033 港と兄妹の宿泊事情
町に出ると既に日が暮れ、眼前には広大な海を背景に濃紺に輝く街並みが広がっていた。丘の上に建つ灯台に明かりが灯っている。
「モーランさんもドリューと同じ軍事部門の講師だったのか。なんか……冷静で、イメージと違ったな」
「ね。丸く、収まったらいいね」
軍事部門の講師と言えば鬼教師のような、厳しい印象があるし、案内所のマスターも昔のアカデミーは血気盛んだったと言っていた。
だが、モーランはまるで違う。内心はそうなのかもしれないが、市民のことを思う、優しくて頼れる市長という印象だ。都間の争いも、彼なら無事に収束してくれるかもしれない。
「さて、これからどうするか。もう夕方だし、とりあえず……宿か」
「お腹もすいたね」
兄妹ははじめての町を散策しつつ、今夜泊まる宿を探す。
物流が盛んな港町だけあって宿泊施設はよく見かけるものの、その分外から来る人も多いためかどこも満室だった。最終的に寝泊りのみの簡易宿所に行きついたが、そこも既にほとんどの部屋が埋まっているようだ。
「……え? 一人部屋しか空いてない?」
そう問いかけるライアスに対し、受付の女性が申し訳なさそうに応じる。
「そうですね。お二人用の部屋は満室……あとは共用の六人部屋というのがあります」
「共用って? よその人と寝るのか?」
要は相部屋ということらしい。フライアが眉間にしわを寄せた。
「はい。とはいっても、ベッド毎にカーテンで仕切りがされているので最低限のプライバシーは確保できます。男女でそれぞれのお部屋へご案内いたします」
男女それぞれ、という言葉にライアスが腕組みをして呟く。
「それも困るな……」
「……え?」
ライアスの低い声の呟きに受付の女性は頬を赤らめた。
フライアが「ちがう、ちがう!」と顔の前で手をひらひらとさせ、それに気付いたライアスが誤解を解くべく口を開いた。
「あ、いや、変な意味はない」
受付の女性がやや訝しむような表情をする。
「はぁ。それでは申し訳ないのですが……」
そうして別々の共用部屋に案内しようとする女性に対し、ライアスが片手を上げて制した。
「ただ……。ちょっと待った」
フライアに目配せをする。
町を散々巡り歩いた兄妹は他にはもう宿がないだろうということを知っている。ここも一人部屋か男女別の共用部屋しか空いていないが、慣れない街で兄妹が離れ離れになるわけにもいかない。
そうなると、選択肢はひとつだ。
(一人部屋、いくか?)
(しょうがないよね)
ライアスの提案にフライアも同意した。
兄妹には二人ならではの最終手段、一台のベッドに憑依したまま寝る、という方法がある。
「一人部屋のほうを頼む」
そんな方法があるとは夢にも思わない受付の女性は首を傾げた。
「よろしいのでしょうか。部屋自体が小さくベッドはひとつで、おふたりでは狭いかと思いますが」
「構わない」
ライアスがきっぱりと答えた。
結局、兄妹は二人で一人部屋に案内してもらうことになった。
受付の女性がチラチラ不審がるような目を向けてきたが、まあ無理もない。憑依のことなんて説明しようもないし、兄妹はどう思われようが気にしないことにした。
部屋は通路とベッド一台が置かれただけの間取り。そこに極小さな椅子と机があるだけだ。簡易宿所ならではの狭く簡素な部屋だが、ベッドは想像していたよりも大きい。
「ほんと、寝泊りするってだけの広さだな。まぁでも、ベッドもわりとでかいし。大柄な船乗りでも寝泊りするのかな?」
「憑依しなくてよさそう」
兄妹の身体のサイズならば二人並んで寝る分には問題なさそうだ。
ようやく落ち着ける場所を見つけて、兄妹はホッと安堵のため息を漏らす。
「さーて、飯だ。腹減ったぞ」
安心すればお腹もすく。宿を確保した兄妹は夕食をとるべく今度は街の飲食店に向かった。




