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ブラザーズアローン ~世界に選ばれざる《独り》の兄妹~  作者: flyas
第二章 シェラタンの外へ
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032 港町クルサの市長

 港町クルサはアトリアの中でも南東に位置する。


 貨物船が頻繁に出入りできる大きな港があり、学術の都にとっては経済の拠点ともいえる町だ。町中は港から内陸へと向かうにつれてかなりの高低差があり、また陸側は城壁さながらの高い防壁に囲まれている。


 陸からの玄関口となる高地には冒険者御用達の店が軒を連ね、町を管轄する役所や市街地を経て坂道を降ると壮麗な港が広がっている。港の近隣には海産物を売買するマーケットや食事を振る舞う屋台が賑わっている。


 兄妹は手渡された書状を手に街道を進み、クルサに入った。ドリューの師というモーランはクルサの市長を務めているという。


 役所を訪れるとすぐさま立ち番に呼び止められ、数十分に渡る事情聴取に入った。そして兄妹のたどたどしい説明の上でようやく市長との面会が認められたものの、かれこれ二十分以上は同じ場所で待たされている。


「まったく、市民じゃねえと信用できねえってか」

「声、大きい。それに……」


 ライアスがため息を吐く。


「……いきなり『騎士の都絡みでアカデミーから書状を受け取った』って言ったってわからねえし、身構えちまうか」


 騎士の都との軋轢にはこの港町も敏感なのだろう。もう少し言葉を選ぶべきだったか。


 再び愚痴をこぼしてしまいそうになる兄に対し、フライアが「しっ」と人差し指を立てる。見ると案内役の人間が兄妹のもとに近付いてきていた。


「市長の準備がもうすぐ整いますので、部屋へご案内いたします」

「あ、ああ……」


 変に疑われてしまえば伝わる話も伝わらない。ライアスはそう妹にたしなめられたものの、今度は言葉が浮かばない。「何か?」と問われても何もできず、くるりと背を向けた案内役の後をついて歩く。


(……「お願いします」の一言でもあればよかったか?)

(うん……)


 だが、タイミングを逸した今となっては言いにくい。ぎこちなさが漂うまま、兄妹の沈黙は続いた。


 屋内は清潔な印象で、しっかりと管理がなされていることが分かる。ややあって応接室にたどり着き、勧められるまま革張りの椅子に腰を下ろす。座り心地はとてもいい。




「お待たせいたしました」


 そして、しばらくして部下と共に正装の男が部屋を訪れた。艶のある杖を握り、少しぎこちなく歩いてくる。足に不自由があるのかもしれない。


 彼がクルサの市長モーランだった。装いや装飾の上品さに目を奪われながら、軽く挨拶を交わす。テーブルを挟んで座ると、モーランは事前に手渡されていた書状を机上に置き、口を開いた。


「これはまた、珍しい客人だな。私がこの港を統括する市長モーラン。数年前まではアトリアのアカデミーで軍事部門の講師を務めていた者だ」


 軍事部門の講師と聞いてその身体つきに納得する。

 やや落ち着かない様子の兄妹に対し、モーランは優しげな表情で白い歯を見せ、ゆっくりと話をはじめた。


「なんでも、ドリューにおつかいを頼まれたという話だな。まったく、あいつも教員の身になったというのにいつまでもそそっかしい奴だ。ましてや学外の者にこんなものを渡すとは、君たちが余程信頼されているか、あるいはドリューが不謹慎か、だ」


 そう言って苦笑いを浮かべる。


「君たちはこの書状の内容を理解しているかね?」


 追求するというより、じっくり話をしたい、という口ぶりだった。


「いや、何も。ドリューからはただあなたに渡せと。やばそうなものだとは思ったから、敢えて中身は見なかった」

「なるほど。いい予想だ。確かにこれは関係者以外の者が見るのは極めて危険なものだった。私も、この港も決して他人事で片づけられない事案だ」


 フライアが首を傾げる。


「他人事、じゃない?」

「それはどういうことだ?」


 穏やかな表情から一転、モーランは神妙な面持ちで兄妹を見据えた。


「……今から言うことは、まだ誰にも言わないでもらえるか?」


 真剣な物言いに兄妹は揃って頷く。それを受けてモーランも頷いた。


「よし、では話そう。あいつが持ってきた書状は大きく分けてふたつ。ひとつは学生を出陣させることができるというアカデミーの証明書。アカデミーが訓練等で学生を戦場へ送り出す時には学生本人の同意を得たことを証明しなければならない。同封された書類の中には名簿が入っていた。おそらく、これからドリューの指揮の元、軍事的な利用で学生を戦地に送り込むミッションが行われるのだろうな」


 フライアが顔をしかめる。ライアスが驚いたように口を開いた。


「学生を戦地に送り込むって」

「騎士の都と、戦うの?」


 モーランはうむ、と頷いて話を続ける。


「相手がエラセド、とは限らないがその準備ができたということだ。確認した日付と、それなりの参加人数があるところを見るとあいつも少し前から準備はしていたようだな。そしてもうひとつの書状。こちらがかなり重要だ」


 兄妹はごくりと唾を呑んだ。少し間があって、書状の内容が告げられる。


「……それがこの港町クルサへの戦闘支援の要望と、エラセド軍が占領したとされるベースキャンプの詳細図を示した概要だ。どうやら、アカデミーは我々にエラセドとの争いに全面的に協力をしてほしいようだ」


