038 大切な人の傍にいたいから
兄妹は市長室の前の廊下に佇んだまま、顔を見合わせた。
マグダレーナは顔を俯けたまま微動だにしない。心ここに有らず、という感じだ。
「……マグダレーナ。こんな切羽詰まったときに聞くことじゃないかもしれないんだが、お前がしたかったことは何なんだ?」
彼女は慌てふためくように病院に叔母がいる、と言っていた。この後の行動のためにも話を整理しておきたい。
するとマグダレーナは僅かに顔を上げ、説明をはじめた。
「……はい。そうですよね。この街のこと、知らないんですもんね。ここは、さっきもお話がありましたが、要塞としても機能させる街。戦争が始まると、この街はこの建物の前に広がる広場や市街地を使って戦うのです。一方で、戦うことができない市民は港から船が出され、海上での待機、もしくは魔法の都アルニラムまで避難するのです。秘書の方はそれを警告してくれたのです」
訥々と語るその顔は生気が抜け落ちてしまったかのようだ。
「さっき、病院がどうとか言ってたな」
マグダレーナは再び顔を俯けると床を見つめながら、力のない声で呟く。
「病院も一時封鎖されるのです。医療関係者は残るのですがそれ以上の保証はありませんし、付き添いの許可もおりません。場所も中心地の一角にあるので、いつ危険に晒されるかもわからないのです」
兄妹は揃って息を呑んだ。
「そこに、お前の……叔母さんが」
「危篤状態……」
マグダレーナが静かに頷く。
「叔母さんは今、本当に動けないの。安静の状態でいないと。港にすら運べないの。なのに、私。近くにいることすらできなくて」
今にも泣き出しそうな声だった。弱々しく首を横に振る。
どうにかしてあげたい、でもどうすることもできない、どうすればいいか分からない。そんな葛藤に苛まれているようだった。
「……ごめんなさい。あなたたちを巻き込んで。でも、あなたたちが、偶然話していたのを聞いて、居ても立っても居られなくて……。私、孤児で、両親も故郷も、エラセドに奪われたの。そんな中でまた、攻めてくるって。せめて、引き取って育ててくれた叔母さんの傍にいたいってだけなのに……」
涙に滲むようにその声が掠れていく。
兄妹はかける言葉を見つけられずにいたが、やがてライアスがぽりぽりと頭を掻きながら、唸るように言った。
「……それならいてやれよ。叔母さんのとこに」
マグダレーナが顔を上げる。
「だ、だって……」
現実的には叔母を置いて避難するしかない。病院は封鎖され、付き添いも許可されないからだ。
しかしライアスは顔を上げたまま言葉を続ける。
「叔母さんを置いて船に乗るのは納得いかねえんだろ? だったらここに残って病院に入れる方法を考えるしかないじゃないか」
「え? ……どうやって?」
マグダレーナは狼狽えるように言った。
事もなげに言ってのけたライアスだが、その方法をまだ思いついているわけではない。考え込むように顎に手をあてる。
しかしフライアはそわそわと落ち着きなく、急かすように兄の脇腹をつついた。
ライアスがハッと気付いて顔を上げる。ずっとこの場に留まっていれば秘書の男の言ったとおり、拘束されるかもしれない。
「そうだったな。ここにいたらいたで役人に捕まるんだよな。外出よう」
そうして出口に向かいながら、ライアスはおおよその見当がついたかのようにマグダレーナに質問をする。
「要するに、戦闘中でもちゃんとした名目で病院に入れる理由があればいいんだよなあ。さっきアカデミーにいたって言ってたけど。医師とか薬剤師とか、病院でやるようなことはできないのか?」
マグダレーナは首を横に振った。
「いえ、そんな高い教育は受けていなくて。私もドリューさんと同じ軍事部門の救護や看護を目的とした学部にいたの。少しだけど、白魔法も学んだわ」
兄妹はそれを聞いてキョトンとする。
「え? それなら……」
「それこそ病院にうってつけじゃないか。なんでダメなんだ?」
白魔法は治癒をメインとする魔法だ。その上、アカデミーで救護や看護について学んでいるのなら戦闘中での病院警護に適任だろう。
しかしマグダレーナはどこか切なげな表情で兄妹を見る。
「病院の警護に務めるにはもっと学位が必要だったの。……叔母さんがその前に倒れちゃって。介護しながら卒業できる単位を取るのがやっとだったの」
記憶を遡るようにしながらそう説明した。
「うーん、非常時ってのに融通が利かねえもんだな」
学位が足りなかろうが人を救う能力があるなら役立てるべきだと思う。
ライアスは歩きながらマグダレーナを見据える。
「でも、白魔法が使えるって言ったな?」
「す、少しだけなら」
その返事にライアスは満足げに頷く。
「ならいい。フライア、傭兵とか冒険者ってどこに行ったんだっけ?」
「え、ええっと、役所の裏って」
フライアが少し考えてから答える。兄妹とマグダレーナは役所を出て正面広場にたどり着いていた。
するとライアスは親指を立てて自分の背中を指差し、「よし、入れ」と、言った。
それを受けてフライアが辺りを確認する。
エラセドとの戦闘を前に準備と対応に追われ、慌ただしく行き交う人々は自分たちを気にすることもない。
柱の陰に寄り、フライアは「うん」と返事をすると兄に憑依した。
「……えっ?」
突然フライアの姿が消えたことにマグダレーナは驚き、目を白黒させる。
「ちょっとした手品だ。急ぐぞ」
ライアスはそんなマグダレーナを急かしながら、役所の裏へと走った。




