問者はよう、と片手を上げた。
「すまねえな。散々巻き込んだのに、報酬を一銭も払ってなかったからな」
そう言って巾着袋を持ち上げてみせる。
ライアスが受け取ると、ずしりとかなりの重みがある。結構な金額が入っていそうだ。
いいのか? という視線を向ける。するとドリューはニコリと屈託のない笑顔を作った。
「とっとけ、三千マーシャル。遅延料込みだ」
報酬としては破格だ。少し戸惑いながらもライアスが頷く。
「……わかった。でも、なんでここがわかった?」
この宿を取ったことは誰にも伝えていないはずだ。
ドリューがややばつが悪そうな顔で答えた。
「悪いが、少し前にお前らが屋台を巡っていたところを見つけて後を追わせてもらった。お前に今日中に話しておきたかったことがある。中、いいか?」
そう言って部屋の中に視線を向けた。
兄妹は既に就寝用の簡素な服を着ている。ライアスは念のため妹に目顔で確認を取り、承諾を得てからドリューを部屋に招き入れた。
ドリューは備え付けの椅子に座り、対面するかたちで兄妹がベッドに腰を下ろす。
「手短に頼む。かなり疲れてる。たぶん、大事な話をされても大した量は覚えられない」
「ああ、なら要点だけ説明する。師匠と、今後のことだ」
その言葉に兄妹はハッとする。
一心不乱に砲弾を運ぶあまり、不覚にも市長モーランのことが頭から抜け落ちていた。
「確か、撃たれたって。」
心配そうに呟くフライアにドリューが頷く。
「ああ、容体は安定してきたが、まだ意識不明の重体だ。銃弾を一発、腹に受けた。目の前で狙撃されたのを見たよ」
「じゅ、銃弾……誰が?」
モーランの顔が思い浮かぶ。銃と言われてもよくわからないが、一体、誰が彼を襲ったというのか。
「被弾の箇所からして、銃弾は師匠の前から跳んできた。明らかにエラセド陣営からだ」
ドリューは歯がみをして俯いた。
「連中はしきりに違うと叫んでいたが……。師匠は、全面対決を避けるべく徹底して交渉をしていた。師匠から、クルサとしてアカデミーに必要な情報を明かすよう求める形で全面衝突を避ける見込みまでこぎつけた。そこで……師匠は撃たれたんだ」
そう語るドリューの身体がにわかに震える。
「撃った奴は、わからないのか?」
ライアスの質問にドリューは首を振る。
「わからん。少なくとも交渉に立ち会った連中ではない。もっと遠くからだった。だが不思議と、エラセドの連中はその撃った奴を追おうともせずに只々違うとしか言わなかった」
「……? それは、とぼけているか、匿ったかってこと?」
否定したいのなら撃った犯人を突き出せばいい。その姿勢すら見せないというのはおかしい。
ドリューは頭を掻きながら当時のことを思い出すように打ち明ける。
「俺には……そう見えたな。ただ、まさか、突然のことだったから……気も少し、動転していた。それから、師匠を後ろに下げて、俺たちでエラセドの連中へ問い詰めた。そうしたら、エラセドから全面的な攻撃が始まった」
まるで戦いの火種を求めていたかのように。
ドリューが顔を上げる。
「それに、決定的な証拠がさっきエラセド陣営の中で見つかった」
そう言って懐を探る。
兄妹が注視する中、ドリューが取り出したのは一挺の小銃だった。なんだそれは、と手を伸ばすライアスから銃が遠ざけられる。
「触れるな。指紋が付いたら面倒なことになる」
ライアスは銃をまじまじと見つめながら、不思議そうに口を開いた。
「それは……その先っぽから弾が出るのか?」
ドリューはキョトンと目を丸くした。
「お前、銃って知らなかったか。そう、この銃口から弾が飛び出す」
そう言いながらドリューが弾倉を取り外す。
