030 ふと気づけば最前線
ドリューが話していた騎士の都の駐屯地はノースライフ山脈と呼ばれる峻険な山脈の中腹にあるという。
その山脈は大陸マーシアの北東、学術の都アトリアと騎士の都エラセドを隔てるように連なっている。いわば二つの都の境界線とでも言うべき山々だ。
ライアスとフライアはノースライフ山脈へと向かう街道を歩いた。アトリアとエラセドを結ぶ街道であり、シェラタンにいた頃に往来した街道と比べると相当に整備されている。住宅地も点在しているようで人の姿もちらほら見受けられる。
しかし都間の争いの影響からか荷物を運ぶ馬車等は少なく、街道の規模からするとどうしても閑散とした印象が残る。それでも合間合間には休憩所があって、今も街道を行く人々の憩いの場として運営がされていた。
兄妹はアトリア側のベースキャンプがある山脈の麓まであと少しのところまで辿り着き、一旦休息を取ることにした。
するとその休憩所で奇妙な立て札を目にした。
『この先エラセドとの都間、封鎖中。一部交易関係者を除き、進入禁止。』
その内容にライアスは首を傾げた。
「ん、封鎖? アトリアのベースキャンプにはいけないのか?」
ドリューにはベースキャンプの状況を確認してきてほしいと言われている。ここから先が進入禁止となると任務をこなすことができない。
兄妹は休憩所に入り、案内役の男に事の次第を説明することにした。アカデミー関係者から直に受けた任務であることを伝えれば通してもらえるはずだ。
だが話を聞くと、兄妹が想像していた以上に深刻な状況だったようだ。
「実は、つい昨日入った情報なんです。エラセドとは緊張状態が続いていましたから、誤報にならないようにと調査が続いていたのですが、ノースライフ山脈の中腹に構えていたエラセド軍がさらに下りてきてキャンプ地を占領したようなのです」
兄妹はギョッとした。
「お、おい。随分あっけないというか、そんな簡単に侵略を許してる状態なのか?」
「ええ、私たちも聞いた情報だけでして、冒険者の方々がエラセドからの帰りがけに話していたのです。おかしいと思って数日前にアトリアの用人さんたちが現地を見に行ったそうですよ。でも、昨日になって急にエラセドの騎士たちがやってきて言い争いになり、『ここより先には関係者以外の人間を来させるな』と釘を刺されてしまいまして……」
そう話し、男は困ったような顔をした。責任者でもない以上どうすることもできないのだろう。
しかしライアスは首をひねる。それにしてはアトリア側の動きが静かすぎる気がしたからだ。
「んー? 俺たち都から来たけどそんなことがあったら普通騒ぎなり噂にはなってるよな? 一応アカデミーの関係者とも話してここに来たつもりだったんだけど?」
ドリューはそんなことはひと言も言わなかった。
いくら直前に起きたこととはいえ、数日前にアトリアの人間が現地を訪れているのならば何かしらの情報を得ていたはずだ。
だが、男は表情を曇らせる。
「はい。それは私たちもどうすれば良いのか分からなくて。なにしろここからベースキャンプまでは目と鼻の先。ここ最近は都同士の干渉が頻発していますが、こちらとしても迂闊に手を付けられずで。そこにまで騎士たちが構えられるとなると果たしていつ突然やってくるかと心配にはなっております……」
いかにも不安そうな声だった。案内役とはいえ、都間の最前線にいるという心配を日々感じているのだろう。
「そ、そうだよな。いや、そうだと思う。ほんと、さっさとアカデミーの連中とかが動かないと、だよな」
「ええ。くれぐれも、騎士たちを刺激しないようお願いいたします」
エラセド軍のすぐ間近の施設に詰めていなければならない男を気の毒に思いながら、兄妹は休憩所を後にした。
ノースライフ山脈の方角に目を向けると、山の麓まであともう少しということが分かる。
「もう近くにいるの? 騎士さんが」
「ここから見る限りじゃ、あんまり分からないんだが。もうちょっと近くまで行ってみるか?」
このままとんぼがえりする気にもなれない。シェラタンでも自警団で構えたベースキャンプを見たことがあるが、アトリアではどのように構えているのかも分からない。兄妹はせめてその場所だけでも確認したかった。
進入禁止の立て札を横目に街道を進む。近付くにつれて峻険な山々が大きくなり、やがてその麓に天幕らしい白布が見えてきた。よく見ると人らしいものがごちゃごちゃと入り乱れるように動き回っている。
あれがベースキャンプか、と目を凝らしていると、見張り役らしい兵士が駆け寄ってきた。
「おい、ここは通行止めだ! 休憩所にもあっただろう。この先は認定された交易商人等、一部の者しか移動は認められない!」
どうやらアトリアの兵士らしい。食ってかかるような剣幕で兄妹を怒鳴りつけると、「さっさと戻れ」と乱暴に手を払うような仕草をしてみせた。
ライアスの胸の内に、にわかに反骨精神が芽生える。
「おい、ベースキャンプはどうなったんだ? なんでも侵攻されたとかじゃないのか?」
「それは今交渉中だ! キャンプ地の人間は人質となっており、その解放に向けて取り組んでいる。今はエラセドを刺激する時ではない。あの先でエラセドと交渉しているのがわからないか!」
アトリア兵は拠点であるはずのベースキャンプの方角を指差した。
兵士らしき十数人の人々がしきりに動き、何やら声を上げていることが分かる。断片的にではあるが怒号のようなものも聞こえてくる。
「ここで野次馬をされては困る。すぐに引き返すんだ!」
怒鳴りつけるアトリア兵の目をライアスは真正面から見据えた。
「おい、ベースキャンプは本当に大丈夫なのか? 拠点、なんだろ? それに今、人質って? アカデミーの関係者にも状況が伝わっていないようだけど?」
簡単に侵略を許し人質まで取られているのに、のんびりしすぎではないのか。都の現状を憂うドリューとマスターの顔が思い浮かんだ。
だが、アトリア兵はそんなことに構わず、不審そうな顔で睨みつけてくる。
「お前……ただの冒険者だろう? 下手に関係者を装うな! いいか、アカデミーはアトリアのシンボルだが、それとは別に都を統括する管理組織がある。我々はそちらの人間だ。今はアカデミーとは関係ない!」
アトリア兵はこれでもかと声を張り上げた。殺気立った敵意のようなものさえ感じられる。
フライアはその剣幕に後ずさり、兄の腕を掴んで引いた。妹が怯えていることに気付き、ライアスもその場を退く。去り際にアトリア兵を睨み付けた。
この男は「アカデミーは関係ない」と言ったが、人質にアカデミーの関係者もいるのではないだろうか。
「なんか納得いかねえな。せっかく来たってのに、俺たちは門前払いかよ」
「……大変なことじゃないの?」
「だよなぁ。ドリューがもっと大騒ぎしたっていいことじゃないのかよ。あいつにこのことを話すしかないよな」
「……。また、歩き……」
状況を思えばもっと食い下がりたかったが、自分たちは直接の関係者ではない。ならば今自分たちにできることは、この事実をドリューに伝えることだけだろう。
兄妹はアトリアへと街道を引き返した。
すぐさま逆戻りすることとなったため、風景は何ひとつとして変わらない。記憶力のない兄ですらまだそれらの景色を覚えている。馬車が通っていれば乗せてもらえるかもしれないが、街道は閑散としたままだ。
ふたつの都の行く末を思いつつ、兄妹は黙々と歩き続けた。




