022 王都アウストラリスの使命
「……ところで、あなた方はこれからどうなさっていくおつもりでしょうか?」
アウラが場を取り繕うように言った。渡りに船とばかりにライアスはすぐさま返答をする。
「ああ、特には決めていないが、せめてもう少し外の世界を見てみようかとは思ってる。緑の都から出たのも初めてだったし、今回の野盗の襲撃で家も追われた身になっちまったから、この際妹ともう少し見て回ろうかと」
アウラがなるほどと頷く。
「地図もろくに見てない中でなんだけど、冒険者としてひとつひとつ都を巡って、どんなことが起こっているか自分の目で確かめようと思うんだ」
そう言うと神官二人はやや憂わしげな表情をした。
「うーん……そうですか。引き止めることはできませんが」
「あんまりおすすめはできないかな」
またもや口を挟んできたカムトに兄妹が視線を向ける。
「ここの冒険者も、緑の都から来た人間は大抵そう言うんだ。けど、他の都はここほど冒険者に甘くはない。キミたちはきっと、街に掲載されたミッションを受注して生計を立てるつもりなんだろう?」
「一応、そのつもりだけど」
「確かに実績に見合う見返りもある。けど、実態は簡単に取引できるその仕組みのせいでトラブルも多発してる。報酬の踏み倒しもあれば、簡単に見せかけて無理難題を突きつけるようなミッションもある。無理矢理奴隷のような立場に置かされて重労働を課せられたりするケースもあると聞く。その犠牲となる大半は、キミたちのような新米冒険者だ」
穏やかじゃない話の内容に兄妹は何とも言えずに押し黙った。
アウラの憂うような表情がより一層濃くなる。
「被害報告は年々増加してきています。西大陸メイシアとの緊張が高まっている中、確かに冒険者や傭兵の力は必要となってきていて、あなたがたのようにそう志す人々も増えてきています。それは良いことなのですが……」
その話に追従するようにカムトが言葉を続ける。
「でも、その結果ろくでもない扱いされて泣く泣く戻ってきた人を僕らは何人も見てきた。ましてやさっき、地図もまともに見てないって言ったよね。そんな、初歩的な知識もないんじゃ……」
「カムト!」
配慮のない物言いに、アウラが再び叱咤の声をあげた。
「初歩、か」
ライアスがため息交じりに呟く。フライアは不満そうに唇を尖らせた。間違ってはいないのだろうが、この青年は言いたいことをはっきりと言ってくれる。
当のカムトはまたも気まずそうにしながら、しかし言葉の真意を理解してもらおうとやや早口に説明をした。
「……ごめん、馬鹿にしたわけじゃないんだ。今回初対面だけど、せっかく来てくれたキミたちには知っておいてもらいたいんだ。僕らだって、知らなかったばっかりにひどい目に遭わされる人を見たくないんだ」
「ああ……」
ただの言い訳というわけでもなさそうだ。誠意も感じられたことにライアスも素直に頷いた。
言葉を補足するようにアウラも口を開く。
「そのために、私たちはそうした冒険者を一旦王都で預かり、勇者アヴァランを筆頭としたこの都の軍の一員となっていただくことを推奨しているのです。そうしてくださった方々には私たちが無理のない任務を委託し、できる限りの支援と生活の確保を提供しているのです」
ふと兄妹は顔を見合わせた。自警団で世話になった男の顔を思い浮かべる。
「それで、ウォルフ……」
「緑の都に行かされたわけ、か。」
アウラが一瞬驚いたような顔をする。カムトの方は「ウォルフ……」と呟き顎を触っていたが、やがてその手で頭を叩いた。
「あぁ! あいつか……緑の都は嫌だって、散々噛みついた人だ」
どうやらあまり良い印象ではないらしい。
「ああ……変なこと思い出させたなら悪い」
