031 長(おさ)に振り回されて
どことなく懐かしさを感じさせる煉瓦造りの家々を通り過ぎ、市街地を進むと古城を彷彿とさせるような大きな建物が見える。
アカデミーを象徴する紋章が掲げられた門を潜り、その中へと入っていく。
中はシンボルだけあって広大だが、あらかじめ詳しい場所を聞いていたおかげで兄妹は敷地内の奥、ドリューがいる部屋にたどり着くことができた。
顔を合わせるや否や、ドリューはニコリと笑ってみせた。
「おう、どうだった。最近、定時連絡が遅れているようだったんだが、元気だったか?」
その笑顔で兄妹は却って気分を暗くする。
「……元気かどうか、なんてのんきなもんじゃねえよ。ベースキャンプはもうエラセドに占領されたって話だぞ」
ドリューは驚いたように目を瞠り、やがて表情を険しくした。
「……なんだって? あの一帯はこっちの支配権にあるってのに! なら、仲間はどうしてるって?」
「えっと……。アトリア兵が、なんて言ってたっけ……」
必死に思い出そうとするライアスの隣で、フライアが呟く。
「人質にしたって……」
「あ、ああ。それで今は交渉中とか言ってたな。エラセドのことはそれ以外何も聞けなかった」
ドリューが立ち上がった。椅子が勢いよく倒れ耳障りな音を立てる。彼の同僚も何事かと視線を向けた。
「ふざけやがって! この都のシンボルをなんだと思ってやがる! それなら、動ける奴をすぐにでも……!」
ドリューが怒りをあらわに声を荒げる。
ところがその時、部屋のドアが唐突に開き何者かが室内に足を踏み入れた。
「ドリュー君、何をしているのだ!」
何事かと兄妹が振り返ると、白く長い髭を蓄えた老年の男が立っていた。ドリューと同じ記章をつけている。貫禄からしてアカデミーのお偉いさんだろうと兄妹は思った。
「何って! グルーク学長! 騎士の都が自分たちが構えているキャンプ地が占領されたって話しているでしょう!」
ドリューが怒りをそのままに状況を告げる。どうやら学長のようだ。するとその人は毅然と頷き、兄妹二人を睨みつけた。
「それを問題提起するのは結構。だがその者たちは? 君の教え子かね?」
「それは……!」
「そうではない、学外のものであろう? そんな者がなぜアカデミーに堂々と入り込んでいるのだ?」
威圧的に言われ、ドリューがばつの悪そうな表情を浮かべる。
「許可は得ています。怪しい奴じゃないことも既に確認済みです!」
「それで今の話は? 由々しき事態を部外者に平然と話すその心は?」
「ぐっ……」
さらに強い口調で咎められたドリューは顔を俯けた。
そしてグルーク学長が兄妹に視線を向けた。
「名も知らぬ冒険者よ。すまないが、これはアカデミーで解決する内容だ。無礼ながら、ここでお引き取りを願いたい」
そう告げるとほぼ同時に、グルークの背後からにょきっと大柄な男が現れた。ズカズカと歩き兄妹の前に立ちはだかる。
大柄な男の影に覆われたフライアが壁際に後ずさる。
「ちょ、ちょっと……」
「待てよ。切りのいいところまで話させてくれないかって、おい!」
なおも訴えかけるライアスの首根っこが掴まれた。
ドリューがどうしようもなさそうに手を合わせる。
「ライアス、フライア! すまん! また後で話す!」
首根っこを掴まれたまま、苦汁の表情を浮かべるドリューの顔を見やる。引きずり出されるように部屋から退出すると、扉がバタンと閉められた。
そしてそのまま否応なしに引きずられ、アカデミーの外に放り出されてしまった。
あまりの扱いにフライアが頬を膨らませる。
「もぅ……」
「……ずいぶん手荒く締め出されたもんだ」
ふう、とため息をついた後、兄妹は行き場もなく案内所に向かうことにした。
部外者とはいえこのまま放っておく気にはなれない。となれば、ひとまずは待機して次の動きを待つしかない。
程なくして案内所にたどり着き、隅っこの座席に腰を下ろした。
「さて……待つしかないんだけどさ、フライア?」
「うん?」
「騎士の連中、どうだった? 確かにあいつらはベースキャンプを占領していたみたいだけど」
キャンプ地を追い返される前、アトリアの見張り兵の後ろから交渉の言葉を聞いた。中には騎士の言葉もある。
「うーん……」
だが、フライアは記憶力は持っているが思考がワンテンポ遅い。記憶にとどめた言葉を話にすることがとても苦手だ。
そんな妹の答えを待ちながら、ライアスも改めて今日の出来事を振り返る。やがてフライアが顔を上げ、不可解な面持ちで言った。
「すごく確信してた」
その言葉にライアスも頷いた。
「そうなんだよな、紙を見せながら『アカデミーが危険だ! 今すぐ止めねばならん!』とかってな。そりゃ、ベースキャンプを奪ったのは乱暴だけど、何かを説明しようとしてたんだよな。どういうことなんだろうな?」
最前線で起きていた光景を兄妹で今一度確認し合う。
状況を見る限り、エラセドの騎士たちはアトリア兵たちを説得していた。武器を構え、怒号を上げていたのはアトリア兵だった。侵略されて血が上がっていたのだろうが、一方でアカデミーには何も通知されていない。
妙にちぐはぐな対応だった。
兄妹が考えに耽っているとドタバタと慌ただしい足音が外から聞こえてきた。次の瞬間案内所の扉が乱暴に開き、ドリューが顔を覗かせた。
「はぁ、はぁ……、すまねえ! 遅くなった!」
「ドリュー!」
膝に手をつき息を荒げながら、ひとつの封筒をライアスに突き出す。
「悪いが、時間がねえ! 乱雑に書いたもんだが、サイン付きの書状を作った。これがアカデミーに知られたらやばいことになる」
フライアが眉をひそめる。
アカデミーに知られたらやばい、とアカデミーの人間が言っているのだ。
「な、なんだよ。そんな危険な橋渡るこ……」
反射的に受け取りを拒否するライアスに対し、ドリューは有無を言わさず説明をはじめる。
「いいか、こいつを港町クルサのモーラン市長に渡してくれ。市長は俺の師匠だ。書状に書いていないことはお前たちから補足してくれ」
「む……わ、わかった、わかったよ」
勢いに流されるままライアスが書状を受け取る。
「すまん、俺はアカデミーに戻る! またすぐに会えると思うから、またな!」
言うや否や、ドリューは案内所を飛び出していった。またも慌ただしい足音がして、それは瞬く間に遠ざかっていった。
「いったい、なんなんだ?」
「またお仕事……」
ポカンと口を開ける兄妹。
「ちょっとの協力のつもりが、だんだん抜けづらくなってきたな」
面倒なことに巻き込まれているような気がする。ライアスとフライアは困ったように顔を見合わせた。
とはいえ、ドリューからしてみれば自分たちだからこそ頼める仕事だったのかもしれない。
……それにここまで来たら、放っておくこともできそうにない。
兄妹はまたひとつため息を吐くと、港町クルサに向け粛々と準備をはじめた。




