023 運命は一瞬の見つめ合いから
大広間を離れ、息詰まるような雰囲気から解放された兄妹は大きくため息を吐いた。
「ほんとに俺たちは世間知らずの田舎者だったんだな。ちょっとばかり都会に出てきて、少し背伸びしようとして……全部見透かされていたみたいだ」
「なんか……やだね」
「監視されてるような感じだよな。そりゃあ、俺たちの欲しい必要最低限の生活は確保してくれそうだけどさ」
「う~ん……」
神官たちはこの大陸の平和のため、新米冒険者のためと言っていたが、兄妹には既にウォルフから聞いた助言がある。彼と見た冒険者の気ままさも見ている。自分たちもそうなるべきなのかと疑わずにいられなかった。
兄妹は気分が晴れないまま、宮殿を後にするべく通路を歩く。やがて出入口となる宮殿の前庭にたどり着こうかというところで、沸き立つような歓声が耳に入った。
何事かと様子を窺うべく兄妹が前庭に出ると、衛兵らしい二人の兵士が乱暴に動きを制した。
宮殿の出入り口付近に、いつの間にか大勢の人々が集まっている。最敬礼をする兵士、拝むように両手を合わせる老人、黄色い声を上げる女性や子供たち。
それらの人々に囲まれ堂々と歩く、二つの人影があった。
一人は烈しい輝きを瞳に宿した眼光鋭い長躯の男性。剣を携え、白騎士らしい甲冑を身に付けているが先の神官たちと似た上品な刺繍が施されたマントを羽織っている。
もう一人は大剣を背負った青年。自分たちより少し年上のようだが、精悍な顔つきの好青年。だが、それだけでない強烈な存在感を放っている。その周囲には、神秘的なオーラが揺らめいているかのような……。
衛兵に追いやられて道を空けながら、ライアスはふとその青年が何者かを覚った。
「あれが勇者、か」
その呟きが聞こえたのか、勇者と思しき青年が兄妹の方を振り向いた。
「……」
「……?」
――ふと見つめあって数秒続いた。キョトンと立ち尽くすライアス。兄の発言が失礼にあたったのかもしれないと慌てるフライア。
青年はそんな兄妹をしばらく眺めていたが、やがて長躯の男性に声をかけられ、宮殿の奥へと消えていった。
それを見送った群衆が捌けるように消えて行く。兄妹はしばらくその場に立ち尽くしていた。
「……随分と目が合っていたような気がしたけど」
ライアスがボソッと言う。フライアは未だに動揺して目をぱちくりさせながら応じた。
「気のせいじゃない?」
「ああ、よそうよそう、俺たちが干渉するようなことじゃない」
兄妹は考えても仕方がない、と前庭を歩き正門へと向かった。街へ出て今日の宿を探さなければならない。
だが、そんな二人を何者かが呼び止めた。
「待ってくれ!」
声に振り返った兄妹は驚きのあまり飛び跳ねるところだった。声の主が人々に囲まれ敬われていた、あの青年だったからだ。
青年は兄妹の前に立つ。
「すまない。ちょっと君たちが気になったものでな。少し、時間いいかい?」
そう言って朗らかに笑った。
(え? 勇者、さま?)