「この中に残っていた弾と、ついさっき見つかった師匠を撃った弾が同じだってことがさっきわかった。つまり、師匠は何者かにこの拳銃で撃たれたってことだ」
何者かに撃たれた。
その正体がはっきりせず、何やら不気味な話にフライアが眉をひそめる。
「そして、この銃弾は、ノースライフ山脈で取れる金属だってこともわかった。あの山脈は、金属の鉱脈の宝庫だ。それと同時に、今はエラセドが独占している。」
皮肉を込めるように言い、ドリューは目線を銃から兄妹にキッと向けた。
ライアスが腕を組む。ひとつひとつの説明を嚙み砕くように聞き、何を意味するのかを理解していく。
「師匠を撃った犯人はエラセドにいる。紛れもない事実だと思わないか?」
「……ああ、聞く限りじゃあな」
首肯するライアスにドリューも頷き、それから悔しそうに顔を俯けた。
「……師匠の部下たちとも話している。これは平和的な解決をないがしろにした、一方的な侵略だと。俺は師匠の言うとおりに黙って見ていた。悔しかったけど、そうするしかなかった。それで師匠は見事、戦争を回避できるところまでうまく交渉したんだ。だが、結果はこうだ。なぜだ? 一歩引いて視野を広くして見ていたはずなのに?」
言葉の端々から怒りが滲み出ている。
兄妹は息を呑んだ。一時は疑ってしまったが、やはりモーランは市長として、この街を危険に晒さないように手を尽くしていたのだ。
彼は「軍事は起こされるものではない最終手段」と教えていた。ドリューの説明通りなら、その教えの通りに実行していたのだろう。
それで戦争を回避できなかったのは、無念としか言いようがない。
兄妹はしばらく床に視線を落としたままのドリューを見つめた。
「それで……どうするんだ?」
そう尋ねるとドリューは顔を上げ、小さく息を吐いた。
「……そいつを明日に話す。もう今日は遅いし、師匠が明日に目を覚ますかもしれん」
そして覚悟を決めたような眼差しを兄妹に向ける。
「ただ、俺からの頼みなんだが、もう少し、お前たちにはこの問題に付き合ってほしい。冒険者であるお前らを拘束する権限なんてないんだが、俺も師匠がいない今、当てにできる奴が本当にいないんだ。……もちろん! 今日のとは別に報酬は出す。だから、頼む!」
そう言うとドリューは座ったまま膝に手を付き、深々と頭を下げた。
ライアスは密かにため息を吐く。わざわざここを訪ねてくるからには何かあるだろうと思ってはいた。自分たちは直接の関係者ではないし、これ以上深入りしてもいいことなどないかもしれない。
ただ、この出来事の行く末を見届けたいという思いはあった。何やら不可思議な都間の争い。その争いに景観の美しい港町が、賑わう人々共々巻き込まれたこと。戦いを避けようとしながら凶弾に倒れた、市長のこと。
兄妹は顔を見合わせ、頷きを交わした。
「わかったよ。ただ、明日はたぶん筋肉痛で半死状態だぞ」
「……ああ! そうだろうな。俺も同じだ。……ありがとう!」
ドリューは表情を明るくし、礼を言って立ち上がった。
「すまない。長くなったな」
ドリューは少し疲れたような顔をしていた。
これだけのことがあれば当然だろう、と兄妹は思う。彼が所属するアカデミーのこと。彼の師であるモーランのこと。
「宿のほうには一泊追加で俺が料金を払っとく。じゃあな」
部屋の扉を開けて言うと、ドリューはそのまま去っていった。
静かに扉が閉められ、兄妹は揃ってため息を吐いた。ホッとしたような、余計に疲れたような。
顔を見合わせるが、お互いに言葉を発することがない。やがてライアスがぽつり、と呟いた。
「……もう、今日は寝よう」
そう言うだけで精一杯だった。
体力と気力の糸が切れた二人は、棒切れのように横たわり、ぐっすりと眠りこけた。




