395 王都傭兵団『ブラザーズ』の役割
都の北に位置する自警団本部。
そこからほど近いところに王都アウストラリスへと続く街道と、夜間の出入りを禁止する柵がある。
借りた馬を自警団員に返し、マルコスはすぐさまそこに控えていたアメラモウル商会の馬車へと乗り換える。馬車と共に待機していた側近たちが慌ただしく準備を整え、街道に出る許可を得るべく手続きを進めた。
だが、既に辺りには夜の気配が漂い、許可なしではシェラタンを出られない時間だった。自警団員と側近たちにマルコスも加わり、なんとか馬車を出させてほしいと頼んだ。
それでも、なかなか自警団も応じてくれない。彼らは門限に加え、商人という立場が夜間に出没するという盗賊たちの格好の的になると懸念を抱いていた。
このままではアウストラリスで交渉を続けている父や神官たちと合流できない。マルコスに焦りの表情が見えていたその時だった。
「護衛が必要ならば、私が同行いたします」
そう名乗り出たのはイリューアだった。ベルダンの連行に同行するかたちで彼女もまたシェラタンに来ていたのだ。
その一声に、許可を渋っていた自警団から「どうするか……」と声が上がりはじめた。
「こちらからは馬車が出せないのだ。側近を含めて馬車には乗れるのか?」
「あっ、いえ。側近の半分はここに留まります。二台あるうちの一台は警備として乗車してくださって大丈夫です!」
「それなら、仕方ないか。ちょうど、明日でいいと思った帰還兵もいるしな……」
ため息を吐かれながら、イリューアに続いてもう二人王都へと戻る団員が加わることとなった。閉じられた門が開かれ、ようやく通行の許可が下りた。
「そこまで、どうしてもというのならやむを得ぬ。だが、道中にはくれぐれも気を付けるように。場合によっては途中の集落で完全に封鎖となる場合もある。その場合は指示に従うように!」
「わかりました。ご協力、大変感謝いたします」
マルコスは周囲に礼を述べると一礼し、馬車へと乗り込んでいく。
そして、席に落ち着くと窓越しに兄妹を見やった。
「マルコスさん……」
「よかったな、戻れて」
「はい! それに何より、こうして私がこの都に受け入れてもらえたのも全てはあなたがたのおかげ。もうしばしご迷惑をおかけいたしますが、必ずやこの取引、後悔はさせません!」
「ああ、わかった」
やがて後続の準備も整い、兄妹は馬車から少し距離を取った。自分たちはアメラモウルの保証人となるためここに留まり、工房に商会アトラザークが立ち入ってこないかを見守る手筈となっている。
「できるだけ親しい身内の者をここへ送ります。手が空いているようなら妻のメルウィを送るかもしれません。その時は、なにとぞ受け入れをよろしくお願いいたします!」
兄妹が頷くやいなや、馬車は慌しく出発した。護衛が乗る後続の馬車も後に続き、その時ふとイリューアと目が合った。手を胸に当て「お任せあれ」とばかりに敬礼をする。兄妹も慌ててそれに応じたが、その反応を見る暇もなく馬車は走り去ってしまった。
馬車が丘を上ると、やがて街道の入口が木の柵で再び閉ざされた。夜間による街道封鎖である。
「ふう……」
それを見届けた兄妹は踵を返して街の中心地へと歩き出す。嵐のような慌ただしさから解放され、兄妹揃って大きなため息が零す。
「イリューアにも、悪いことしちゃったね」
フライアがぽつりと呟く。不意の一言にライアスが「えっ」と返した。
「どうした?」
「行ったり来たりさせたり、嫌なことに付き合わせたり……」
そう話す妹の言葉に、ライアスも遅れながら今日の出来事を振り返る。
確かに、嫌なことの連続だった。商人には散々罵られ、味方であるシャルルにも作戦だったとはいえ思わず殴りかかってしまったくらいの目に遭わされた。同行してくれたイリューアも同じく呆気にとられるような出来事の連続だったと思うが、それでも最後まで自分とマルコスを信じて作戦に付き合ってくれた。
アウストラリスへと戻った彼女はベルダンの連行から間もなくしてとんぼ返りしたかたちだ。
「……あいつ、全然嫌な顔しないからつい頼んじゃうけどさ。さっき馬車が出られるようにしてくれたこと、もっと感謝しなきゃいけなかったんだよな」
妹の胸の内を汲み取るようにライアスが呟く。それに同調してフライアも頷く。
「『役割』かな?」
いつものように言葉足らずな妹に、またライアスが頭を掻いて記憶を追いかける。
「……マルコスが言ってたことか」
「うん」
「それは……マルコスができること、イリューアができること、俺たちができることがそれぞれ違うってことか?」
ライアスの言葉にフライアがにこりと笑みで応じる。
「なるほどな……」
全てを理解して、ライアスは呟くように言った。
マルコスは自分たち兄妹のことを、地位や役職に囚われずに与えられた役割を果たしていく人、と言ってくれた。その視点でいえば、街道に出る許可を得られたことも、その場に居合わせたイリューアの一声がなければ成り立たなかったことだ。
馬車に乗り込む時、マルコスは「この都に受け入れてもらえたのはあなたがたのおかげ」とお礼を伝えてくれた。自分たちとは比べ物にならないほどの知識や財力を持っているにも関わらず、丁寧に、深々と頭を下げて──そうした謙虚な姿を見せてくれるのも、彼の言う「役割」を尊重してのことかもしれない。
「マルコスが来て、ギルドでできる『役割』が増えたら、もっと忙しくなるんだろうな」
期待を込めて言うライアスに対し、フライアも「うん」と応じた。
これまでの『ブラザーズ』は傭兵団として、戦える者やそれを支える人たちで構成されていた。そこへ新たな風として大商会の副長であるマルコスが加入する──
その影響は財力や交渉力に関することだけではない。もっと想像以上の、大きな力に繋がる──兄妹はそのことに気付きはじめていた。