ウォルフには悪いがまた重苦しい雰囲気になってしまってはかなわない。ライアスは話題を変えることにした。
「その、さっき言ってた勇者の……?」
そこまでを言い、誰だったっけと妹を見る。
「アヴァラン、さん」
「そう、アヴァランってのは?」
その質問に神官二人は揃って「えっ!」と驚いた。
「そ、それも知りませんでしたか。アヴァランは王都が生み出した希望、《勇者》の称号を授かった戦士です」
「……言っとくけど、前の野盗討伐でも最前線で戦ってたよ」
ライアスがそうだったっけ、と首を傾げる。フライアはというとウォルフから聞いた勇者の話を思い出していた。
「……うん、確かいた」
「《勇者》とはこの都を建てた初代の王が、ヴォイドの危機から人々を救った時に冠された称号です」
そう言うと、アウラは王都アウストラリスの歴史について語った。
「この世界には人が住む世界の裏側に『ヴォイド』と呼ばれる亜空間があります。そこは人が《悪魔》と呼称する恐ろしい魔物が彷徨う空間で、生身の人間では耐えることができない瘴気に満ちています。危険な存在であることこの上ないのですが、厄介なことに人が暮らす現実世界と悪魔が棲む空間は『ヴォイドゲート』と呼ばれる門で結ばれ、各地に点在しています。
かつてこの大陸も西の大陸も、ヴォイドゲートからあふれ出した悪魔と瘴気によって、人々はなす術もなく命を落としました。当時は万策尽きて世界が終わりを迎えるとされたそうです。
その時、アウストラリスの初代王、私たちの祖先が自ら神聖なる力を解き放ち、悪魔と瘴気をヴォイドに押し返しました。幾多の犠牲者を生んだ悪魔を無に帰し、瘴気を穢れなき大気へと変え、今に続く都を築いたとされています」
兄妹はその話を不可解に思った。
何やら小難しいし、詩人が創作した物語のようで現実味がないように感じられる。
「その力がどのように生み出されたのかは今もわかっていない。けど、当時の記録はちゃんと残ってる。そして王は後世に託すため、最後は命と引き換えに使われた三つの力、退魔・継承・そして英知を引き継がせる術を生み出してこの世を去ったんだ」
カムトは諭すように言った。アウラがこくりと頷く。
「私たちはそれらの力と、継承によって与えられた勇者の力によって東の大陸に存在する各都の結束を高め、今や隣接する都を脅かしはじめている西の大陸の勢力に対抗しようとしています」
「東の大陸マーシアは各地に都が存在し、異なる文化を育んだ。それに対して、西の大陸メイシアは常に一強一国となるべく争い続けてきた。近年、その勝者の一派が頭角を表し、徐々にマーシアへと影響を及ぼしはじめている。今はまだ表立った動きはないけど、いつか全面的に衝突する日が来るんじゃないかって、どこの都でも神経を尖らせはじめている。けれど、その足並みは揃っていない」
「うーん……」
……おそらくは一般常識と言える話なのだろう。二人の神官は丁寧に説明してくれたが、兄妹は段々と大きくなってしまった話についていけずにいた。
兄妹はずっと田舎の穀倉地帯で生活をしてきた。そのため大陸間の軋轢や勇者の存在が、どれほど重大なことかよく分からない。
カムトはまだ何かを話そうとしていた。だが、次第に顔が俯きはじめた兄妹を見て、アウラが制止しながら口を開く。
「……ごめんなさい。せっかく来ていただけたのに重苦しい話ばかりしてしまいました。最初の話に戻りますが、これからどこへ進むかはあなたがた次第です。今すぐ決めなくても構わないのです。私たちはあなたがたの決心がつくまでお待ちできますから」
ライアスがやや戸惑いながら顔を上げる。
「ああ、あんまりいい返事もできないけど……少しフライアと二人で話をしたい」
するとアウラはにっこりと微笑んでみせた。
「はい、ぜひ考えてみてください!」