「……何の用だ?」
青年は狼狽える兄妹を尻目に、キョロキョロと辺りを見渡している。
「人通りの多いここで、というのもなんだな。少し場所を移そう」
そうしてさっさと宮殿の方に走り寄ると、物陰に隠れて顔だけを覗かせ、兄妹を手招きした。
互いに顔を見合わせる兄妹だが、想定外の相手に応じるしかなかった。
怪訝な顔をしながら物陰に入ってきた二人を見て青年はにこりと楽しげに笑う。
「ここならいいか。勇者がここで立ち話、などとなったらまたおかしなスポットになってしまいそうだな」
勇者、というワードにフライアがぴくりと身体を強張らせる。やはりそうなのか。
勇者アヴァラン。神官アウラが言っていた、王都が生み出した《希望》。目の前の青年こそがその勇者なのだ。
いったいこんな人を相手に何を切り出したらいいんだろう? 兄妹は頭に浮かぶ言葉を探った。
「面白おかしい、ならまだいいが、急にこんなところに連れてこられてもな。暗殺でもやられた日にはかなわねえぞ」
(えっ)
その勇者を胡乱な目つきで睨みつつ、疑いをかけるライアス。
物怖じしない兄に驚きながらフライアもまさかと不安になる。
「おいおい、物騒なことは言わないでくれ。私は勇者だ。そんな汚名を着せられるような真似は死んでもしないさ」
勇者アヴァランは呆れるように言った。
だがライアスはポリポリと頭を掻く。
「そうは聞いてるが、結局は俺たちからして、勇者という肩書きでしかあんたを知らないんでな」
そう言ってのけた。
アヴァランは呆気にとられたような顔で黙り込んでしまった。
「あ、あの……」
また兄が無礼を働いていると狼狽えるフライアだが、思うようなフォローができない。神官の前でも勇者の前でも兄の態度は変わらないが、これは対応の仕方がわからない、彼なりの歪んだ防衛反応なのだ。
アヴァランはライアスの目をジッと見つめ、やがて「ふむ、なるほどな」と呟いた。
「君はなかなかいい目をしているようだ。誰が相手でも平静を保てる、決して隙を見せない、そして何より、見た目に囚われない大胆な発想ができる」
「い、いや。別にそういうわけじゃ」
退かないアヴァランにライアスは素っ気ないフリをして言い返したが、次第にその言葉には不安が滲みはじめた。
「そうだろうか。自惚れるつもりは無いんだが、正直なところ勇者として私を見ようとしない人間に会うのは久々なんだ。皆がこの力を尊敬してくれる。または逆に刃向かってくるような強者もいたが、君たちのように相手にしない、と決め込む人はそういない。勇者がどういうものか、神官たちからは聞いたかい?」
「聞きはしたけど、全然ピンと来なかった。それに俺たちはただ……」
ライアスが地面に視線を落とす。
「……本当に何も知らないだけだ」
フライアはベベルの言葉を思い出していた。
まるで母のように自分たちの面倒を見てくれた彼女は、「知らないって本当にもったいないこと」と言っていた。
アヴァランは「そうか」とだけ言い、考え込むように顎に手を当てる。無言のまましばらく時間が過ぎ、やがて毅然とした口調で言った。
「それで、知らないままでいるのかい?」
兄妹が視線を上げる。
「そういうわけじゃないけど……。かといって急にそんな、何から知ればいいのかもわからないのに……」
そして、アヴァランが口をニッと釣り上げた。
「なら……私と戦ってみるかい?」
「……なっ⁉」
その言葉に兄妹は耳を疑った。
アヴァランは毅然としたまま言葉を続ける。
「強制じゃない。でも、知らないんだろう? 勇者の力も、もしかしたら君たち自身の力も。さっき神官からちらっと聞いたが、冒険者として歩むというなら、全力で戦ってみて、己の力がどれほどのものか、測ってみたほうがいいんじゃないのかい?」
落ち着いた様子でそう言った。決して馬鹿にしているわけではなさそうだ。
「繰り返すけど、これは強制じゃない。でも、俺にできることなら協力するさ。自分達の力を知っておくことも大切な事だと思うぞ」
いつの間にか「私」が「俺」に変わっている。
壁を取り払い接してくるその態度に、兄妹は神妙な面持ちで顔を見合わせた。
「無理にとは言わないさ。気が向いたら来てくれ。俺の部屋は宮殿に入って左。使いが待機してるから声をかけてくれ。名前は?」
ライアスが言葉少なく応じた。
「俺はライアス、こっちが妹のフライア」
フライアはぺこりとお辞儀をした。
「ライアスにフライアか。時間をかけてすまなかった。話に付き合ってくれてありがとうな」
そう言い残すとアヴァランは元来た道を戻り、宮殿の中へと入っていった。
振り返ることのない勇者の背中を眺めながら、兄妹はその場に立ち尽くした。
「……なんなんだ? からかいにでも来たのかと思って身構えてたら、力試しってか?」
フライアが頷く。
「ね。でも、からかって……」
「……るわけじゃなさそうなんだよな。どうしてだ? ついさっき顔を合わせただけだっていうのに」
妹に同調しながら、ライアスは腕を組んでううんと唸る。
「けど、当たってる」
フライアがポツリと呟いた。
勇者の言っていたことは兄妹の腑に落ちる。自分たちは何も知らないし。世界のことはおろか、自分自身のこともまだ分からない。だからこそ故郷を出た。
「力を測りたいのは確かなんだよな、二人でどこまでやれるかって。……行ってみるか?」
「えー……、戦うの? 勇者さんと」
兄が言うと予感はしていたが、いざ本当のことになってフライアがおじけついた。
「張り合うわけじゃなくてさ。ほんとそれこそ自分のためにさ。二人がかりでどこまでやれるかって。……なんだか悪党っぽいけどな」
「はぁ……」




