021 初めての王都と神官たち
互いに身を預ける術《憑依》ができる兄妹、ライアスとフライア。二人は故郷シェラタンを脅かす野盗に自警団として対峙し、戦い、一度は勝利を収めた。
だが、その安堵はたった一晩すら続かず、唯一の居場所だった家を襲撃された。
死にかけた兄と、絶望を目の当たりにした妹。その傷ついた身体も心も癒えぬまま、二人は旅立つことを決意した。
《憑依》以外に何の特徴も持たなければ世界のことなど何も知らない、半人前同士の兄妹。
それでも、いつかどこかで、自分たちの居場所が見つかると信じて、シェラタンと街道で繋がる王の都アウストラリスへと歩き続けた……。
王の都と呼ばれるアウストラリスは東の大陸マーシアのほぼ中央に位置している。
大陸間の戦争時代に起きた未曽有の災厄から収束へと導いた勇者が王となって建国された由緒ある都で、現在はその血を受け継ぐ神官たちと、神官により力を授けられた勇者によって支えられている。
アウストラリスを訪れた兄妹はまず街の光景に圧倒された。
シェラタンでは珍しい高く美しい建造物がずらりと建ち並び、まるで今にも押し寄せてきそうな錯覚に陥った。整然と並ぶ街路は木々の新緑に彩られ、これまた自然豊かなシェラタンとは異なる風情を醸し出している。街を行き交う人々は作業服や狩猟用の革鎧ではない、端整な服に身を包む紳士や婦人、下ろし立ての甲冑を着て意気込む冒険者たちなどで賑わっていた。
「はあぁ……」
フライアは思わず感嘆の声を上げた。
「ここが王都か。同じ都ならシェラタンにちょっと毛が生えたくらいかと思ったけど……お隣同士とは思えねえな」
「ウォルフはここから……」
「緑の都へ派遣されたってか。そりゃあ、がっかりするかもな」
兄妹はきょろきょろと落ち着きなく街を見渡しながら、都の中心部を目指した。
やがて高く聳える一本の白い尖塔が視界に入り、導かれるようにその場に向かうと、今まで見たこともない豪奢な宮殿が眼前に現れた。
ウォルフが言っていた《王都の神官》とやらは、この宮殿の中に居るらしい。
その荘厳さに怖気づいた兄妹がまごついていると、不審者と誤解したらしい宮殿の兵士に呼び止められ、「何者か」と詰問されてしまった。
あわあわとしながら通行証とウォルフから預かった書状を提示すると、宮殿の兵士は訝しみながらも内部に案内してくれた。
宮殿を入ると太い柱が列をなし、その合間に立派な彫像が幾つも飾られていた。床や壁には見たこともない精緻な模様が施されている。
「こんなとこいて……いいの?」
フライアは通路をそわそわと歩きながら気まずそうに言った。
兄妹の服装はお世辞にも綺麗とはいえない。もともと洒落っ気などあろうはずもないが、旅そのままの恰好は周囲の雰囲気とまるで合っていない。下手をすれば泥なり何なりの汚れを今も宮殿内に落としているかもしれない。
しかしライアスは構わず前へと歩いた。
「行けって言われて来たんだ。下手にうろついたらシバかれそうだけどな」
そうして宮殿内を進むと、やがて大扉の前にたどり着いた。大仰な模様が施された観音開きの扉だ。
案内役の兵士が扉の両脇に配された守衛らしき男に話を通す。守衛たちが大扉に手を掛けると、扉は重々しい響きを立てながらゆっくりと開いた。
中は大広間になっており、二人の人物が兄妹を待っていた。
おっとりとした雰囲気だがハッとさせられるように美しく、天使を彷彿とさせる無垢な印象の女性が一人。
端整で理知的な顔立ちだが、どこかあどけない青年――おそらくは兄妹よりも年下だろう――が一人。
二人とも眩いほどに白い、純白のローブを身に纏っていた。
彼女らがウォルフの言っていた《王都の神官》、継承の力を持つ女性神官アウラ、それに英知の力を持つ若き神官カムトだった。
「ようこそ、我がアウストラリスへ。神官としてここを取り仕切るアウラと申します。先ほど使いの者から書状を届けに来たと伺っております」
ここまで来てライアスも少したじろいだ。客人のように扱われたことがかえって緊張に変わった。なんとか平静を装いながらフライアに書状を渡すように伝えた。
「確かに、シェラタンに派遣した者の書状です」
兄妹から書状を受け取ったアウラは、そう言うと深々と頭を下げた。
「使者とされるわけでもなく、わざわざ送り届けていただき、ありがとうございました。ライアス様にフライア様。シェラタン出身のご兄妹ということで、これまでの野盗との戦い、本当にご苦労様です」
「ああ、本当に苦労した。自警団に入っていろいろと勉強させてもらったけど、結局家を追われることになっちまった」
ライアスは臆することなくやれやれと肩をすくめて言った。あまりに淡々と言ってしまう兄にフライアが慌てた。
アウラが驚いたように顔を上げる。
「……! なんと、書状や昨日までの報告では野盗を壊滅させたと伺っていましたが」
「今日までの報告では聞いてないってことかな。昨晩襲われたんだ。なんとか妹と追い払ったけど……っ!」
