028 軍事部門講師ドリュー
後日。兄妹はいつもより早く案内所を訪れた。
「また今日もこれは……」
「汚いのばっかり……」
だが、張り出されたミッションは今日もまたろくでもないものばかり。
兄妹がやれやれと肩を落としていると、がっはっは、という笑い声と共にマスターが意気揚々とやってきた。
「惜しかったな、ついさっき手ごろなモンスター退治が売れちまったよ」
思わずフライアがジトッとした視線を向ける。
残されたミッションは数件あるが、どれもこれも「こんなの誰がやるの?」というようなものばかり。キツい、汚い、危険。誰もが避けたくなるような内容だ。
少しでもマシなものをと兄妹が掲示板を眺めていると、不意にマスターが声を上げた。
「おーい、ドリュー! 例の冒険者が来たぞ!」
案内所の隅の方に座っていた男がすくりと立ち上がり、マスターのもとに歩み寄る。
そして、張り出されたミッションを矯めつ眇めつ眺める兄妹の後ろに立った。
「よう!」
背後から聞こえた快活な声に、兄妹は「ん?」と揃って振り返る。男が片手を上げるのを見て、自分たちに声をかけたらしいことに気が付いた。
男は褐色に渋く光る甲冑を着けていた。背中には背丈を越える両手槍を背負い、胸元にはアカデミーの紋章が刻まれた記章をつけている。
「お前たちかい? 汚れ仕事を請け負ってくれる骨のある冒険者ってのは!」
「……? 急になんだよ? そりゃ、いつも貧乏くじ引いてるやつだけどよ。お前は?」
兄妹よりいくらか年上だろうか。明朗な青年という雰囲気だ。
ライアスが問いかけると青年は親指を自らに向け、自己紹介をはじめた。
「俺はドリュー。アカデミーの軍事部門の講師をしている。ほんの少し前まで学生だった身だ」
兄妹は突如現れたアカデミーの関係者に面食らいながらも、同時に興味を抱いた。
「軍事部門? ってのは兵隊を養成するとこか?」
ライアスの質問にドリューがニッと笑って見せる。
「それも教育のひとつだ。実際には隊列や陣形、戦術に治療、戦場で必要なことを全て教える部門だ。西の大陸との緊張が高まっている中、軍の一員として任務にあたることもあるし、今後も必要とされる冒険者として通用する人材なんかも育てている」
ドリューは滑舌よく解説する。
「ここで立ち話というのも難だろう。奥でゆっくり話をさせてくれないか?」
そう言い、隅にあるテーブルへ行こうと促すように顎をしゃくった。
突然のことに、兄妹は訝しがるような顔でマスターを見やる。
「あんたらの活躍の話しててよ、ドリューがぜひ会いたいって言ってたんだ。ドリューも学生時代はここの馴染みでよ。奢りにしてやるから、話聞いてやってくれねえか?」
マスターは朗らかにそう話した。
怪しい話ではなさそうだし、奢ってもらえるならば、と兄妹はドリューの後について奥の席へと向かった。後悔と臭いばかりが残るミッションを受注するよりはきっとマシだろう。
テーブルにつくと程なくして飲み物と一緒に軽食が運ばれてきた。テーブルを囲みながら兄妹は軽く自己紹介をした。
「ライアスにフライア、か。緑の都シェラタンから来て、この都の汚れ仕事を請け負ってくれていたわけか。そいつは俺も反省しなきゃならねえな」
ドリューは腕を組み、背もたれに身体を預けた。
「俺が言うのも変だが、最近のアカデミーの生徒はどうも知恵ばかり働かせるから困る。軍事部門の担当として言えば、戦いなんていう本来誰も起こしたがらないことに立ち向かう心を身に付けてほしいっていうのに、みな好奇心と少しばかりの金のために戦っている」
「そういうことを教えるのがアカデミーじゃないのか?」
ライアスが率直に疑問をぶつけると、ドリューはやや決まりが悪そうに頷いた。
「もっともだ。あいつらもアカデミーの講義は表向きちゃんとやるさ。でもな、街のミッションを受けるという課外活動となると途端にスイッチが切り替わるようでな。俺も最近はまたこの案内所に足を運ぶようにして生徒が何のミッションを受けるか見張ったりするんだが、どいつもごまかしてその場しのぎしやがる。以前はミッションも少なくて、この都のためにとしゃにむにこなしていたもんだが。講師の立場になったせいか最近は随分と変わったように見えるんだ」
そこまでを一気に語り、ひと息つくようにコーヒーを飲む。
「……それに比べて、お前たちの度胸は大したもんだ。受注してくれたものは汚いってだけじゃなく、それなりに危険もあるものだったのによくやってくれたよ」
「ああ、生活が懸かってるからな」
ライアスは事もなげに言った。
「そうか、冒険者の宿命だな」
そう言ってドリューは笑みを浮かべた。ライアスが説明を続ける。
「妹とちょっと試してるんだ。二人でどこまでやれるかって。王都で傭兵になることもできたけど、堅苦しくなりそうだったから、それは最終手段にしようって」
「おおっ、面白いことやっているじゃないか! 俺はアカデミーで過ごしちまったけど、そういう生き方も嫌いじゃないぞ」
ドリューは何だか楽しそうだ。
「別に、まだ大したことはできていない」
「いや、悪くねえ。モンスターの返り血やニオイも臆さず戦ったことが剣や鎧からもわかる。最近の連中は自分の鎧にシミが付くことすら嫌がるんだ」
言われて兄妹は自分たちの装備や服装を確認する。フライアは恥ずかしそうな顔で自分の腕をクンクンと嗅いだ。
(……やっぱり、におう?)
(大半は俺だと思うけどな)
その様子にドリューは破顔し、声を上げて笑い出した。
「気にすんなって! 俺はそういうやつが大好きなんだ」
楽しそうに笑うドリューをチラリとライアスが見やる。
この男は悪い人間ではなさそうだ。話してて嫌な気分になることもない。ただ、自分たちに近付く目的をそろそろ知っておきたい。
「……それで、俺たちを待っていた理由は?」
するとドリューは笑顔だった表情をにわかに引き締めた。
「実は、お前たちを見込んで頼みがある」