 そう言って困ったように愛想笑いを浮かべ、「まいったな」と首を横に振った。




 ライアスとフライアが顔を見合わせる。まだ論点すらよくわからない。


「えっと……何が問題なんだ? そりゃ、市長として戦闘に巻き込まれるのは嫌だろうけど、でもここはアトリアに属すんだろ? 都が危機なら協力するものじゃないのか?」

「もっともだ。私もアカデミーに在籍した者としてアトリアのために尽力したいとは思っている。だが、問題はそのやり方だ」


 モーランは書状を机の上に広げてみせた。


「この書状はアカデミーからの正式依頼ではない。ドリューが書いたものだ。予想だが、アカデミーの動きを察知してこの書状を書いたのだろう。この中には、学長がアカデミーを守るための準備を終えるまで、ここクルサでエラセドの軍を引きつけ、時間を稼ぐように依頼を出してくるだろう、と書きつけているのだ」


 少ししても内容が飲み込めずに兄妹がキョトンとする。


「……え? えーと、何? アカデミーがここで防衛しろって命令したってことか?」

「ああ、しかもドリューの話では既に学長付けで本日中に通知が来るのだという。おそらく、そろそろ私宛てに一報が届くのだろう」


 話がややこしくなりライアスが頭をぽりぽりと掻く。情報を整理するため書状の内容を振り返った。


「ちょっと待ってくれよ。話が全然わからなくなったぞ? まず、騎士の都がアカデミーに攻めてきます。それでドリューが俺たちに書状をよこしました。その書状にはアトリアとエラセドの戦いに備えて、このクルサにアトリア側に立って協力してくれとありました。で、その一方で、ドリューが『学長の命令でここに防衛を張ってアカデミーを守れ』と言っている、と。……それで合ってる?」


 モーランが頷いた。


「そうだ。ただし一方的に、だ。……我々クルサはアトリアの中央地区に匹敵する規模だが、あくまでアトリアに付属する港町だ。他の都から防衛を行う上で、その決定は原則としてアトリアが下す。こちらも簡単には断れないが、協議なしには受け入れようのない要求だ。それを突如、無条件に突きつけてくるというのは聞いたことがない」


 言いながら、弱々しく首を振る。


「……冷静に考えてみてくれ。この港町を管理するのは私の仕事だが、その仕事として、最短なら数日後、他の都と戦いに向けて防衛の準備に入れと言われているのだ。君が市長だったら、もしくは市民だったら、その要求を受け入れられるかね?」


 ライアスは考え込むように天井を見上げた。


「……? 無茶があるよな」


 モーランが苦笑いを浮かべる。

 そうか、そういうことかと兄妹は遅れながらも納得したと頷いた。


「感覚はわかってくれたかい? 外から来てわかったかもしれないが、この港も迎撃や軍事・物資運搬の拠点として作られている。いざという時のために兵士、砲手、武器類を最低限備えてはいるが、ここで戦いをするとなれば市民への影響は避けられない」


 兄妹は町を覆い囲む防壁を思い出した。あれは外敵から町を守るためのものだったのだ。

 モーランはさらにドリューとアカデミーについて話を続けた。


「この港に与える影響力を思って、ドリューは私になんとか知らせようとしたのだろう。だが、アカデミーの方針はあまりに乱暴だ。本当に攻めてくる予兆があったのなら話し合いで解決するなど他にも対策はあったはずだ。ドリューも講師としてはまだ経験が浅く立場的にやむを得なかったのだろうが、最初からエラセドを目の敵にしていなければもう少し冷静な視点で方針も組めただろう」


 モーランからため息が漏れる。


「……あいつはいつも同僚や後輩を思い、正義感を燃やす奴だったが、時々こうして大局を見失う。そういう悪いところはまだなおっていないようだな」


 兄妹は納得するように相槌を打った。

 一歩引いた視点で俯瞰(ふかん)的に物事を捉えるあたり、さすがはドリューの師というところだ。


「それで、どうするつもりだ?」


 ライアスの問いかけに、ふむとモーランが頷く。


「万一の事態には備えなければならんな。だが、あくまで軍事力の行使は最終手段だ。アカデミーからの通達の内容次第だろう。アカデミーの代わりとしてここを危険に晒すわけにはいかないし、エラセドとの交渉によって戦いを避けられるのであればそうさせる。私もアカデミーの人間だった。そこは他人事にはしないさ」


 兄妹が「なるほど……」と呟くと同時に、ドアがノックされた。

 部屋に入ってきた生真面目そうな風貌の男は、モーランの秘書のようだった。


「市長、アカデミーの関係者を名乗る者が市長と至急お話をしたいとのこと」


 来たか、とモーランが頷く。


「通せ。反対側の応接室に入れてくれ。後から行く」


 指示を受けて秘書の男が部屋を後にする。

 モーランは兄妹を見て、ふうと小さく息を吐いた。


「噂をすれば、だ。……だが、話を先に聞いたおかげで頭の整理ができた。感謝するよ」


 ライアスとフライアは揃ってこくりと頷いた。


「ああ」

「こちらこそ、ありがとうございました」


 面会が終わり、役目を終えた兄妹は役所を後にした。


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