035 一転する事態
翌日。
簡易宿泊で一夜を明かした兄妹は、役所に隣接する冒険者の案内所を訪れた。
思ったほどに路銀に余裕がないことに気付き、この町のミッションを確認したかったのだ。
だが、歩いて役所近くの案内所まで寄っていくと昨日以上に大勢の人々が詰めかけていた。
「んー、なんだ? 随分と人がごった返してるな」
「何かあったの?」
人混みに遮られて案内所の中を確認することもできない。つま先立ちで伸び上がってみるも、もともと身長が高くない兄妹に見えるのは人の頭ばかり。
ずらりと列をなす冒険者たちは何やら士気が高く、報酬額や隊形などについて意気揚々と話をしている。
「……フライア、中に入って頭上から見ろよ」
憑依したフライアなら冒険者たちの頭の上まで浮かべる。しかしフライアは眉をひそめて首を振る。
「だめ。こんなに人がいっぱいいるのに……」
「そっか……。それにしても、全然先にも後にも進まないぞ? 何があったんだ?」
仕方なく順番待ちをしていると、冒険者の行列を整理していた役所の人間が大声でアナウンスしはじめた。
「エラセド軍と戦う傭兵や冒険者は役所の裏へ! 裏へお回りくださーい! 正面の広場には広がらないように!」
エラセド軍と戦う。
そのアナウンスに兄妹は驚き、目を丸くした。
「え? なんだよ、市長。何とか軍事衝突は避けようとしてたんじゃないのか?」
「止められなかったの?」
案内役であろう役所の人間は数人いて、アナウンスをしながら冒険者たちを誘導していく。前に並んでいた冒険者たちは塊のまま一斉に動き出し、案内所を離れ役所の裏に移動をはじめた。
兄妹はその流れに逆らうように集団を抜け出し、もぬけの殻となった案内所の中に入る。
アトリアと同じミッション掲示板はあったものの、各ミッション内容の上に大きく、『非常事態につき、受付中止』と書かれた紙が貼り付けられていた。
「……何にもないや。非常事態ってことは、やっぱりエラセドと戦う準備に入るってことか」
フライアが不安そうな目で兄を見つめる。
「昨日の話、無駄だったの?」
「……嘘つくような人には見えなかったけどなぁ。何事もなかったことにされてたら、この港が信用できねえぞ」
あの市長なら戦いを避けてくれると信じていただけに、兄妹は動揺を隠せない。
掲示板の前から動けずにいると、ややあって大勢の人たちが案内所に押し寄せて来た。その風貌から彼らは冒険者でない。
何事かと兄妹が目を瞠っていると、案内所の人間に向けて各々が大声を上げはじめた。
「聞いてないよ! 戦争になるなんて!」
「即刻中止してください! ここを戦場にしないでください‼」
「生まれたばかりの子がいるのです!」
「今度の圧力は、エラセドか⁉ それともアトリアか⁉ もうクルサは独立するべきだ!」
ここに暮らす市民たちのようだ。戦争に踏み切った市長に対して団体で抗議をしにきたのだろう。
それに気付いたらしい役所の人間が案内所に戻ってくる。理解してもらおうと説得を試みるも事態は収まらず、怒号を放つ市民たちに囲まれ、もみくちゃになっていった。
早々にその場を避難した兄妹は罵声が飛び交う案内所を遠巻きに眺めつつ、ため息を吐く。市民への混乱を避けなければならないというモーランの言葉が頭によぎった。
「まぁ、そうなるよな」
「ここ、どうなっちゃうの?」
そんな兄妹の背後にスッと近付く人影があった。
「戦争、始まってしまうのでしょうか」
「かもなぁ、市長の本意かどうかってわからないけど……って、え?」
自然と会話に入り込むような声にライアスは思わず返事をして、それから慌てて振り返る。
すると一人の女性が立っていた。見たことのある人物だった。
「……あっ! 昨日の」
「昨日の…………?」
フライアがハッとして声を上げたが、一方でライアスは思い出せずにしきりに首を傾げている。
「夕飯のお店で……」
フライアの言葉に女性はパッと表情を明るくした。
「覚えていてくださいましたか。昨日はお店でお話をしてくださってありがとうございます。申し遅れました。私、マグダレーナと申します」
マグダレーナと名乗った女性は丁寧にお辞儀をした。
さらりとした長い髪を背中に垂らした華奢な女性で、陶器のように白い肌が印象的だ。
「……あ、あぁ。晩飯の時に話してくれた人か」
ようやく思い出したライアスが改めて自己紹介をする。
「俺がライアス。こっちがフライア。ああ、あの時は楽しい夜が過ごせた。ありがとうな」
マグダレーナがペコリと会釈を返す。
フライアも笑顔を作って応じるも昨晩のような和やかなムードはなく、一同はやや緊張した面持ちで案内所に視線を向けた。
「それにしても、なんだろうな。昨日からの一転ぶり。あと、急にお前もどうしたんだよ。昨日会っただけの関係なのに」
ぶっきらぼうに言うライアスに対し、マグダレーナは神妙な顔つきで返事をする。
「そのことなのですが、実は私もあなたたちにお会いしたかったのです」
フライアが「え?」と声を上げた。再会を望むような理由なんてあるだろうか。
「本当に偶然、あなたたちの会話が聞こえて。『エラセドが攻めてくる』って話してましたよね?」
マグダレーナの言葉にライアスが首をひねる。
「話したっけ?」
真顔のまま平然と言ってのけるライアスに、妹がつま先で蹴りを入れた。
「いてっ‼」
ふくろはぎを押さえる兄に、フライアが唇を尖らせ「……話した」と言う。
マグダレーナはそんな兄妹の様子を見つめながら、神妙な態度のまま話を続けた。
「疑うようで悪いのですが、あなたたちこそ何か知っていたのではないのですか?」
その問いかけにライアスは頭を掻きながら応じる。
「う、んー、正直なところ、本当にわからないんだ。昨日確かに市長とは話して……」
「それ、だめ!」
フライアにわしっとベルトを掴まれ、ライアスが「あ」と呟いた。
市長モーランに「今はまだ誰にも言わないでほしい」と口止めをされていたことを今更に思い出した。
「あ、ああ、ダメか。すまん。言いかけたけど無し、無し!」
しかし時すでに遅し、マグダレーナの表情に当惑の色が浮かんだ。
「それは……ええっ? 市長の方針だったの? あの人は元々アカデミーの先生だったのに」
ライアスはまた、今度は気まずそうにぼりぼりと頭を掻いた。
「いや、だからわからねえって言ってんだよ。俺らも市長に会ったけど、簡単に争いに突き進むような人じゃねえとは思ったよ」
マグダレーナは「そんな……」と呟き、深刻そうに顔を俯けた。
兄妹は顔を見合わせる。
(何か、事情がありそう)
(困ったな。説得しようにも、俺たちにできることがないな……市長、何をしでかすつもりなんだ?)
とにかくこのまま何もせずにはいられない。
こうなったワケを突き止める必要がありそうだ。




