036 アカデミーの卒業生たち
モーランから直接話を聞くべく、一行は入口の正面まで押し返されている群衆をよそに案内所と繋がる通路から役所へと入る。
状況的に面会が難しいのは承知の上だが他に方法が思いつかない。
ライアスは昨日役人に引き留められた役所のゲートに向かって、ずんずん歩く。そんなライアスの後に続いてフライアとマグダレーナも役所を進む。そんな一同を見て慌てたように役人が飛び出してきた。
「今市長は非常事態の対策を立てているため面会できません。お引き取りください」
ライアスはずん、とさらに一歩を踏み出した。
「頼むよ。短時間でいい! 市長に確認したいんだ。昨日も話して、言ってたことと今起こってることが違うんだって。あんたらだって今起こってることが本意じゃないんだろ?」
役人はただ首を横に振った。
それでもライアスは引かずに面会を申し出る。中途半端に関わってしまった以上、このまま戦争に突入するのを見過ごしたくはない。
一晩過ごして分かったがここはとてもいい町だ。壮麗な港に丘から海を照らす灯台、屋台料理に舌鼓を打つ人々、日常を忘れさせてくれる楽団の演奏。戦争になればそれらすべてが巻き込まれる。
必死に食い下がるライアスにマグダレーナも加勢する。しかし役人が聞く耳を持ってくれることはなかった。
「お引き取りください。これ以上抵抗するのであれば私たちも強制措置を取らざるを得ません!」
役人は物凄い剣幕でそう言った。このまま粘り続ければひっ捕らえられてもおかしくなさそうだ。
ライアスは頭を抱えた。
「かーっ! 市長のやつ、なんでこうなったんだ?」
退場を突き付けられ、後ずさりをしたその時。所内に大きな声が響いた。
「待たせた! ライアス!」
聞き覚えのある声に振り返ると、玄関口から男が駆け寄ってくるのが見えた。
「……? ドリューか!」
それは兄妹を巻き込んだ張本人で、市長モーランの弟子でもあるドリューだった。
ドリューはライアスの前に出て役人と向き合った。
「この度、お騒がせしております。アトリアのアカデミーより参りましたドリューです。先に連絡した通り、大至急市長モーラン殿にお話があります」
「ええ、ドリュー様。お待ちしておりました。ではこちらへ」
ライアスの時とは一転、役人は姿勢を正し、ドリューを役所の奥に進むよう案内した。
兄妹とマグダレーナは他の役人に制止されたまま、もちろん奥に進むことはできない。その様子を見たドリューが再度役人に向き合う。
「……お願いがあります。この者たちは私の仲間です。先の連絡で伝えられていなかったこと、大変申し訳ないが、一緒にお通しを願いたい」
役人は「ええっ?」と驚き、それから何かを言い返そうとした。
しかし真顔のまま佇むドリューを見て、根負けしたかのようにライアスに顔を向けた。
「……どうぞ。決してご無礼が無いようにお願いいたします」
納得はしていないのだろう。兄妹らを疎んじるような目は変わっていない。戦争となれば彼ら役人と市民はどうしても小競り合いをすることになる。
役人は役人でこの度の都間の争いには辟易しているに違いない。
ともあれ、通行許可が下りた兄妹はドリューに続きモーランのもとへと向かう。ふと、マグダレーナが便乗してついて来ていることに気付いたフライアが小さく呟いた。
「……あれ? マグダレーナさん?」
「……しっ! 私も、仲間ってことにしてください」
マグダレーナが唇の前で人差し指を立てる。
それを見たライアスが無表情のまま呟く。
「……おぉ、けっこう大胆だな、お前も」
コソコソと内緒話をする三人。
階段に差し掛かり役人の目がなくなったところで、そんなライアスたちを尻目に見ていたドリューが口を開いた。
「お前ら、違うのか。てっきりここで会った旅仲間かと思ったよ」
「ああ。名前を聞いたのがついさっきだ」
それに続くように、マグダレーナがペコリと会釈をする。
「マグダレーナと申します」
「マグダレーナ……あれ? なんか、聞いたことがあるような……?」
ドリューが不意に立ち止まった。その言葉にマグダレーナは「ああ」と納得の様子で口を開いた。
「ドリューさん、ですよね。私は知っています。アカデミーに一年前まで在籍していたんです。学生の時、あなたが学生間で作るギルドリーダーとして活躍されていたことは広報等で聞いていました」
ドリューは両眉を持ち上げ、驚いたように目を瞠った。
そのやり取りを聞いたライアスが納得したように声を上げる。
「あー、アカデミーの繋がりか。それならマグダレーナのほうが関係深いんじゃないか」
「いえ、私は大した活動をしていなかったので、たぶんドリューさんは私を知らないかと」
しかしそのマグダレーナの言葉をドリューは否定した。
「……いや、知ってる……!」
「……えっ?」
予想外の返答にマグダレーナは目を丸くした。
一瞬、時が止まったようにしん、と静まり返った。
それから、ドリューはハッとして視線を逸らし、困ったように頭をぽりぽりと掻いた。
「あ、ああ、その……変な意味じゃないんだ。ただ、偶然何かの拍子で会ったような気がして。ただ、それだけ。すまん」
するとドリューは少し慌てるように前を向く。
「ここで長話しているわけにいかねえな。先を急ごう」
そう言って階段を駆け上りはじめ、兄妹とマグダレーナもそれに続く。昨日面会をした応接室を通り過ぎ、突き当たりまで進むと市長室の扉があった。
ドリューがコンコンとノックしてその扉を開いた。




