037 市長モーランの真相
「師匠!」
室内に入るなりドリューが声を上げた。
モーランは机に向かい書類に何かを記入していたが、ゆっくりと顔を上げてドリューに視線を向ける。
「……ああ。来たかドリュー。ここでは師匠ではない。《市長》だ」
やや険のある声だった。ドリューは苦笑して両手を広げながら応じる。
「でも、俺にとってあなたは市長である前に……」
「ドリュー‼」
唐突に怒鳴り声が響き、その迫力に驚いた一行は揃って首を竦めた。続けざま、モーランが机を叩いて立ち上がる。
「立場をわきまえろ! お前が公私を切り分けなかったためにこの事態を引き起こしたとは思わないのか‼」
「……っ‼」
怯みながらも、ドリューは毅然とした眼差しをモーランに向けた。
「俺はっ!」
しかし続く言葉が出てこない。
しばらく思い悩んだ末、絞り出すように言葉を繋げる。
「……俺は……何も、戦争を起こしたいとは思っていなかった! 止めようと思った! 学長がハナっからエラセドの軍勢をクルサに仕向けていたなんて!」
その内容にフライアとマグダレーナは揃って驚愕の声を上げた。
驚いたライアスがドリューを見やる。
「なんだって?」
アカデミーの学長がクルサにエラセドの軍勢を仕向けた?
だとすれば戦争の支援を要請した人物が、その戦争の仕掛け人だったということになる。
「気付いていたら反対してたさ! でも、そんな。公私がどうのってそんな話じゃ……」
「今の言葉がお前の本心か?」
苦渋に満ちた表情で言うドリューを、モーランは一言で遮った。
「……え、え?」
モーランのその言葉にはライアスたちも首を傾げた。戦争をけしかけることに反対した姿勢を疑うとはどういうことなのか。
そう思った矢先にモーランが鋭いまなざしで言葉を続ける。
「アカデミーから一方的に送られた書状に、停戦の持ちかけひとつも入っていない。そしてお前が用意した、学生たちの戦闘参加の手配。随分と手際が良いな。それでもって、私に万一の場合に備えてくれと来た。まるで、準備さえ整えばお前もエラセドを相手に戦おうという構えじゃないか」
師匠の言葉にドリューは口を開けたまま固まった。
「……お前は昔からそうだった。学生で立ち上げたギルドの士気を高める統率力と強い正義感を兼ね備えた学生だった。それでいていつも視野が狭い。敵とみなした相手を仇と憎み続ける。ここクルサにエラセドをおびき寄せる事態になってなお、その思いは変わっていない。そうだろう?」
ドリューは「うっ」と図星を突かれたと一目で分かるような表情を浮かべた。
どうやら、モーランには弟子の心が目に映っているようだ。
「教員として、あるいはアカデミーを動かす者として都の民や学生を第一に考えていたら、行動は変わっていたんじゃないのか? 軍事部門で教えていたはずだ。軍事とは……!」
「……本来起こされるものではない、最終手段として備えるべきこと」
促されるように、ドリューが言葉を繋ぎ、モーランが静かに頷いた。
「だが、その教えについて今は講義する時ではない。事は動いてしまった」
そう言って視線を兄妹に向けた。
「エラセドがここへやってくる。アカデミーが持つ情報開示に向け、ここまで圧力をかけてくるというのだ」
ライアスは理解できないと言いたげに首を横に振った。
「お、おい。待てよ。何を理由に仕向けられたんだ? エラセドの狙いがアトリアのアカデミーならクルサは関係ないだろ?」
その質問にドリューが答える。
「そこを、『関係あり』にしたのが、アカデミーのグルーク学長なんだ」
「なんでそんなことを?」
ますます理解ができない。敵対するエラセドの兵を、何のために、どうやって領土の港町に仕向けたというのか。
そんなライアスの疑問に対し、ドリューは顔をしかめながら応じた。
「……ヴォイドゲートの存在で、エラセドを脅したんだ」
「ヴォイド……?」
ドリューが頷く。
「アトリアの北に異世界、ヴォイドと繋がるゲートがあるんだ」
そのヴォイドについて、兄妹はアウストラリスで話を聞いている。「悪魔」と呼ばれる恐ろしい魔物が棲まう異世界のことだ。
その世界と繋がるゲートがこの地アトリアの北側にあるという。
「活動は鈍く、大きな問題になったことはないが、その管理はアカデミーが行っている。エラセドに占領されたキャンプ地とも決して遠くはない。学長は、キャンプ地より立ち退かなければヴォイドゲートを操作し、キャンプ地へヴォイドの魔物をけしかけると脅したんだ」