無礼ととられかねないことも平気で言ってしまうライアスに耐えかね、フライアがパンっと背中を叩いた。
「あ、あの……」
「それは……よくご無事で。まだまだ対策が必要ということなのでしょうね」
痛ましい、というふうにアウラが表情を歪める。
「たぶん、貿易の都ナシラやここ王都の人間も一部野盗に混じってるんだ。僕のほうで集めてる情報筋の予想通りだよ」
アウラの後ろに控えていた神官カムトが口を開き、兄妹が視線を向ける。
「今はまだ作戦報告の結果の精査中だけど、今回の掃討作戦で半分くらいは退治できたんじゃないかな。でも、収集している情報の限り、まだアジトは数か所ある。掃討作戦の実行時間からすると、相手にしたのはまだ手下。おそらく、親玉は別にいる」
理知的な見た目の印象にそぐわない、まるで少年のような口ぶりだった。
アウラが毅然とした目を背後のカムトに向ける。
「カムト!」
ライアスはムスッと腕組みをした。
「こ、こっちの言い方も悪かったんだろうけど、なんでそんな澄ました顔で言えるんだ?」
「そうですよ! ましてや被害を直接受けられた方々というのに、どうして他人事にして分析を始めるのですか⁉」
アウラが叱責すると、カムトはハッと気付いたように顔を上げ、気まずそうに前に歩み出た。
「……ごめん、つい。あなたたちにも、すいませんでした」
兄妹にペコリと頭を下げ、再びアウラの後ろへと引き退がった。
「……ごめんなさいね。大変な思いをされたのに不謹慎なことを」
アウラは心から申し訳なさそうに言った。ライアスもフライアの注意に少し気を使った。
「まぁ、もういい。さっき言ってくれた他人事の通りだ」
「もう……!」
軽く皮肉が込められた言葉にアウラはもう一度、深々と頭を下げる。だが、兄の言葉も刺々しいとフライアがまたライアスの腕を引っ張る。
ライアスはひと息ついて一旦は黙ったが、果たしてどうすればいいのかわからない。止めたフライアもそれ以上は何もできずにいる。
慣れない空間で、神官たちと兄妹、互いに黙って……ついまた口が動いてしまった。
「それにしても、なんだろうな。自警団に入った後、王都から来たっていう冒険者らとけっこう顔合わせしたけど、ほんといろんな人がいるんだな。お堅い人もいたけど注文の多い冒険者もいた」
ライアスが思うままにそう呟くとアウラがハッと視線を合わせて応じた。
「そうでしたか。要所の役目を担う者にはそれ相応の実力者を付けたつもりでしたが」
「ああ、それは合ってると思う。そうじゃない奴もいたってことだ」
するとカムトが再び口を開いた。
「それは申し訳ない。そこは僕らの課題でもある。この都を象徴する《勇者》に憧れた大勢の新米冒険者が、今回の野盗掃討作戦に加わるためにシェラタンへ派遣された。一応、試験は課したつもりなんだけど、十分に実力を計れなかった人も多かったみたいだね。あなたを試験的な場所に巻き込んでしまったのは本当に悪かったよ」
ライアスは気まずそうに頭を掻いた。人との距離感がいまいち掴めない。横にいる妹に目配せをしてその気持ちを伝える。
(また謝らせちまったな……)
どこか表情が固いカムトはさっきの不用意な発言をまだ引きずっていそうだ。
(なにか明るい話題は……?)
(俺たちから明るい話って言ってもな……)
そんな兄妹の様子を気にかけて、アウラが心配そうに首を傾げる。
「あの、どうされました?」
「あ、いや。明るい話題を探してた」
フライアはすかさずライアスの背中を叩いた。
(なんで言っちゃうの⁉)
そんなことを言えば神官たちにまた気を遣わせることになる。
何でも素直に口に出す兄のせいで、フライアはこれまでも散々気を揉んできた。どうしたものかと狼狽えるフライアに、アウラが声をかけた。
「あの、いいのですよ。不満があったことは伝えてくださって。それが私たちの役目ですから」
それにカムトも頷く。
「……それにしても、あなたほど落ち着き払って不満をストレートに言う人も珍しいよ」
それから決まりが悪そうにライアスを見やった。
「……それとも、やっぱりさっきのこと引きずって、嫌味で言ってる?」
「いや……そのつもりは無いんだが……」
やはりまだ気にしていたらしい。その返答にカムトは気落ちするように目を伏せた。
「そ、そう。たいていの人は激怒しながら言ってくるからね」
ライアスは内心、ため息を吐く。
(だめだ……怒ってなくても、ますますもって雰囲気を悪くしてる……)
なんとももどかしかった。
立場は全く違っても、年齢は神官らとも近しい自分たち。
特にカムトは英知の力を引き継ぐ神官というが、言葉を飾ることなく接してくれるのは別の見方をすれば好都合なこともある。
自分たちと同じ、世間の年若い青年と受け取ればもう少し話しやすくなるかもしれない。
だが、兄妹はそうした人間関係を作ってこなかった。相手の意思を汲んだり、フォローするような能力があるわけもなく、ライアスは無表情で佇み、フライアは困り顔であたふたするばかりだ。




