029 アトリアとエラセドの因縁
そしてドリューは兄妹に深々と頭を下げた。
「隣接している騎士の都との騒動を鎮める作戦に、ぜひお前たちにも参加してほしいんだ!」
その言葉にフライアは表情を歪めた。
ここアトリアに来て以来、北東にある騎士の都エラセドと緊張状態にあることはなんとなく分かっていた。住民は隣の都と不和であることを事ごとに口にするし、街中の広告ビラなどにもそれを匂わせるような内容をよく見かける。
「街を歩いてるとその騎士の都の噂はよく聞くけど、はっきりしたことは何も知らないな」
ライアスが言うと、ドリューはこくりと頷き、説明をはじめた。
「何が問題かって、アカデミーの科目に騎士の連中が難癖をつけはじめたんだ。実は近年、騎士道を広めようと騎士の都から学術の都へと渡ってくる者が何人かいる。こっちは大歓迎なんだが、騎士の連中、自分たちの誇りである騎士道が辺り構わず他に渡ることをよく思っていないようなんだ。例えば、最近奴らは、講師となったエラセド出身の騎士の身柄引き渡しと騎士道に関する科目の削除を求めてきたりする」
アカデミーでは大陸各地のさまざまな技術や学術を指南していると聞く。しかし都によってはそれを良しとしないところもあるということだろう。
会話が聞こえていたらしく、案内所のマスターが話に割り込んできた。
「学術の都は歴史が浅くてな。多くの文化を他の都から取り込み、それを学ぶアカデミーを立ち上げることでこの大陸マーシアへの影響力を引き出そうと試みてきた。マーシアは都それぞれの文化が独立して成り立っている。俺たちは戦地で負傷し、戦えなくなった戦士や貿易競争に敗れた高学歴の商人、熟練の魔法を伝授しようとやってくる魔術師を受け入れ、このアカデミーで各々の経験談を教育に盛り込んでいるんだ」
大雑把な印象だったマスターが珍しく真面目に語った。ここアトリアでずっと暮らしてきた人なのだろう。
「それで、騎士の都の教育者もその流れに乗って学術の都で騎士道を教えていると?」
ライアスが尋ねるとドリューが頷く。
「だが、そうはいっても、ほんのわずかだ。むしろそうした者たちを騎士の都では《異端者》とまで言うそうだ」
フライアが眉をひそめる。
(異端?)
「ずいぶんな言い方だな」
愛郷心があればこそ技術や精神を外に流したくないという気持ちも理解できなくはないが、異端とまで言われるとなると話が違ってきそうだ。
「それだけじゃない。聞いた話だが、《騎士を背負った者は捕虜になるくらいなら自ら命を絶て》と教えられているようだ」
その言葉に兄妹はゾッとした。
フライアがぶるっと身体を震わせ、ライアスも視線をおよがせる。「命を絶て」という言葉が「教え」のひとつだなんて、とてもじゃないが理解できない。
「勝利以外には死ぬしかないってか」
「それを誇りだとか覚悟だとか奴らは言っているが、俺からすれば流石に命の冒涜だと思ったね」
ドリューの言葉にマスターも頷く。
「うむ、そういうことだな」
ここでドリューは咳払いをひとつした。
「で、話を元に戻すと、そんな連中が一段と騒ぎをでっかくしてやがるんだ。アカデミーには危険な人物がいるだとか、運営の透明性に問題があるだとか。濡れ衣を着せられた挙句に都間を挟むようにある山脈の中腹に駐屯地を構えはじめたんだ。どうやら、本気でここを狙っているらしい」
兄妹はキョトンとして顔を見合わせた。
ややあってライアスが疑問を口にする。
「よくわからないな。どういうことなんだエラセドってのは? 騎士が他の都に侵攻してくるものなのか?」
一般的には誇りと礼節を重んじるのが騎士道ではないだろうか。その行動規範に則った結果が侵略というのでは、辻褄が合わない。
「俺も不思議に思うよ。でも、随分前から騒ぎを起こされているんだ。向こうからばかり一方的にな」
ドリューのその言葉に同調するようにマスターがやれやれと肩をすくめる。
「ドリューがアカデミーに入学した頃からそうだった。なんだかんだ、十年くらいずっと目を付けられているな。山脈のふもとの集落では抵抗した部族もいたらしいんだが、随分とひどい返り討ちに遭ったそうだ」
兄妹はその話がひどく理不尽に感じられた。ふつふつと怒りのような感情が沸いてくる。
詳しい事情までは分からないが、話の内容が事実であれば、協力をしてみてもいいかもしれないと思いはじめた。
「本当はこんな時に備えて学生たちを鍛えるはずだったんだが、この作戦を任せられるほどの覚悟を持った奴がどうしても足りない。こうして他の冒険者にも頼まなければならない有様だ」
「ああ。ほんとはな、有事のために経験を積んだ都の兵を増やしておかなきゃいけねえってのに。都の運営もモンスターの討伐は学生にやらせれば片付くからと、まともに対策しやしねえ。そんな中で、お前たちが臆せずに泥臭いミッションをやってくれてたもんだから、腰の据わった奴が来たって感心してたのさ」
ドリューとマスターが嘆くように続けた。どうやら二人とも、今のアトリアを同じように憂いているようだ。
それから、ドリューは頭を下げた。
「アカデミーの講師として、情けないのは承知の上だ。それでも、お願いできないか?」
「俺からも頼む」
続けてマスターにも頭を下げられ、兄妹は困ったように顔を見合わせた。
状況は理解できたし不憫にも感じたが、まさかここまで急な展開になるとは思ってもみなかった。
「……わ、わかったよ。協力すればいいんだろ?」
思い悩み、ううんと唸りながらも、ライアスはそう返事をした。
ドリューとマスターの表情がパッと明るくなる。
「本当か!」
「ただし条件。俺たちは個別には動けないぞ。常に二人で行動させてほしい」
「ああ、問題ない」
大きく頷いてみせるドリューに、さらにライアスが言葉を加える。
「それともうひとつ。お前がどこまで俺たちを見込んでいるのかわからないけど、いきなり最前線に放り込まれる覚悟はできてないからな」
シェラタンでの自警団の任務を思い出す。馬車の援護や廃村の調査の時みたいに、不合理に矢面に立たされるのだけはごめんだ。
「わかっている。それはこっちの仕事だ。しばらくはそのフットワークの軽さを活かしてもらうつもりだ。ここから西にある山脈と港町。俺たちが騎士の連中から守るべきポイントがある。手始めに、こちらのベースキャンプがある山脈のふもとまで行って状況を確認してきてほしい」
ライアスが肩をすくめる。
「溝鼠の退治よりはよっぽどきれいそうだ」
「ああ、覚悟決めてくれる奴に無下なことはしないさ! 俺のアカデミーの居場所を教えておく。調査が終わったらここへ来てくれ」
どっぷりと関わるつもりではなかったが、ドリューは随分と当てにしているようだった。