モーランが小さく息を吐いた。昨晩のことを思い起こすように俯き、言葉を繋ぐ。
「それを聞いた時は頭から血の気が引いた。騎士の連中にそんな醜い真似をしてみせたところで、引き下がるわけもあるまい」
押し黙る兄妹に向けてドリューが説明を続ける。
「でも、そりゃあ、お互い簡単にゲートをいじることが得策じゃないことはわかっていた。それでも抑止力にはつながったし、すぐにはアトリアと正面衝突はできなくなった。だが……」
モーランが再び、より深くため息を吐く。
「そのツケをこのクルサが払うことになった。現学長はエラセドがノースライフ山脈を越えて引き返すことを期待したのだろうが、都としての誇りは人一倍のエラセドがそんな手で屈するわけもあるまい。奴らは、ベースキャンプの代わりにここを拠点に移そうとしているのだ」
ライアスが顔を上げる。クルサを統括してその生活を守ってきた市長を見やった。
「それでここが戦場になる、と」
モーランが視線を返してくる。
「君たちと話した後、アカデミーからの使者に今のことを伝えられた。エラセドが引き下がらなかったことを理由にアカデミーから支援を送ると、さも恩を売るかのような言い回しをしてきたよ。私には、何か仕組まれたかのように思えた」
あまりに道理の立たない状況に兄妹は閉口する。
重苦しい沈黙が流れた。しかしその刹那、市長室の扉が慌ただしくノックされ、秘書の男が部屋に飛び込んできた。
「失礼します! 町の北よりエラセドの軍勢! 目測で中隊、小隊数個、城壁破壊用とみられる大砲十数台を確認したとのこと!」
その報告に兄妹はゾッとした。マグダレーナが青ざめ、ドリューが表情を歪め、モーランが表情を険しくする。
「大砲だって?」
「はいっ! 東の高所に、砲台を構える動きもあります! 急ぎ迎撃に入らなければ、防壁を越えて市街地へと撃ち込まれます!」
呆気にとられたように呟いたライアスだったがその返答に「えっ」と肩を揺らした。
「あいつら、本気でやるつもりなのか?」
ドリューは怒りもあらわにそう言った。
だが、まだ自席前に立っていたモーランはそれを止めるように片手を前に突き出した。
「落ち着け、ドリュー。お前はアカデミーから派遣された身だ。ここで指揮を執るのは私だ」
「師匠……!」
「私についてこい。いいか、お前は黙ってついてくるんだ」
「……はい!」
「トワイト。伏兵を高台に張り付かせろ。迎撃態勢で待て。指示があるまでその砲台に攻撃するな」
「はっ!」
どうやら腹案はあるのだろう。モーランが矢継ぎ早にドリューと秘書にそう告げ、自身も席を離れて市長室を出ようとする。
しかしマグダレーナの声がそれを引き留めた。
「あ、あの、待って‼」
それからマグダレーナは浅い呼吸を整え、やっとの思いで口を開いた。
「モーランさん! それじゃ、この街は……!」
モーランはマグダレーナに顔を向けると険しかった表情を緩め、言葉をかけた。
「落ち着きなさい。まだ開戦すると決まってはいない。だが、ここは要塞の役目も兼ねる街だ。君たちは万一のことに備えるよう協力してほしい」
「避難指示を、出してしまうんですか?」
その問いに、モーランが頷いた。
「……ああ。既に出している」
するとマグダレーナは狼狽えるように首をブンブンと横に振り、絞り出すように声を上げた。
「せめて! 今だけは……! お願いです! 病院に、危篤状態の叔母がいるのです! 今そんなことしたら!」
「ん? ん? どういうことだ?」
そのやり取りについていけずライアスが首をひねる。
だが、モーランは部屋の外へと視線を変えた。
「……すまない。もう、時間が無い。奴らを説得するチャンスも無くなってしまう。ドリュー」
そう言ってドリューを連れ、扉の方へと進み出る。
部屋を出る直前、モーランは扉のすぐ脇に立っていたマグダレーナの肩に手をかけた。
「ローズさんの姪っ子だね。病院で何度か話している。彼女とはアカデミーに携わっている者同士として長い付き合いがある。無下な扱いはしない」
そうして部屋を出るとモーランとドリューは足早に廊下を進んでいった。
残された兄妹とマグダレーナに、トワイトと呼ばれていた秘書が声をかける。
「では、あなたがたも港へお急ぎください。避難は始まっています。乗り遅れた際は指示が出るまでこの施設の地下で待機、拘束となりますのでご注意ください」
そう言って部屋の外に一行を誘導すると、モーランを追いかけ廊下を走っていった。




